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13. アルコール

「……そこまで言うのなら、分かった」


不満を漏らしていた人々の口が閉ざされた。 それを見計らい、イヒョンが再び口を開く。


「村で一番大きな建物はどこですか?」


一人の男が手を挙げて答えた。


「広場にある酒場だ。あそこが一番デカい」


「いいですね。では今から、役割分担をします。男性陣は森へ行って薪を集めてください。大量に必要になります。女性陣は各自の家から一番大きな鍋を持ってくること。それと、かまどや暖炉に溜まった『灰』をかき集めてください。壁に塗るための石灰があれば、それもお願いします。準備ができ次第、病人を全員酒場へ運び込みます」


イヒョンの指示に従い、人々は一糸乱れぬ動きを見せた。 男たちは斧を担いで森へ向かい、女たちは急いでそれぞれの家へと散っていく。


しばらくして、イヒョンは女たちが集めてきた灰を鍋に空け、水を注いで煮沸し始めた。 一時間ほど煮込んだその水を、リネンの布で丁寧にすと、濃い『灰汁あく』――つまり、アルカリ性の溶液が出来上がった。 イヒョンはこの灰汁を水と適切な比率で混ぜ合わせ、布を消毒するための洗浄液を調合した。


彼は傍らで作業を見守っていた人々を呼び寄せた。


「よく聞いてください。家で使っているすべての布と衣服を、この水に十分じゅっぷんほど浸した後、綺麗な水ですすいでください。患者たちに触れたあらゆるものを、『浄化』する工程です」


「そんなことで、本当に浄化になるのかい?」


「これは、神聖な火と灰を用いた浄化の儀式です。こうすることで初めて、衣服や布に染みついた『けがれ』を追い払うことができるのです」


イヒョンの断固たる説明に、女たちは納得したように頷き、灰を水に混ぜて煮沸し始めた。


一方、別の場所では異なる作業が進められていた。 イヒョンはもう一つの鍋に水を張り、生石灰を少しずつ溶かして『石灰水』を作っていた。 底に沈殿物ができるのを確認した彼は、同様にリネンの布で濾し、上澄みの透明な石灰水を抽出する。


『pH10程度あれば十分だろう。正確な測定は無理だが、ひとまずは……』


イヒョンは紫キャベツを茹でて作った煮汁を数滴垂らし、色の変化を見ながら、pH濃度が10前後になるよう調整した。 彼は完成した消毒液を指差し、村人たちに厳命した。


「この水を数滴手に垂らして擦り合わせ、すぐに綺麗な水で洗い流してください。常に、手は清潔に保つこと」


基礎的な防疫準備を終えたイヒョンは、住民たちと共に石灰水を持ち、村の中央にある酒場へと向かった。 酒場は外壁こそ古びていたが、内部は広々としており、窓が多く換気に適していた。 大きなホールと倉庫、そして二階の客室まで備えたこの場所は、臨時病院として使うにはうってつけだった。


酒場の中は、すぐに活気で満ちた。 男たちが切り出した木材で無骨ながらも頑丈な枠を組み、リセラと村の女たちがその上に干し草と端切れ布を敷き詰め、簡易ベッドを次々と完成させていく。


『地球でも、石灰水は畜舎や井戸の消毒に使われていたな。完璧な殺菌剤ではなくとも、菌の増殖を抑える助けにはなるはずだ』


臨時病棟がそれなりの形を整えると、イヒョンは衣服と頑丈な棒を使って担架を作らせた。 そして、各家に隔離されていた患者たちを、全員酒場へ移送するように指示した。


運び込まれた患者たちは、嘔吐と下痢で酷く脱水しており、中には既に死線をさまよっている者もいた。


だが、イヒョンはただの一人も見捨てるつもりはなかった。


彼は迅速に患者を選別トリアージした。 症状が比較的軽い者は二階へ上げ、予断を許さない重症患者は、管理が容易な一階ホールの中心に配置する。


「ここからは、患者の状態を観察し、記録する人間が必要です。人手が足りません」


「それなら、私がやります」


村の女たちと一緒に床を拭いていたリセラが、前に進み出た。


「これでも、読み書きはできますから。きっと役に立てるはずです」


イヒョンは頷き、彼女にバイタルサインの確認方法を教え込んだ。 手首の脈拍の取り方、唇と舌の色を観察する方法、瞳孔の大きさの確認、そして簡単な神経反応を見るコツまで。 リセラはイヒョンが教える内容を一言も漏らさぬよう聞き入り、記録の仕方を習得していく。


