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10. 影

イヒョンが脱出した要塞は、まさに阿鼻叫喚の場と化していた。


獣のよう に吠えていた捕虜の絶叫も止み、武器がぶつかり合う音も、脱出した捕虜たちの足跡のよう に風に散った。


残されたのは、めちゃくちゃになった牢獄と、半分崩れた衛兵棟と馬小屋、そして脱出に失敗した一部の捕虜たちだけだった。


「全員を確認しろ!牢獄区画からすべてだ!」


「何人逃げたか確認しろと言っただろ!」


要塞の責任者であるバレクは、覚醒効果の強い緑色のハーブの欠片を乱暴に噛みしめ、ついに吐き出した。


舌先がしびれるほどの苦味が口の中に残り、額には薄く冷や汗が滲んでいた。


彼は頭が張り裂けそうな怒りをかろうじて抑え込んでいた。


彼は荒々しく部下たちを叱咤したが、不安を完全に隠すことはできなかった。


崩れた要塞、逃亡した捕虜たち、[絶望の歌]を使うコルディアールが死に、すべてが彼を不安にさせていた。


「くそくらえ…一体どうやってこんなことが…」


バレクは拳で牢獄の鉄格子を叩いた。


壊れた瓦礫と血で汚れた牢獄の中は、今なお湿った絶望の残滓を漂わせていたが、もはやそれすら無力に感じられた。


彼はこの場所が単なる奴隷確保の拠点ではないことを知っていた。


ここは「彼ら」が言う実験場の一部だった。


「……どうやら報告するしかないな。」


彼の口から出たその一言に、周囲にいた部下たちの顔が強張った。


誰も口を開かなかったが、「彼ら」がこの場所に介入することの意味を、皆が理解していた。


捕虜の確認作業は何時間にも及んだ。


脱出した者は全部で23人。


だが、バレクの頭を占めていたのは、若い男一人、女一人、そして少女――特に、感情力がゼロと測定されたあの男だった。


あの奇妙な服を着た若い男が来るまでは、こんなことは起こらなかった。


そして、少女が放ったまばゆい光。


かなりの戦闘経験を持つバレクでさえ、一度も見たことのない現象だった。


「ちっ、何一つまともに動いていないな。」


そして最も深刻な出来事は、[絶望の歌]というコルディウムを使うコルディアールが死んだことだった。


彼は上部から派遣されたコルディアールで、コルディウムを武器のように操る能力を持っていたからだ。


彼がいなければ、捕虜たちを完全に制御することはできない。


しかも、「彼ら」が抽出しようとしていた精製された感情の結晶、つまりコルディウム結晶化計画にも重大な支障が生じるしかなかった。


この要塞は単なる奴隷の捕獲場ではなく、感情エネルギーを「収穫」し「抽出」する実験のための人間供給場だったのだ。


バレクは死んだコルディアールの部屋から持ってきた保管箱を開けた。


中には微かに輝く結晶体が入っていた。紫と黒の気が不吉に漂う小さな水晶たち。


これらの結晶は、すべて捕虜たちの感情から抽出されたコルディウムだった。


人々は捕らえられ、計画に従って別の秘密の施設に送られ、そこでコルディアールたちが強制的に感情を引き出す儀式を通じて作り出された産物だった。


恐怖、憎悪、悲しみ、絶望――彼らが感じるすべての感情は、絶望の感情だけが残り、圧縮されて結晶体に変わり、再び要塞に戻ってきた。


バレクはその過程を直接見たことはなかったが、戻ってきた結晶の不吉な気配だけでも、その実験がどれほど非人間的なものかを推測できた。


上部組織はこの精製された感情エネルギーを集め、何らかの目的に使っているようだったが、それが何なのか誰も知らなかった。


ただ一つ確かなのは、これらの感情結晶が再び武器として使われるということだった。


________________________________________


その夜、要塞には珍しく静寂が訪れた。


空は異様に曇り、濃い墨色の雲が空を覆い尽くし、星の光一つ見えなかった。


そのときだった。


衛兵の一人が息を切らせて駆け込んできた。


「バレク様!…あ、あいつらが来ました!」


