表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/63

15. セルカイン

セルカインは村に足を踏み入れた。


ついさっきまで黒い魔甲をまとい、疾走していたセルカインの馬は、埃にまみれた灰褐色の毛と、のんびりとした足取りの、ごく普通の老馬に見えた。馬の目から放たれていた威圧的な気配は消え、その代わりに穏やかな大きな瞳がそこにあった。


馬の背には、商人や旅人が持ち歩くような革の袋が載せられており、その横を歩くセルカインは、茶色のマントを羽織った平凡な若い旅人にしか見えなかった。


適度な長さの淡い金髪はきちんと後ろに撫でつけられ、顔は陽に軽く焼けていた。そして、優しげな眼差し、短く刈った髭、手には長い間馬車を扱ってきた者特有の固いタコがあり、若いが旅の経験が豊富な人物のように見えた。


徹底した偽善と欺瞞だった。


彼はまず、村の広場の片隅にある小さな雑貨店へと向かった。かなり古びた小さな看板が、わずかに傾いて掛かっていた。


古い木の扉を押すと、中から真鍮の鈴が「リン」と軽やかな音を立てた。


鈴が鳴り、セルカインが入ると、店の中ではやや年配の店主が顔を上げ、挨拶を投げかけた。


「いらっしゃい。旅の途中かい?」


「ええ、まあそんなところです。」


セルカインは自然に笑みを浮かべて答えた。


「近くの都市まで行くのに、数日はかかるって聞いてましてね。馬の飼料、乾パン、塩、干し肉、あとスパイスみたいなものがあったら嬉しいんですが。」


店主は頷きながら、品物を一つずつ取り出してカウンターに並べ始めた。


「水は要らないかい?」


「水? もしかして水も売ってるんですか?」


「ハハハ、水を売るわけじゃないけど、うちの村じゃ最近は水を浄化して飲んでるんだよ。」


「水を浄化? 初めて聞く話ですね。」


「最近は水にも気をつけないとね。伝染病が一通り村を襲った後だから、まだ心配してる人が多いんだ。」


「そうなんですか? 伝染病があったようには見えないですけどね。」


セルカインは知らないふりをして、巧みに聞き返した。


「いやいや、そりゃ大変だったんだから。」


雑貨屋の店主は、一日中退屈していたのか、急に楽しそうに話を始めた。


「ひどかった。ほんとうにひどかったよ。人々が吐いたり、下痢をしたりして、次々と倒れていったんだ。子どもも大人も関係なく、死んでいったんだよ。気の毒な話だが、村の人間で家族に死者が出なかった家なんてなかったくらいだ。ほんとうに村が滅びるかと思ったよ。ところが、どこからか若い男と女、それに子どもの三人組が現れたんだ。村の井戸水が原因だと言って、誰も水に触れさせなかった。最初は俺たちも信じなかったさ。でも、その若い男が水を沸かせだの、服を灰汁で煮ろだの、手を洗えだの、いろいろ指示してきたんだよ。」


雑貨店の主人の話を聞いたセルカインの目がキラリと光った。


「それがどうだ! その通りにしたら、病気が本当に消えたんだ。病人を集めて治療する姿は、まるでアモリス様が遣わした神の使者のようだったよ。」


「…ふむ、面白い話ですね。」


セルカインは笑いながら品物を一つずつ手に取り、さりげなく付け加えた。


「そんな方がいるとは驚くべきことに。ところで、その方々の名前をご存知ですか? もし会うことがあれば、挨拶でもしようかと思って。」


「若い男はソ・イヒョンという名前だったよ。口数が少なくて、静かなやつだったが、どこか遠くから来たらしい…とにかく、めっぽう頭のいい若者だった。何か癒しの儀式でもないのに、神秘的な方法を知っていて、『浄化法』ってのを教えてくれたんだ。」


『浄化法? 神官が行う浄化の儀式とは違うはずだ。』


セルカインはその言葉に一瞬、目を瞬かせた。予想外の言葉に内心が揺れたが、彼はすぐに平静を取り戻し、微笑みを保ちながら慎重に尋ね直した。


「浄化法…とおっしゃいましたか?」


セルカインの声には驚きの色が滲んでいた。


『浄化? コルディウム結晶体から抽出したもので引き起こされた疫病を、神官ごときが浄化できるはずがない。』


「そうそう、詳しいことはわからんが、なんせその若者がやったことが効いたんだよ。ハハハ。浄化を受けたって死んだやつもいたが、生き返った人間に比べりゃ、まあ…。村の男たちでさえ、ソ・イヒョンさんを本気で慕うくらいだったよ。ハハハ。」


