79. 帳簿
マルケンの視線は、依然として卓の上に固定されていた。そこに刻まれた木目の模様が、まるで彼の心に刻まれた古い傷のように、くねくねと続いているようだった。
瞳は焦点を失い、遠くへ遠ざかり、部屋の中のぼんやりとしたろうそくの灯りに反射する埃の粒子たちをただ追いかけているようだった。イヒョンとの視線は、まるで見えない壁に阻まれ、永遠に交わらないかのようだった。
部屋を満たす沈黙は、冬の夜の重い雪のように、ゆっくりと積もり降り積もる圧迫感のように感じられた。空気が濃い霧のように肌に張り付き、息をするのも辛くさせる。
イヒョンは、その霧を切り裂こうとするように、上体を少し前へ傾けた。肘掛けを握った指の節々に、かすかな緊張が染み入り、古い椅子の取っ手からきしむ音が聞こえた。
「マルケン様。」
彼の声は、柔らかな波のように流れ出たが、その中に込められた力は岩のように固かった。
「今は、恐れが先立つでしょうね。でも、このままでは……いずれ、娘さんを守れなくなる日が来てしまいます。」
マルケンの肩が、秋風に触れる葉のように、微かに揺れた。彼の唇は、さらに強く閉ざされていた。
「考えてみてください。」
イヒョンは息を整え、落ち着いて静かに言葉を続けた。
「あなたがアイレナに与えられる最大の贈り物は、一人で世界を切り抜けられるようにすることです。その第一歩が、この帳簿を世に晒すことなのです。」
マルケンの両手は拳に握られ、手の甲に青筋が浮き出るほど力を込めていた。その拳は軽い振動を起こし、彼の内面から湧き上がる葛藤を露わにしているようだった。
しばらく頭を垂れたままだった彼は、ようやく口を開いた。声は砂を掻くようにかすれ、強引に押し出された。
「はあ……でも……俺はもう、何かを変えるには年を取りすぎた。ニルバスが知ったら……俺は……そしてアイレナは……」
言葉の終わりが霧のようにぼんやりと散った。彼の目元には、長年の歳月積み重なった家長の憂いが層を成して降り積もり、皺の寄った肌に影を落としていた。
イヒョンは静かに首を振った。
「いいえ。今が絶好の機会です。」
彼は力を込めて言った。
「このままだと、娘さんはこれからどんな人生を歩むかわかりません。でも、あなたが勇気を出してくださるなら……アイレナは一人でも十分に世界を飛び立てるでしょう。」
マルケンは手で肘掛けの木の装飾をいじくり回した。彼の口が力なく開いた。
「ああ……アイレナ……俺の娘……」
彼の目元に湿った光が宿った。頭を垂れたまま、彼は嗚咽を喉の奥深くに飲み込んだ。
イヒョンは席から静かに立ち上がった。深く息を吸い込み、マルケンの背中を見つめた。
「次に神殿をお訪ねになる日に、また参ります。」
「どうか……娘さんに恥じない選択をなさってください。」
言葉なく頭を垂れるマルケンを後に、イヒョンは家を出た。扉の外から染み込む晩秋の風は、道の落ち葉を巻き上げて飛ばしていた。
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数日が経った。マルケンがアイレナを連れて神殿へ行ってから、ちょうど一週間が過ぎた日だった。
晩秋の冷たい空気が、まるで霧のようにマルケンの屋敷の煉瓦壁を包み込んでいた。葉ずれの音が遠くから聞こえ、冷たく少し湿った空気が肌に張り付くようだった。
イヒョンは、依然として自分についてくるイアンを傍らに置き、静かに門の前に立った。手には準備してきた小さな革の鞄が携えられていた。鞄の革の表面には歳月の跡がほのかに刻まれ、まるで古い本の装丁のように柔らかな光沢を帯びていた。
古びたが清潔に手入れされたマルケンの家の前に立ち、イヒョンは少し湿気が降り積もった門を叩いた。
内側からガサガサという音が聞こえてきた。まるで静かな湖に小さな石が落ちるような音だった。
やがて軽い足音が階段を下りてくる音に慌ただしく続いた。その足音は春の芽が芽吹くように軽やかに、階段の木を響かせた。
階段を下りてくる気配だけで、見なくても誰がドアに向かっているのか予想がついた。
ドアの内側からカチャッと閂を外す音が聞こえ、かなり力強く開いた。ドアが開く瞬間、秋の空気が内側に染み込み、部屋の中の温かさと混じり合った。
白い顔がドアの隙間から現れた。
「イヒョン様!」
アイレナだった。
数日前とは全く違う顔だった。
一週間前までは青白かった頰に淡い血色が回り、腫れぼったかった顔立ちは少し細くなっていた。その変化は春雨の後に芽吹く草葉のように自然に染み込んでいた。
一層軽くなった息遣いのおかげで声にも活気が回り、彼女の声は肺で水が沸くような音は消え、夜明けの霧の中で響く鐘の音のように澄んでいた。