バレクの顔が一瞬、真っ白になった。


「…くっ…もうか?」


誰もがその名を口にできない存在たち。


名前も、所属も、目的も正確に知ることのできない、影の亡魂のような者たちが突然要塞を訪れた。


要塞へと続く道の果てから、黒い気配が姿を現した。


六頭の巨大な黒馬が鎖で繋がれた馬車を引き、要塞に向かって進んでいた。


黒い戦車のような重々しい馬車は、四人の黒いマントをまとった存在に護衛されながら要塞へと近づいていた。


馬たちは不気味な黒い馬鎧を身にまとい、眼光は生き物というより影のように深く虚ろで、赤い光を放っていた。


馬の蹄が地面を打つたびに、泥の上に金属がぶつかる音が鎖を伝って響き、その振動は次第に要塞全体に広がり、恐怖の気配を撒き散らした。


彼らが乗ってきた馬車は、まさに戦車だった。


全身を覆う鉄の鎧には奇妙な紋様が刻まれ、馬車の後方では黒い旗がはためいていた。


馬車はガチャガチャと騒々しい鎖の音を立てて停止し、その中から背の高い、黒いマントと仮面をまとった男が降り立った。


馬車から姿を現した者たちは、黒いマントで全身を覆い、ゆっくりと足を踏み出した。


彼らのマントはまるで霧のように流れ落ち、地面に触れ、その下からは血と煙に燻されたような黒い長靴が覗いた。


顔を覆う仮面は、何の素材かわからない黒い金属で作られ、目があるべき場所は虚ろな穴のようで、その黒い眼孔はまるで深淵を覗き込むかのようだった。


仮面の縁は繊細な銀色の模様で飾られていたが、それは装飾というより、まるで封印のような印象を与えた。


彼らの身長は一般の人よりもやや高く、細長く伸びた腕と指先からは死と絶望が漂っていた。


足音さえも無音で続き、その存在自体が影のようだった。


彼らが近づくだけで、周囲の空気が凍りつくような感覚がした。


要塞の執務室に入ってきた彼らは、バレクの前に立った。


彼らは一言も発しなかったが、その沈黙はかえって強い威圧感を放っていた。


彼らが放つ威圧感に、バレクの肺は締め付けられ、膝下がすぐにでも麻痺しそうな錯覚に襲われた。


彼らは人間に似ているものの、どこかそれ以上の存在感を放っていた。


バレクは膝をついた。


背筋を冷や汗が流れ落ちた。


「…報告しろ。」


その声は低く響いたが、まるで空間を揺さぶる共鳴のようにバレクの肺を圧迫した。


バレクは口を開けなかった。


首と背中に汗が絶え間なく流れ落ちた。


その集団の中でひときわ背の高い者が、再び周囲の空気さえ恐怖で染めるような声で口を開いた。


「お前は…失敗した。」


すべてを知っているかのような不気味な声が、心臓を締め付けるように響き渡った。


バレクは両手を地面につけ、頭を下げた。


「許しを…」


その瞬間、仮面をつけた男がマントの下から静かに手を上げた。


空気が震えた。


「クラモ・ドロリス。」


【苦痛の絶叫】


すると、バレクの体の上に黒い霧のような気配がゆらゆらと立ち上り、まるで生きている蛇のように彼の肌を這い、食い込んでいった。


その霧は、血管をたどるようにバレクの腕や首を絡みつきながら染み入り、あっという間に彼の全身を覆い尽くした。


その気配は、まるでバレクの内側に潜む罪悪感や恐怖を見つけ出すかのように、心臓の奥深くまで侵入していった。


「う…う…うあああっ!!」


一瞬、バレクの背骨を鋭い電流のような痛みが突き抜けた。


それは単なる肉体的な痛みではなかった。


彼の胸の奥底——過去、後悔、恐怖、失敗の感情が実体を得て、心臓を締め付けてきたのだ。


バレクは歯を食いしばり、声を抑え込もうとしたが、ついに引き裂かれるような痛みに飲み込まれ、絶叫を上げた。


彼の指先が地面を引っ掻き、血が滲み出した。


痛みは、彼の「失敗」という感情を執拗に増幅させながら、正確に食い込んでいった。


黒い仮面をかぶった男は、深淵のような眼窩で、何の感情も宿さずにその光景を見下ろすだけだった。


痛みが収まったのは、数分が過ぎた後だった。


いや、そう感じただけで、実際にはほんの数秒だったのかもしれない。