「これで、いいんですか?」


「完璧です。ありがとうございます。これなら患者の状態が一目で分かりますね」


すべての準備が整った。


イヒョンは本格的な診療を開始した。 酒場の外では男たちが絶え間なく薪を運び、中では女たちが灰汁あくと石灰水で汚染された箇所をひたすらに拭き清める。 絶望に沈んでいた村で、『生』への意志が歯車のように噛み合い、回り始めたのだ。


イヒョンは家の消毒を終えた人々を酒場に集め、班を編成して具体的な看病の方法を教育した。


「沸かした湯に塩と蜂蜜、レモン汁を混ぜてください。熱すぎないよう冷ましてから、一口ずつゆっくりと飲ませるんです。決して止めず、飲ませ続けてください」


衰弱して飲み込む力さえない患者には、中をくり抜いた細いあしを使って少しずつ流し込み、気力が残っている患者には自力で飲むよう励ました。


時間が経つにつれ、蒼白だった患者たちの顔に、少しずつ赤みが戻り始める。 イヒョンは一瞬たりとも休むことなく病棟を駆け回り、診療を続けた。 単に指示を出すだけではない。人手が足りなければ、汚れ仕事であろうと率先して引き受けた。


夜が更けても、イヒョンは一睡もしなかった。 軽症の患者は数時間で快方に向かったが、依然として多くの患者が生死の境をさまよっている。 中には、ついに回復することなく息を引き取る者もいた。


臨時病棟は、希望と絶望が目まぐるしく交錯する場所だった。


『生』と『死』が熾烈しれつに争う混沌の中でも、村人たちの心の中で『イヒョン』という存在は、次第に巨大なものとなっていった。 最初は単なる怪しい異邦人に過ぎなかった彼が、いつしか自分たちのために身を粉にして戦う――『神が遣わした救い主』へと変わっていたのだ。


そうして、数日が過ぎた。


かなりの数の患者が回復して家へと戻り、気力を取り戻した者たちは、自分より重症の患者を救うために袖をまくり上げた。 重症患者たちも意識を取り戻し始め、終わりの見えなかった『死の行進』も、ようやくその歩みを止めたようだった。 二日前、イヒョンを疑い、渋々従っていた村人たちは、今や彼の言葉に一切の疑問を抱かなくなっていた。


嵐のような日々が過ぎ、ある朝が訪れた。


酒場の近くに住む婦人が快く部屋を貸してくれたおかげで、リセラはエレンと共に束の間の休息を取ることができていた。 朝早く目を覚ましたリセラは、重い体を引きずって酒場へと向かった。


酒場の中央。 イヒョンは、ようやく快方の兆しが見えた患者の手をぎゅっと握ったまま、ベッドの傍らで突っ伏して眠っていた。


彼の周囲には、夜通し続いた看病の痕跡――手拭いや水瓶などが散乱している。 深い眠りに落ちたイヒョンの横顔には、濃い疲労と、それとは対照的な安らかな色が奇妙に同居していた。


リセラは息を殺して近づき、その傍らに膝をついた。


彼女は羽織っていたショールを解き、そっとイヒョンの肩にかける。 ショールが彼の背中を優しく包み込んだ瞬間、彼女の胸の奥にある温もりまでもが、彼に伝わっていくようだった。


倒れる寸前まで自分を顧みず、ただひたすらに村人のために献身するイヒョン。 その姿を見つめるリセラの目元が、いつしか感動で潤んでいた。


彼女は眠るイヒョンの耳元で、小さく囁いた。


「お疲れ様でした、イヒョンさん……。本当に、二つ目の選択肢は不可能じゃなかったんですね」


村を重く押し潰していた不吉で暗い気配は、いつの間にか晴れていた。 人々をむしばんでいた人為的でネガティブな感情の残滓ざんしもまた、跡形もなく消え去っていた。


伝染病が猛威を振るった村は、急速に日常を取り戻しつつあった。


静まり返っていた通りには、子供たちの無邪気な笑い声と住民たちの活気ある会話が再び響き渡り始めた。 固く閉ざされていた窓も、今は暖かな日差しと風を迎え入れるために大きく開け放たれている。


恐怖に扉を閉ざし、祈りを捧げることしかできなかった人々は、再び仕事場へと足を運び始めた。 共に生死を彷徨い、病魔に打ち勝った者たちは、苦痛に満ちた数日間を笑って語り合えるだけの余裕を取り戻していた。


イヒョンは村の大工と共に、片隅に止めてあった荷馬車を点検していた。 険しい悪路を走ってきたせいで車軸が歪んでおり、大工がそれを補強してくれている最中だった。


荷台には、旅に必要な物資が整然と積み込まれていた。 村人たちから感謝の印として受け取った食料と水も、十分すぎるほどだ。 次の都市までは数日とかからない短い距離だが、イヒョンは万が一に備え、地図とコンパス、そして簡単なサバイバルツールを今一度、入念に確認していた。