アイレナは片手でドアを掴み、眩しそうな笑みを浮かべた。
「父上がずっと待っておられたんですよ! 本当に。夜明けから起きて、ドアの前を何度も行ったり来たりなさってました。」
イヒョンは予想していた変化だったが、いざ目の前で見ると心が安堵した。
彼は少し眉を上げ、安堵の微笑みを浮かべた。
「顔色が良くなったようですね。良かった。でも、走り回るのは困りますよ。まだ完全に治ったわけじゃないんですから。」
アイレナは恥ずかしそうに口元に小さな笑みを浮かべ、両手でスカートの裾を掴んで腰まで少し上げ、頭をぺこりと下げた。
「はい··· 気をつけます。」
彼女の声にはまだ少女らしい幼さが染みついていた。声は春風に載せられた花の香りのように軽やかに流れた。
後ろにいたイアンは小さな頭だけを覗かせてアイレナを眺め、視線が合うとそっと目を逸らした。彼の頰に少し赤みが染み込むようだった。
アイレナはそんなイアンを見て、恥ずかしげに微笑んだ。
イヒョンは満足げに頷いた。
「ついてきてください!」
アイレナは小走りで先導し、イヒョンを応接室へ案内した。
応接室のドアを開けると、暖かい暖炉の温もりと共に木の燃える匂いが染み出てきた。その匂いは秋の夜の焚き火のように温かく部屋を包んでいた。
窓辺に座っていたマルケンが席から立ち上がり、両手を前に揃えてイヒョンを迎えた。
「イヒョン様、お越しになりましたね。」
マルケンの顔には深い皺が刻まれていたが、その中に安堵と喜びが薄く透けていた。
「もうお気づきでしょうが、アイレナが私ほどに良くなりました。」
彼の声は少し掠れながら流れ出た。まるで胸いっぱいの感動を喉に閉じ込めているようだった。
「良くなったなんて良かったですね。私も嬉しいです。」
イヒョンは短く頭を下げ、マルケンの向かいのソファに座った。
隣の席にはイアンも静かに座り、バッグを抱えて無表情な顔で周囲を見回していた。彼の視線は好奇心に満ちた鳥のように部屋を掃いていた。
アイレナはやがて、温かなお茶と手作りのお菓子が載ったお茶請けの皿をトレイに載せて運んできた。
湯気が茶碗からゆっくりと空中に立ち上り、応接室いっぱいに柔らかなハーブの香りが広がった。湯気は霧のように部屋を優しく包み込んだ。
「どうぞ召し上がれ、イヒョン様。」
アイレナは優しい声で挨拶をし、慎重に腰を曲げて応接室から出ていった。扉が閉まると、部屋の中に一瞬静けさが漂った。
暖炉から薪が燃える音だけが小さく響き渡った。その音は小さな炎の踊りのようにリズムを加えていた。
イヒョンは茶碗を静かに持ち上げ、お茶の香りを嗅いだ後、一口飲んでからマルケンを見て軽やかな微笑みを浮かべた。
「良いことですよ、マルケン様。娘さんの顔がこんなに明るくなるとは、私も知りませんでした。」
マルケンは彼の言葉に頷いた。彼の目元に軽い湿り気が染み込むようだった。
部屋を満たしている温かな温もりと違い、マルケンの顔はこれまで以上に真剣だった。暖炉の炎が踊るように部屋を染める中で、彼の顔には世界の重さを堂々と背負う覚悟が見えるようだった。
彼は息を吸い込み、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
年を取った体だからか、膝が少し不自由そうに見えた。まるで古い木の根が土を掘り進むように、彼の関節が軽い抵抗を示しているようだった。
しかし今、彼の眼差しは揺らぎがなかった。
ゆっくりと卓に手をついてバランスを取りながら立ち上がり、彼はイヒョンの前で両手を揃えた。その手の仕草は静かな礼拝堂で祈りを捧げる修道士の手のように厳粛だった。
「マルケン様?」
イヒョンは無意識に茶碗を置き、訝しげな表情で彼を見上げた。茶碗が卓に置かれる音が、秋の雨が窓を叩くように軽く響いた。
しかしマルケンは何も言わずに頭を下げた。彼の頭が前に傾き、部屋の空気が少し重くなるようだった。頭が前に曲がるかと思うと、次に年老いたマルケンの背中が深く前に曲がり、彼の白く染まった髪が前に流れ落ちた。
「……!」
予想外の行動にイヒョンは席から慌てて立ち上がった。ソファが後ろに押し出され、床を擦る音が部屋に響いた。
「マルケン様、何をなさるのですか? 頭をお上げください!」
しかしマルケンはゆっくりと腰を伸ばし、目元に薄い水気がにじんだ顔でイヒョンをまっすぐに見つめた。彼の目は赤く充血していた。
「イヒョン様……」
マルケンは丁寧で真剣な声で言った。
「この年になるまで、卑怯に生きてきました。娘のためなら何でもできると思っていましたが……いざとなると怖かったのです。」
