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1. 未知の本

彼に感情が残っていたら、恐怖で絶望に陥っただろう。


イ・ヒョンは湿った刑務所の壁に身を頼ったまま、見知らぬ不快な空気を吸い込んだ。


馴染みのない天井、荒い岩を削って作られた荒い壁。


イ・ヒョンはその壁に背中を寄りかかって座っていた。


重い木のドアの隙間の間に浸透する光。


夢ではなかった。


彼は自分が理解できない事件のために見知らぬ世界にいるという事実を確かに自覚した。


体を動かそうとしたが、手首と足首は手錠でしっかりと拘束されていた。


肘を聞いてみようとしたが、体全体に広がった痛みが全身に広がった。


彼は再び息を深く吸い込んだ。


空気は湿った、カビの臭いがほこりの臭い、鉄の臭いに混ざっていた。


何か腐っていくような匂いと排泄物のにおいも鼻先を切った。


筋肉は硬直し、指先は冷たかった。


感覚を取り戻すだけでも長い時間がかかった。


「はあ…一体どうしてこんなことに…」


一瞬、書店主人だと思っていた老人のことが頭をよぎった。


理由は分からないが、この奇怪な出来事の始まりがその老人が手渡した本に起因していることは確かだった。


イヒョンは無意識に歯を強く噛みしめた。


「一体あの本は何なんだ? あの老人は? 何の説明もなしに突然本のことを教えて消えるなんて? 冗談じゃない…」


それは怒りというより、戸惑いに近い独り言だった。


だが、その老人の曖昧な態度と眼光、そして古風な装いを思い出すほど、イヒョンは不快感を拭い去ることができなかった。


「一体何のつもりだったんだ? それに妙なのは、あの男がまるでこうなることを分かっていたかのような振る舞いだったことだ。」


すべての出来事は、その本を開いた瞬間から始まった。


ソウルの灰色の空の下、江南の中心にある高層ビルの一室。


いつものように冷たい照明が降り注ぐオフィスで、ソ・イヒョンは無表情な顔でパソコンの画面を見つめていた。


彼の鋭い顎のライン、高い鼻筋、くっきりとした眉、額を露出させた整った黒髪、落ち着いた冷ややかな眼光は、まるで精密に計算された建造物のようだった。


身長178センチほどで、ほっそりとしたバランスの取れた体型は、彼の清潔感あるスーツを一層引き立て、ピシッと仕立てられたスーツからは、徹底した自己管理と完璧主義の傾向が自然に滲み出ていた。