荷馬車を入念に点検していたイヒョンに、ベルノ爺さんが歩み寄ってきた。


「ちゃんとお礼も言えてなかったな。孫を救ってくれて、本当にありがとう。この恩、どう返せばいいものか……」


イヒョンは老人を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「お気になさらないでください。村の皆さんの協力がなければ、僕一人では成し遂げられませんでした」


ベルノ爺さんは、大工が手を入れている荷馬車を名残惜しそうに撫でながら言った。


「もしも、だ……。旅の道のりが険しすぎると感じたら、いつでも戻ってきていいんじゃよ。あんたのための席は、いつも空けておくからな」


老人は寂しさを隠すように、豪快に笑い飛ばした。


「はは、お言葉だけでも嬉しいです」


「フォフォフォ、気にするな。ただの年寄りの我儘わがままじゃよ」


その時、ふと何かを思いついたようにイヒョンが口を開いた。


「お爺さん、発つ前に一つ、最後のお願いがあります」


「おお、何でも言ってくれ。この老いぼれにできることなら、喜んで」


老人の表情がパッと明るくなる。


「村の人たちを、酒場に集めてもらえませんか? ここを出る前に、どうしても伝えておきたいことがあるんです」


「ほっほっほ。すぐに呼んでこよう。あんたが呼ぶなら、皆、何をおいても飛んでくるはずじゃ」


しばらくして、村人のほとんどが酒場に詰めかけた。 以前とは違い、彼らの瞳には尊敬と感謝、そして深い信頼が宿っていた。


ベッドが撤去された酒場のホール中央には大きなテーブルが置かれ、その上にはイヒョンが予め用意したいくつかの道具が並べられている。 その傍らには、リセラが静かに控え、イヒョンを補佐していた。


イヒョンはテーブルの前に立ち、人々を見渡した。


「今日、皆さんにお集まりいただいたのは、僕が去った後も、皆さん自身の手で病魔から身を守る方法をお伝えするためです」


多少ざわついていた酒場が、瞬く間に水を打ったように静まり返った。


「まず、飲み水は必ず沸騰させてから飲んでください」


沈黙が流れたのも束の間、すぐに人々は困惑の声を上げ始めた。


「毎回湯を沸かすなんて、面倒だよなぁ……」


「全くだ。仕事の合間に喉が渇いたら、井戸から汲み上げた冷たい水に限るぜ。熱い湯なんて飲めるかよ」


「もう病気も治ったし、大丈夫なんじゃねぇか?」


イヒョンは落ち着いた口調で言葉を継いだ。


「もちろん、そのまま井戸水を飲んでも、直ちは平気かもしれません。ですが、いつまた病が訪れるか分からない状況で、無防備に水を飲めば――また今回のような悲劇が繰り返されるかもしれません」


人々は顔を見合わせ、重々しく頷いた。 村全体を飲み込んだ伝染病は、生まれて初めて経験する災厄であり、住民たちにとっては拭い去れない恐怖として刻み込まれていたからだ。


「難しいことではありません。火は、多くのものを浄化する力を持っています。その『火の気』を借りて、水を清らかに浄化するのです」


住民たちに、目に見えない細菌や寄生虫の存在を理解させるのは不可能に近い。 代わりに『浄化』という宗教的で神秘的な言葉こそが、エフェリアの人々を説得する最も効果的な手段だった。 何より、イヒョンが実際にその『浄化』を通じて村の病魔を追い払ったのを目撃している彼らは、その言葉を神の啓示のように信じるしかなかった。


「火の気を宿して浄化された水は、いつ襲いくるか分からない疫病から皆さんを守ってくれるでしょう。どうか、この火の力で、皆さんの家族と隣人を守ってください」


イヒョンの説明に、村人たちは深く納得した様子で一斉に頷いた。


イヒョンはテーブルの上に置かれた灰汁あくと石灰水を掲げて見せた。


「これらは既に、皆さんにも使っていただきました。これで洗濯し、物を拭いて『浄化』すれば、病を防ぐことができます。ですが――ここからお教えするのが『真打ち』です。これまでは余裕がなく、お伝えできませんでしたが」


イヒョンは一拍置き、勿体ぶって言葉を継いだ。


葡萄酒ワインを使い、『最高の浄化水』を作る方法を伝授します」


イヒョンはテーブルの横を指し示した。 炉の上には、三つの鍋を連結させた奇妙な装置が鎮座している。 村の倉庫に転がっていた古鍋を、鍛冶屋に頼んで繋ぎ合わせてもらった『簡易蒸留器』だ。あちこちに継ぎ接ぎの跡があり無骨な見た目だが、機能は十分だ。


