第七六話 創造の力
ジウイの目に、再び紋章が浮かび上がった。 それは今までとは比べ物にならないほど鮮明で、輝きはまるで太陽のように強く、そして温かかった。
リューンが命を賭してまで守ったもの。 それが、ただの力ではないことを、ジウイは誰よりも理解していた。
「怖くないわけじゃない……でも、私は、信じる」
ジウイは胸の奥でつぶやくようにそう言った。
創造の力を恐れてはいけない。 それは暴走すればとんでもない破壊をもたらすかもしれない。 けれど、リューンが最後に見せたあのまなざし、あのやさしさ。 それを思い出すたび、ジウイは心を落ち着かせることができた。
自分を信じてくれた人たちのために、自分自身を信じよう。
「リューン……カイル……王子……そして、ミルフィ……」
目を閉じ、心を落ち着かせ、深く深く息を吸い込む。
その瞬間、スケッチブックを使わずとも、ジウイの想像が現実を変える。まるで空気そのものが震え、太陽の間の空間が柔らかく歪む。
――そして。
眩い光とともに、ジウイの周囲に次々とアニマたちが出現した。
最初に姿を現したのは、青白い炎をまとう狼たち。 鋭い眼光と俊敏な身のこなしで、ジウイを守るように取り囲む。
次に現れたのは、白い羽を広げたフクロウ。 大きな瞳は知恵をたたえ、空中に浮かびながら全体を見渡している。
赤黒い毛並みの大型犬、賢そうな猫、大きな嘴を持った鳥、翼を持つ馬、そして、大地のようにどっしりとしたシカ。
そして彼女が過去に描いてきた数多のアニマたちも次々と姿を現す。
「今まで一緒にいてくれたみんな……力を貸して!」
ジウイの声に、アニマたちは一斉にうなずくように吠え、羽ばたき、鳴いた。 彼らはただの絵ではない。 ジウイの心のかけらであり、彼女の想像力が、創造の力が生み出した形を持った存在だ。
そして最後に、空を裂いて現れたのは――あの火の鳥だった。 再生と浄化の象徴。 まばゆい炎を身にまとい、その翼は戦場の空気を一変させるほどの神々しさを放っていた。
「これが、私の……創造の力」
ジウイは自らの掌を見つめ、小さく微笑む。
王子とカイルが、その光景を見て、言葉もなく頷いた。
「すごいな……あれが、ジウイの本当の力……」とカイル。
「これほどの力が、人の手に……いや、彼女の心に宿っているのか」
と、フェリクス王子は静かに感嘆する。
だが、その光と力の共鳴は、敵にも届いていた。
黒の主――かつてバレノスだったものは、うねる黒ずみの瘴気の中でその身をゆらし、ジウイの放つ光に反応する。
「ほう……ついに完全に覚醒したか、創造の子よ……ならばなおのこと、その力を我がものにせねばなるまい」
どす黒い声が、空気を伝って響き渡った。
そして、戦いの幕は、いよいよ切って落とされた。
カイルは跳躍し、黒の主に対して、頭上から全体重をかけて切り下ろす。
フェリクス王子の剣が煌めき、黒の主のその右腕を切り裂く。
ジウイのアニマたちは空と地を駆け巡り、黒ずみの波を削り取り続けていた。
シカのアニマが地を踏み鳴らし、聖なる角から光を発し、黒の瘴気を祓う。
炎の狼たちは咆哮とともに敵の脚を喰らい、鳥のアニマは天空からの一閃で斬り裂く。
空を駆ける火の鳥が、幾度もバレノスの身体を焼き、肉を剥ぎ取っていった。
その波状攻撃は、黒の主となったバレノスに反撃の隙を与えず、圧倒しているかに見えた。
だが、それでも――倒れない。
「なんて再生力だ……!」
カイルが歯を食いしばる。切りつけるたびに、黒ずみが飛散するが黒の主の身体はずるりと再構築され、瘴気の塊が肉体を修復していく。
まるで倒されるたびにさらに強くなっていくかのような異常さだった。
カイルと王子そしてアニマ達は、攻勢ではあったが攻撃を行うたびに、少しずつ黒ずみに体力を奪われていった。
フェリクス王子が肩で息をしながら叫ぶ。
「今のうちに、決定打を打たなければ……!」
ジウイの指先が震えていた。心の中で生み出すアニマは、今や数えきれない。だが、彼女の創造の力は、感情と深く結びついている。恐れや怒りが増せば、その力は暴走しかねない。リューンの最期を思い出し、ぐっと胸を押さえる。
「落ち着いて……わたしは、わたしの心でこの力を使うんだ……」
だが次の瞬間、黒の主の全身が巨大な棘のように膨れ上がり、そこから複数の黒ずみの触手が一気に四方へと伸びた。カイルと王子、そしてアニマたちがその一撃に巻き込まれ、壁際まで吹き飛ばされる。
「うわあああっ!」
「カイルっ! 王子!」
ジウイが叫ぶが、壁に強烈に打ち付けられた彼らはすぐには立ち上がれなかった。場に残ったのは、彼女ひとり。そして、巨大化した黒の主。バレノスの中の意思が笑う。
「見たか、これが絶望の力だ……これが神だ……!」
黒の主の身体は、禍々しい光を放ちながら膨れ上がる。その中心から、かつてのバレノスの顔がうっすらと浮かび上がっていた。
「ジウイよ……リューンを見殺しにしたのはお前だ。お前が力を選んだから、彼は死んだ……絶望しろ、そして我にすべてを委ねよ!」
その声に、ジウイは静かに首を横に振った。彼女の左目に、再びあの紋章が浮かぶ――だが、それは今までのどれよりも強く、輝いていた。
「違う。わたしは……誰にも支配されない。希望は、ここにある」
彼女はそっと、左目に手を添えた。
「リューンが命をかけて守ってくれた、この心と力で――あなたを終わらせる!」
ジウイの左目から、眩い光が放たれた。
それはこれまでに見たことのない、蒼白くも温かい、すべてを包み込むような浄化の光だった。闇を焼き尽くす業火ではなく、闇そのものを存在ごと洗い流す、世界の誕生に近いような純粋な力。
「ば……馬鹿な……やめろォォォ!!」
バレノスの声が、恐怖に染まる。
光が黒の主の肉体に触れた瞬間、黒ずみによる再生は止まり、浄化が始まった。黒ずみが剥がれ落ち、バレノスの姿がむき出しになり、その肌がひび割れ、砕けていく。
「この力……この理想……我らが……求めた神の姿……それが……!」
断末魔の中で、バレノスは叫ぶ。
「我らが抱いた理想こそ、真の神であったはずだァァァ!!」
だがその言葉は、浄化の光の中に飲まれ、消えていった。
黒の主は、完全に消滅した。
まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく――
ジウイはその場に膝をつき、深く息を吐いた。
静寂が戻ってきた太陽の間には、浄化された空気が満ちていた。
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