バレクは荒々しく息を吐きながら、地面に倒れ込んだ。彼の目元には血の涙が溜まっていた。


彼は両手で胸を強くつかみ、激しく息を切らせた。


「報告しろ。」


黒い仮面をかぶった男が再び口を開いた。


バレクは荒々しい息を吐き出しながら、かろうじて体を起こした。


「逃…逃亡者は全部で二十三人です。そのうち三人が問題でした。特に、若い男が異常でした。」


黒い仮面をかぶった男は、何の返答も反応もせず、静かに耳を傾けていた。


「その若い男は、妙なことにコルディウム値がゼロと出ました。そして…」


バレクは落ち着きなく、震える声で報告を続けた。


「その…奇妙な服を着た若い男と、十歳くらいに見える小さな…小さな女の子は、コルディウムに全く影響されませんでした。」


バレクは言葉をつまらせながら、必死に説明をまくし立てた。


黒い仮面をかぶった男は、表面上は依然として無表情だったが、彼の周囲の空気がわずかに揺らいだ。


コルディウム値がゼロと測定された事実、そして絶望の歌に影響されない存在についてのバレクの報告は、彼らにとっても予想外の事態だったに違いない。


「…続けろ。」


「その…最初は彼を単なるオリスビア出身者だと思いました。し…しかし、彼のコルディウム値がゼロと出て、何かおかしいと感じました。」


「そவ…その男です。その男が問題でした。彼のせいで今回の事態が起きました。しかし、これが決して言い訳にはならないことは、よくわかっています。お願いです、ただ一度だけでも機会をいただけるなら、必ずその男を見つけ出します。」


黒い仮面をかぶった男から、強烈な黒い気配がほとばしった。


バレクは額を地面に打ちつけながら、泣き叫ぶように懇願した。


「どうか…どうかお許しを…少し…少しだけ…」


バレクはふと何かを思い出したかのように顔を上げ、後ろに控えていた部下を目で呼んだ。


黒い仮面をかぶった男は、しばらくバレクを見つめていた。


バレクは震える息をなんとか整え、後ろに立つ部下に命じた。


「…その袋を持ってこい。あいつから奪ったものだ。」


部下は頭を下げ、素早く下がると、しばらくして革の袋を手に持って戻ってきた。


バレクはそれを受け取り、黒いマントをまとった人物の前に慎重に置いた。


彼はまるで聖物でも扱うかのように、指先で袋を開け、中から古びた紙と金属片の束を取り出し、広げて見せた。


「これが…その男が持っていた物です。」


仮面の奥の眼光が、わずかに揺らいだ。


彼らはそれが単なる文書や装飾品ではないことを本能的に感じ取った。見慣れぬ絵や文字が刻まれた紙、初めて見る素材でできた掌サイズの箱、奇妙に曲がった金属の枠とその中に折り畳まれて挟まれた紙片たち。


それはこの世界のものでは決してなかった。


「そいつをどこで捕まえた?」


「西に向かう荒野の真ん中で捕まえました。」


「二度とこのような過ちを繰り返しません。彼は普通の人間ではないようでした。何かを隠しており、それは上層部が求める重大な手がかりになるかもしれません。」


「生意気だ!!」


鼓膜を裂くような怒号が響き渡った。


バレクは再び額を地面に擦りつけ、命乞いをした。


だが、仮面をかぶった者たちの間で、互いを見やるような微かな動きが捉えられた。短く鋭い緊張感が流れた。


そのうちの一人が物資を革の袋に詰め直して持ち去り、背の高い仮面の男はしばらく思案した後、口を開いた。


「セルカイン、その男を捕まえてこい。殺してはならん。必ず生け捕りにしろ。残りは構わん。」


「仰せのままに…」


黒い仮面をかぶった男は、後ろに整列していたもう一人の仮面の者に命じた。


仮面をかぶった者たちは、額に血がべっとりとついたまま地面に頭を下げ、全身を震わせているバレクを背に、要塞を後にした。


黒い仮面をかぶった男は馬車に乗り込み、黒い戦車のような馬車は幽霊のように音もなく動き始めた。



読んでくれてありがとうございます。

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