「一番下の段には葡萄酒を、上の段には冷たい水を満たします」


イヒョンは説明と同時に手本を見せ、炉に火をつけた。 薪が勢いよく燃え上がると、葡萄酒が徐々に温まり、表面にプツプツと小さな気泡が浮かび上がる。


しばらくして、蒸気が上がり始めた。 蒸気は中間の鍋を通過する過程で冷やされ、やがて注ぎ口を伝って、澄んだ雫となってガラス瓶の中へポタリ、ポタリと落ちていく。


酒場の中に、芳醇な香りが広がり始めた。 最初は甘い葡萄の香りだったが、すぐに鼻をつくような強烈なアルコール臭がそれに続く。 抽出された透明な液体は、元の葡萄酒とは似ても似つかぬ香りをはらんでいた。 イヒョンはこの液体を同じ手順でもう一度蒸留し、濃度七〇パーセントに近い高純度アルコールを作り出した。


「完成です。こうして二度の工程を経ることで、最高の浄化水が誕生します」


その時、一人の老人がテーブルへスルスルと近づいてきた。


「こりゃ……随分といい匂いがするのう。一口、味見させてはもらえんか? どうせ葡萄酒で作ったんじゃろう?」


老人は舌なめずりをし、手を伸ばす。


「この匂い……たまらんな」


「待ってください、お爺さん!」


老人はイヒョンの制止も聞かず、出来立てのアルコールを一気にあおった。


「ぐびり……んぐっ!? ぶふぉっ! ゴホッ、ゴホッ!」


老人は奇妙な悲鳴を上げると、激しく咳き込んだ。 イヒョンは言葉を失った。目をまん丸くし、眉を八の字にして固まっている。


「あ、あぁ……。飲んでも平気ですが、そんな飲み方をしてはいけません」


イヒョンは頭痛を堪えるように額を押さえた。


「匂いは極上じゃったが……うぐっ、ヒック! きっついのう」


咳き込んだ拍子にしゃっくりを始めた老人を見て、周囲からドッと笑いが起きた。 イヒョンは気まずさを誤魔化すように、わざとらしく咳払いをして顔を背ける。 リセラが口元を押さえ、笑いを堪えて肩を震わせている隙に、一人の男が手を挙げて質問した。


「そんなもんで、本当に浄化になるんですかい?」


イヒョンは一つ呼吸を整えると、努めて真剣な表情を作り、重々しく頷いた。


「水は生命を呼び覚まし、火は不浄を焼き払う。そして葡萄酒は、大地の精髄エッセンスが凝縮された物質……。この三つの力が合わさることで、強力な『浄化の力』が宿るのです。もちろん……あのご老人のように、一気飲みするのはお勧めしませんが」


イヒョンはまるで、熱狂的な信徒を導く教祖のように大袈裟に両手を広げ、朗々と声を張り上げた。


内心では、こんな茶番コントを演じなければならない自分が恥ずかしく、穴があったら入りたい心境だった。 だが、村人たちを一度に説得するには、これ以上効果的な演出パフォーマンスは思いつかなかったのだ。


彼の『公演』は大成功だった。 村人たちは何かに憑かれたようにコクコクと頷くと、我先にとテーブルへ押し寄せ、興味津々な眼差しで蒸留器を観察し始めた。


その異様な光景を傍らで見ていたリセラが、イヒョンにそっと近づき、耳元で囁いた。


「なかなか素敵な説法でしたよ。私まで、信じちゃうところでした」


イヒョンが慌てて見返すと、リセラは意味ありげな笑みを浮かべていた。 バツが悪くなったイヒョンがそっと顔を背けると、彼女は目を細め、悪戯いたずらっぽく告げた。


「貴方の中で、感情が大きく揺れ動くのを感じましたから。……今の、嘘ですよね?」


図星を突かれたイヒョンは言葉に詰まり、視線を泳がせた。


『あぁ……やっぱり、嘘をつくのは性に合わないな』


その日の夜、村では盛大な祝宴が催された。 疫病の終息と村の復興を祝い、そして明日旅立つイヒョン一行を歓送するための席だ。


久方ぶりに、村は笑い声と活気に包まれた。 焚き火を囲み、酒を酌み交わし、生還の喜びを分かち合う人々。


だが、その歓喜の輪の中で――。


ただ一人だけが、笑っていなかった。



読んでくれてありがとうございます。


本業の都合により、小説の投稿時間が不規則となっております。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。


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