セルカインは笑いながら、頷いた。


「すごい方ですね。さて、お会計はいくらですか?」


「えっと…ちょっと待って。パンに、オートミールの菓子、干し肉、塩、それと香辛料…62フェラだよ。」


品物の代金を払い、雑貨店を出た彼は、その足で酒場へと向かった。


酒場は静かで温かな雰囲気だった。


店内はきちんと整頓されていて、一階にある暖炉では火が揺らめいていた。


彼は一泊分の部屋を借りると伝え、食事を注文した。


42フェラを支払った後、店主に案内されたテーブルに腰を下ろした。


食卓の上には水の入った素焼きの壺が置かれ、やがて温かくて素朴な食事が運ばれてきた。


セルカインの視線を引いたのは、食事そのものではなかった。


客といえば村人たちがほとんどで、せいぜいコランに向かう商人の一団や旅人が立ち寄るような田舎の酒場にしては、店内があまりにも清潔だった。


彼は食器をじっくりと観察した。


金属製のスプーンとフォーク、木を削って作られたコップは、汚れ一つなく完全に乾いており、食器類はきれいに磨かれていた。


スープの碗の縁にさえ水垢の跡一つなく、食卓には木目まで丁寧に拭き上げられた跡がはっきりと残っていた。


水の入った素焼きの壺には、まるで沸かしたての湯から立ち上るような蒸気が作り出した水滴が、露のように滴っていた。食卓の端に置かれた折り畳まれたタオルさえも、きれいに煮沸されたかのように白く清潔だった。


すべてが、セルカインにとって慣れない方法で整えられていた。


セルカインは静かに息を吸い込んだ。


彼は他の者に気づかれないよう、コルディウムの痕跡を探し始めた。


だが、そこには彼らが使っていた結晶化されたコルディウムの痕跡しか残っておらず、それ以外のコルディウムの痕跡は一切見つけられなかった。


『痕跡がない。ソ・イヒョンという者が使う浄化法は、コルディウムを利用したものではない。それだけは確かだ。』


変身していたものの、彼が見て、聞いて、感じ、考えたすべてのことが記録されていた。


食事を終えたセルカインは、酒場の内部を観察し始めた。彼の視線は、壁際に置かれた見慣れない物体に留まった。それは奇妙な形のものだった。


無骨な金属の釜が三つ、上下に連なってくっつき、その上には細い管が曲がって水の入った容器に繋がっていた。


まるで誰かが古い釜を継ぎ合わせて作った不思議な玩具のようだったが、セルカインは一目でそれが浄化物質を作り出すための装置だと見抜いた。


彼は酒場の主人を呼び、慎重に尋ねた。


「これは…一体何ですか? 初めて見る物ですね。」


主人は満足げな笑みを浮かべて答えた。


「はは、お気づきになりましたか? それは少し前に村を救ってくれたイヒョンさんが直接作ってくれたものです。葡萄酒を煮て浄化水を作る装置なんですが、理由はよくわかりませんが、これのおかげで病気の子どもたちがぐっと減ったんですよ。傷に塗ればすぐに治りました。最初は皆、怪しい話だと信じられなかったんですが、今じゃ誰も笑いものにはしませんよ。癒しの神官なんて必要なくなるくらいです。」


『この道具や浄化水が、彼が使った浄化の痕跡なのか。』


ソ・イヒョンの痕跡は村全体に広がっていた。そしてその浄化の痕跡は、ノクトリルの実験がイヒョンが言うところの「浄化」によって失敗に終わったという、揺るぎない決定的な証拠だった。


『これは単なる実験の失敗ではない。インテルヌムにとって大きな脅威になるかもしれない。』


長年にわたり多くの情報を集め、記録し、整理してきたセルカインは、ソ・イヒョンを明確な危険人物として分類せざるを得なかった。


インテルヌムで進められているコルディウムの抽出、そしてこの村で使われた絶望の結晶…どんな神官も解決できない強力な武器だと考えられていたが、一人の異邦人によってこうもあっけなく崩されるとは、誰も予想していなかった。


実験段階とはいえ、こんなつまらないものによって無力化された事実に、セルカインは緊張せざるを得なかった。


彼は席を立ち、店主が割り当ててくれた二階の部屋へと向かった。


古びた酒場の二階の客室も、何一つ不足はなかった。


窓の隙間から差し込む夕陽の光は、テーブルや棚の上を柔らかく照らし、木枠に干し草を詰め、清潔な布で覆ったベッドからは、他の宿でよく漂うカビ臭い匂いが一切しなかった。