彼は皺の寄った手で胸元を押さえ、少し息を整えてから続けた。
「ですが、あなたがくださった薬のおかげで……アイレナが……子が生き延びました。」
彼の視線はイヒョンの目をまっすぐに向いていた。
「薬を飲んでから腫れが引いていき……夜も息が詰まらず、楽に眠れるようになりました。何年ぶりか、あの子が安らかに眠ったのです。」
マルケンは喉の奥深くから上がってくる何かを堪えるように、喉仏が軽く動いた。彼の目に露が宿り、マルケンは手の甲で目元を拭った。
「私は……もう逃げません。この命、この老いた体でできる限り、あなたをお助けします。」
イヒョンは固い顔でマルケンの目を見つめ、春雨の後に咲く花のようにゆっくりと微笑みを浮かべた。
彼は慎重に両手を伸ばし、マルケンの手を向かい合わせて握った。
「……マルケン様、本当にありがとうございます。」
彼の声は低く温かかった。声は秋風に載せられた温かな日差しのように、柔らかく広がった。
「アイレナの顔を見たら、私もさらに確信が持てました。」
マルケンは目元に溜まった涙をもう隠さなかった。彼の頰が湿気で濡れ、灯りに輝く様子が見えた。
目元に露のように溜まっていた涙の雫が皺の寄った頰を伝ってゆっくりと流れ落ち、彼の襟を濡らした。
「神々様もきっと……あなたをお助けになるでしょう。」
マルケンは薄く微笑み、手でイヒョンの手をしっかり握った。
少し後、マルケンは卓の横に置いてあった古い革の書類鞄を慎重に引き寄せた。古い鞄の革が灯りに反射し、柔らかな光沢を帯びていた。
『カチッ。』
鞄の留め金が外れる音が応接室に重く響いた。マルケンは手で鞄の中を探り、厚い帳簿を一つ慎重に取り出した。
色褪せた表紙には古い痕跡がそのまま残っていた。所々にインクが滲んで汚れ、角は何度もめくられてボロボロになっていた。
マルケンは手で帳簿の表紙を何度も撫でた。いくら決心したとはいえ、いざニルバスと彼の悪行が記された帳簿を直接渡すのは難しいことだった。彼の手が表紙を撫でる動作が、古い記憶を辿っているようだった。
「イヒョン様……」
彼の声は深く沈んでいた。
「この中に……私が過去15年間、ニルバスその野郎に絡まって……私が犯した、そしてその奴にさせられた全ての汚い行いが記録されています。」
彼はまるで重い石を下ろすように帳簿を卓の上に押し出した。ドンという音と共に厚い紙の束が重く卓の上に降り座った。その音は部屋の静けさを破るようだった。
イヒョンは一瞬息を潜めた。
卓の上に置かれた帳簿がこの部屋の空気まで圧しつぶすようだった。
彼は慎重に手を伸ばし、帳簿の表紙をめくった。古びた紙の匂いが鼻先を掠め、その上にびっしりと書かれた小さな文字が一目に入った。
詳細な金額、人名、日付、場所。
全てが証拠だった。一つ一つ、一行一行がニルバスの首に落ちる刃となるものだった。
「本当に凄いですね。これは……」
イヒョンは何枚かをめくり、細かく目を通した。ページをめくるたびに、過去に会社を運営しながら書類を審査していた記憶が頭を掠めた。
そこに記された精巧な横領構造、偽装取引、賄賂の授受まで……どこにも曖昧なところはなかった。
イヒョンは帳簿を閉じ、マルケンをまっすぐに見つめた。マルケンは向かいに座った若者が自分の汚い過去を読んでいることに羞恥を感じたのか、頭を垂れたが、すぐに目を見開いた。
目元が湿っぽく濡れていた。
「これをあなたに渡したら……今やっと少し息ができる気がします。」
イヒョンはゆっくりと頷いた。
「マルケン様……これだけあればニルバスを終わらせることができます。あの奴の息の根を完全に止めることができるでしょう。」
マルケンは虚脱したように苦笑いを浮かべた。
「しかし……遅すぎましたね。娘が苦しむのを分かっていながら……怖くてできなかったのです。」
彼は無意識に指先で帳簿の角を撫でた。皺の寄った手の甲が殊更イヒョンの目に映った。
「でも、アイレナがもう少し笑って他人と同じ人生を少しでも生きられるなら……私の命など……どうなっても構いません。罰を受けなければならないでしょう。」
彼の最後の言葉は鋭くイヒョンの胸に突き刺さった。このことは必ず成功させなければならない。
「あまり心配なさらないでください。」
イヒョンも自分の鞄の中から小さな箱と一枚の紙を取り出した。
箱の中には薬が入っており、紙にはその薬を作る方法が書かれていた。
「これは……」
マルケンは頭を上げて彼を見つめた。
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