周囲を意識せずとも乱れを許さない性格が、彼の全体に溶け込んでいた。


オフィスはまるで精密な機械装置のように完璧に整頓されていた。


壁には装飾が一切なく、モノトーンの色調で統一され、テーブルの上には埃一つない整然とした書類ファイルとペンが一列に並んでいた。


本棚にはよく読む専門書や報告書だけが詰め込まれ、個人的な写真や装飾品は一切存在しなかった。


オフィス全体が息を詰まらせるような静寂な空気に満ちていた。


彼は人との会話を最小限に抑え、すべての人間関係を業務的にのみ維持した。


昼休みには一人で静かなカフェで簡単な食事を済ませ、退勤後はいつも一人だった。


一度も例外はなかった。


彼の日常はルーティンで編まれ、そのルーティンは一抹の感情も入り込む余地がないほど固く封印されていた。


すべてが計画通りに進まなければ気が済まず、予期せぬ変数は彼にストレスと不安をもたらした。


イヒョンにとってルーティンは単なる習慣ではなく、崩壊した世界の中で自分を支える最後の秩序だった。


「社長、今日の会議はどうしますか?」


秘書の慎重な問いかけに、イヒョンは少し首を上げた。


無感情な視線で秘書を一瞥した。


「議事録をまとめてメールで送ってください。」


短く、断固とした声。秘書はそれ以上何も聞かず、頭を下げてその場を去った。


彼女は慣れた様子で、彼の感情を帯びない反応に特に動揺を見せなかった。


ソ・イヒョン。


今年で37歳。医療機器企業「アイテラ・メディテック」の代表。


韓国で最も若いCEOの一人として名を馳せ、外科医出身という経歴も相まってメディアの注目を一身に浴びていた。


かつて彼は温かく親しみやすい性格の持ち主で、人との交流を楽しむ人間的で社交的な人物だった。


だが、今は違った。


初めて会う者は、彼の清潔で礼儀正しさから「親切だ」と誤解しがちだった。


彼は洗練された語彙と落ち着いた話し方を常に保ち、誰に対しても礼儀正しく親切に振る舞った。


だが、それはあくまで彼の優れた知性と分析力を基にした計算された社会的戦略に過ぎなかった。


そこに真心はなく、どんな感情も込められていなかった。


長く彼を見続けた者たちは知っていた。


ソ・イヒョンは決して温かい人間ではなく、人間関係を「効率」と「目的」に基づいて維持する冷徹な性格の持ち主であることを。


華やかな外見の裏に隠された、氷のように冷え切った心を。


5年前、彼の人生は粉々に砕けた。


家族と共に出かけた短い旅行の途中。


高速道路で起きたその事故は、もし映画の物語なら非現実的だと嘲笑されるような奇妙で不条理な衝突だった。


道路は晴れた天気で乾燥しており、周囲の車の流れも平凡だったが、突然、原因不明の車両が中央線を越えて逆走し、衝突したのだ。


衝突の角度、位置、タイミングは、まるで誰かが意図的に仕組んだかのように絶妙で、その結果、妻と娘はその場で命を落とした。


イヒョンは傷一つ負わなかったが、精神は取り返しがつかないほど壊れた。


だが、さらに恐ろしいのは事故の後だった。


ドライブレコーダーの映像は復元不可能と判定され、事故現場の証拠物は数週間で蒸発するように消えた。


その後、警察は証拠不十分を理由に双方過失として処理し、裁判が進行中に相手側の運転者は不可解な死を遂げた。


成長中の企業のCEOという立場から、メディアは彼に対して悪意ある関心を注いだ。


特に妻が裕福な家柄で、事故の数ヶ月前に両親から多額の遺産を相続していたことが知られ、事態はさらに悪化した。


一部のゴシップ誌は「家庭内の不和」「保険金や遺産を狙った意図的な事故」といった扇情的な見出しで記事を量産し、インターネットのコミュニティやポータルサイトのコメント欄には彼への呪詛や非難が溢れた。


「遺産を狙って家族を死に追いやった」という書き込みが人気上位を占めるほどだった。


世間はまるで彼がすべてを計算し、妻と子を排除した冷血漢のように追い詰めた。


彼は戦おうとしなかった。


いや、戦えなかった。


すべてが虚無だった。


あらゆる嘲笑、迫害、苦痛の中で、彼はついに人間への信頼をすべて失った。


心の奥底に残っていた温もりの欠片さえ、歪んだ社会の視線と悪意に満ちた噂によって徐々に消えていった。


彼はやがて極端な無気力に陥り、数ヶ月間は出勤も食事もまともにできず、暗い部屋に閉じこもっていた。


時間が過ぎるのも分からない状態で日々を過ごし、生きている感覚すら忘れるほど浮遊していた。


だが、皮肉にも彼を再び引き戻したのは「仕事」だった。


その後、彼は自ら狂ったように仕事に没頭した。


1日4時間の睡眠、20時間の業務。


非生産的な人間関係はすべて整理し、食事さえ静かに一人で済ませた。


彼は感情を排除した精密機械のように動き、その中で誰も超えられない成果を積み上げた。


医療機器技術の開発、投資の獲得、流通、海外進出まで、すべての意思決定を自ら行い、会社を短期間で業界のトップに押し上げた。


彼はそうして、成功という城の上に独りで立った。


世界への怒りも悲しみもすべて忘れ、自分が作り上げた秩序の中で独自の方法で耐え抜いた。


イヒョンはついに世界に勝ったが、同時に自分自身を失った。


そんな彼にも唯一の慰めがあった。それは、古くからの趣味である読書だった。


元々本が好きだった彼だが、事故後は特に歴史関連の書籍に没頭するようになった。


歴史には無数の解釈が存在したが、その中心には常に「事実」があった。


その事実は決して揺らがない骨組みのように存在し、イヒョンはその確固たるものに安定感を覚えた。


すべてが不確実で矛盾に満ちた現実とは異なり、歴史の中の出来事には終わりがあり、客観的な事実が記録され、時間が経ってもその存在を否定されることはなかった。


その中で彼は世界を一歩引いて観察するような距離感を持て、それが彼が息をつける唯一の時間だった。

その日も同じだった。


仕事を終えた後、彼はいつもの書店へと足を運んだ。


江南の高層ビル群の間、まるで時間から隔絶されたような狭い路地の中。


そこには周囲の風景とまるで調和しない古い木造の建物が静かに佇んでいた。外観は整っていたが、長い年月の痕跡が刻まれた窓枠や剥がれた看板は、むしろこの空間ならではの品格を感じさせた。


その書店はかつて、イヒョンが妻と一緒に頻繁に訪れ、デートを楽しんだ場所だった。二人は一緒に本を選び、静かな雰囲気の中で並んで座って時間を過ごしたものだ。その美しい記憶はイヒョンの記憶の奥深くに残っていた。


店内は新刊、古書、中古書が混ざり合い、独特な雰囲気を醸し出していた。


本棚には本がぎっしり詰まり、場所を見つけられなかった本は床に積み重ねられ、本の間には時間が止まったような静寂が漂い、古い木の香りがほのかに漂っていた。


客は多くなかったが、不思議なことにその書店は何年も同じ場所に変わらず存在していた。


イヒョンにとってそこは単なる書店ではなく、失われた時間をつなぎとめる唯一の場所だった。


その日、彼はいつものように歴史書のコーナーの前に立ち止まった。


見慣れたタイトルばかりだった。


彼は目を細めて積まれた本を眺めていた。


「探している本がないようですね。」


見知らぬ声にイヒョンは振り返った。


そこには一人の老人が立っていた。


白髪に深い皺が刻まれた顔だったが、その眼光は奇妙なほどに鋭く、若い活力を宿していた。


不思議な二面性を持った人物だった。


さらに奇妙なのは、その老人の性別を判断しづらかったことだ。声は一見男性のようだが、話し方や抑揚は女性のようで、顔の曲線や目元は男性のようだが、全体の印象は女性的な雰囲気を持っていた。