床には靴の埃を拭うための厚手の布切れが敷かれ、隅には水桶と手洗い用の盥が備えられた簡易の洗面台が置かれていた。


『本当に驚きの連続だ。この村のいたるところに、例の「浄化」の痕跡が残っている。それなのに、コルディウムの痕跡がまったくないなんて、なおさら奇妙だ。』


セルカインは窓を見つめ、掌を上に向けて目を閉じ、静かに囁いた。


「ヴォーカ・セルファルク。」


【セルファルク召喚】


掌から黒い気配が煙のように立ち上った。その黒い煙の塊は収縮と膨張を繰り返し、やがて凝縮し始め、すぐに神秘的かつ奇怪な一つの生命体が形を成した。


それは鷹と蛇が融合したような姿だった。


長い胴体は空中に浮かび、翼のように見える部分には羽毛ではなく、黒鉛のようにキラキラと光る粉が舞っていた。


頭と思われる部分は蛇の形をしており、その頭部には紫色に輝く目があった。


形が完全に整ったセルファルクは、ゆっくりと翼をはためかせながら、セルカインの手の上に止まった。


セルカインはセルファルクに向かって、囁くように口を開いた。


まるで闇そのものに秘密を打ち明けるかのように、静かで低い声でメッセージを伝えた。


「ソ・イヒョン、彼は実験対象の村を浄化という方法でコルディウムの干渉を無力化している。実験は失敗。対象は危険と判断される。」


彼の囁きがその怪生物に届くと、セルファルクの身体が細かく震え、メッセージを吸収した。


【セルファルク】


セルカインが生み出した伝令者。


当初は単に彼の記録のために開発された実験体だったが、その伝令としての効率性と秘匿性から、インテルヌム全体で使われるようになった。


セルカインは自身が見て、聞いて、感じたすべての情報をセルファルクに吸収させた。情報を吸収したセルファルクは、空中で身体をくねらせながら浮かび上がり、すぐに壁をすり抜けて消えた。


そして、空を切り裂きながら、禁断の地にあるインテルヌムの聖体へと一直線に飛んでいった。


________________________________________


しばらくして、セルファルクはインテルヌムの聖体内部、アズレムの部屋に到達した。


セルファルクの気配を感じたアズレムは、机からゆっくりと立ち上がり、窓の外を眺めた。固く閉ざされた窓を音もなくすり抜けて入ってきたセルファルクは、数回翼をはためかせると、窓のそばにあるキラキラと輝く金属製の長い止まり木に、蛇のようなくねり方で止まった。


アズレムの前に到着したセルファルクは、ゆっくりと彼の方へ首を傾け、紫色の目がほのかに光り始めると、セルカインの囁きが響き渡った。


そのすべてを黙って聞いたアズレムは、すぐに部屋を出てベルダクのもとへと向かった。


大きなホールの中、ベルダクは無数の本に囲まれていた。その一部の本は空中に浮かび、勝手にページをめくっていた。


ベルダクは急いで入ってきたアズレムを見下ろした。


「成果は上がったのか?」


「はい、ベルダク様。しかし、予想とは異なる報告が上がってきたため、急いでお会いしに来ました。」


「ほう?」


ベルダクの重々しい声が部屋に響いた。


「対象が我々が進めていた結晶を通じたコルディウム拡散実験を無力化していたとのことです。その方法はこれまで報告されたどの方法とも異なっていました。水を沸かし、手を洗い、食器や物を拭くといった方法が使われたようで、この方法は感情汚染の根源まで希釈する効果を示したそうです。」


「なるほど。アズレム、お前の判断はどうだ?」


ベルダクの問いに、アズレムは一瞬考え込み、慎重に口を開いた。


「セルカインの報告が間違っていたことは一度もありません。しかし、報告の内容をすべて信じるわけにも…」


ベルダクは一瞬頭を下げたアズレムを、じっと我慢強く見つめていた。


「ソ・イヒョン、その者が持つ力がどの程度なのか、今のところ正確にはわかりませんが、彼がやっていることはこの世界のコルディウムの秩序そのものを破壊しかねないほど脅威的だと考えます。」


アズレムの答えに、ベルダクはしばらく沈黙した。


ややあって、彼は空中で指をかざした。まるで虚空に文字を書くような仕草だった。


「ペルペトゥア・レコード」


【永遠の記録】


彼が指をかざした場所には、まるで別の世界に通じるような穴が開き、その穴から一冊の本がゆっくりと現れた。


ベルダクは手振りで空中に浮かぶ本をパラパラとめくった。


「ふむ…」


数ページを眺めたベルダクが、ゆっくりと口を開いた。


「ある程度予想はしていたが、思った以上だ。しかし…」


ベルダクは何かを続けようとして言葉を切り、アズレムに命じた。


「セルカインの報告に疑問点があるとはいえ、凡庸な出来事ではないことは確かだ。我々の計画に役立つかもしれない。必ず連れてこい。ただし、必要であれば…排除してもいい。」


彼の声は、空間全体に響き渡る反響のように深く重く広がった。


「実験に失敗した村はどうしますか…」


「その者が残した浄化の方法が広まれば厄介だ。排除しろ。」


「命令の通りにいたします。」


自室に戻ったアズレムの頭に、【古門を開く者たち】に関する伝説が一瞬よぎった。


だが、すぐにそれはただの伝説にすぎないと考え直した。


________________________________________


翌日の夜明け、戻ってきたセルファルクからアズレムの命令を受け取ったセルカインは、すぐに立ち上がり、村の外へと出た。


太陽が地平線を越えて赤く昇り、闇を追い払っていた。


村の路地では子どもたちの笑い声が響き、各家庭では女たちが朝の支度に追われていた。家々の煙突からは煙が立ち上り、温かい食事の匂いが村中に漂っていた。


セルカインは村の広場へと進み、深く息を吐いた後、頭上で手を挙げた。


「ミラテルム。」


彼の身体から暗い気配が湧き上がった。



読んでくれてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