全体的な印象は年齢を超えた中性的なイメージで、見る者に自然と「奇妙だ」という感覚を抱かせた。


彼が着ていた服もまた、現代では見かけないような装いだった。


派手ではないが、身体にぴったり合った仕立ての古風な洋装は高級感があり、肩から足首まで長く垂れる外套は中世の衣装を思わせた。


やや色褪せた布は時間の経過を感じさせたが、服の皺一つなく整然としていた。


まるで本から飛び出してきたような仙人のような老人がその書店の中に立っていた。


十数年この書店に通っていたが、イヒョンはこの老人を一度も見たことがなかった。


ふと、この老人が店の主人かもしれないという考えが頭をよぎった。


「多くの本を読んできたようですね。だが…その本たちでも癒されない虚しさが残っている顔ですね。もしそうなら、あの本を一度見てみてはどうでしょう。」


老人はゆっくりと手を上げ、一番高い棚の上にある一冊の本を指した。


茶色の古びたハードカバーの、趣のある本だった。


イヒョンは迷わずその本を取り出した。


そして振り返り、老人にその本について尋ねようとしたが、


「…?」


そこにいるはずの老人は消えていた。


周囲を見回したが、人の気配すらなかった。


イヒョンは奇妙な感覚を抱いたが、本に視線を落とした。表紙にはラテン語が書かれていた。


[Codex Cordium]


彼は少し眉をひそめた。


大学時代、彼は教養科目としてラテン語を学んだことがあった。


当初は単なる興味で始めたが、後に歴史書を原典で読みたいという欲から本格的にラテン語を学び、ほとんどのラテン語の文章を解読できるほどのスキルを身につけた。


古書を収集し、原文を読むことは彼の趣味の一つだった。


[コルディウムの本]


タイトルにはどこか神秘的な気配が感じられた。


イヒョンはページをめくった。神秘的な気配を感じたが、大したことではないと思った。


彼はいつも通り理性的に判断し、感情に流されることはなかった。


その瞬間だった。


ページをめくった瞬間、まるで紙自体が生きて動くかのように、文字が振動し、空中に浮かび上がった。


イヒョンは本能的に本を置こうとしたが、指先がページに触れた瞬間、凍りついたように動けなくなった。


ラテン語の文章が渦巻く風のように本から抜け出し、旋風のように舞い上がり、空中で巨大な魔法陣を形成した。


その文字たちは単なる文字ではなく、まるで意志を持った存在のように生きて動き、光を帯びて回転し、周囲の空間を震わせた。


イヒョンの目の前に広がった魔法陣の中心には、金色の線と赤い記号が複雑に絡み合い、解け合う形状で満たされ、空間全体が波動に揺れているようだった。


彼の頭の中には、まるで誰かの囁きのように低いラテン語の音律が響き渡った。


その音は神秘的で威圧的だった。


その瞬間、イヒョンは明らかに超現実的な何かが起こっていると確信した。


「…何だ、これは…」


強い眩暈がイヒョンを襲った。


周囲がぐるぐると回り始め、ページが鋭い音を立てて震えた。


イヒョンはバランスを失い、膝をついた。


光と音と風が彼を包み、視界は真っ白になった。


「…」


どれほど時間が経っただろうか。イヒョンはゆっくりと目を開けた。


彼の目の前に広がった光景は、息をのむほど異様で非現実的だった。


空は淡い灰青色に曇り、太陽は砂丘の向こうで燃える火の玉のように浮かんでいた。


空気は乾いた埃で満ち、足元の地面は粗々しく黒ずんだ土と白っぽい砂漠の砂が混ざったようだった。


ところどころにひび割れた岩や枯れた棘の木が点在し、時折通り過ぎる風は寂しげな音を立てていた。


周囲は空っぽの荒野のように広がり、その荒野の上を低く揺らめく熱気とともに砂埃がぼんやりと漂っていた。


遠くには廃墟のような建物の輪郭がかすかに見えたが、それが人が住む場所なのか、石の山なのか判別できなかった。


イヒョンは首を振って周囲を見渡したが、どこにも都市の痕跡も、文明の匂いもなかった。


その光景は「異国的」という言葉では足りなかった。それは初めて見る荒涼とした世界だった。


「…夢か…?」


彼は呟きながら身体を起こした。


頭はまだ眩暈でふらつき、本は手に持っていなかった。


現実の記憶は鮮明なのに、目の前の光景は非現実的だった。


「一体ここは…」


彼の前には荒涼とした大地が広がっているだけだった。


読んでくれてありがとうございます。


読者の皆さまの温かい称賛や鋭いご批評は、今後さらに面白い小説を書くための大きな力となります。

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