第六八話 太陽の間へ続く道
地下回廊の空気は重く、湿っていた。石の壁には黒ずみが這い、ところどころで蠢くように揺れている。
ジウイ、カイル、リューン、そしてジウイが生み出した二体の狼――
青白い炎をまとったそれらのアニマは、まるで地を滑るように無音で先行し、薄闇の中に潜む気配を探っていた。
「……ずいぶんと静かだな。嫌な予感がする」
カイルが低く呟く。
「先ほども話しましたが、目指すは二階の最奥、“太陽の間”です。大司教しか入ることを許されていない、封印の核を有する聖域……かつては、ですが」
リューンが慎重に足を進めながらも、表情には冷静さを保っていた。
「……今はもう、聖なる場所なんかじゃないんだよね」
ジウイがぽつりと呟いた。
「そうですね。聖域の中心から黒ずみが発されているとすれば……皮肉なものです」
回廊を曲がったその先、突如、黒ずみに蝕まれた神官と、数人の僧兵が現れた。
その眼は虚ろで、口元には常軌を逸した笑みが浮かんでいる。神の名を呟くその声すら、黒ずみによって歪んでいた。
「……来るぞ!」
カイルが剣を抜いた瞬間、二体の狼が疾駆する。
地を蹴る音もなく、青白い炎の軌跡だけを残して、狼たちは神官たちに飛びかかった。
炎が神官の身体を包み、黒ずみがまるで雪のように剥がれ落ちていく。
呻き声とともに、神官たちはその場に崩れ、浄化された後の静かな亡骸となって床に伏した。
僧兵が叫びながら斧を振り上げるが、もう一体の狼がその背後から回り込む。
炎の牙が振り下ろされた刃を無力化し、その身体を焼く。燃やすのではない。
あくまで“清める”ように、炎は黒ずみだけを分解し、静かに浄化していった。
リューンは一歩踏み出し、狼たちの働きを見つめた。
「……間違いありません。ジウイくんが描いたアニマには、確かに“浄化の力”が宿っている」
安堵の混じった声が漏れる。
「この力なら、きっと……ミルフィも、救えるはずです」
ジウイはまだ緊張の面持ちだったが、リューンの言葉にほんの少しだけ表情を緩めた。
「……なら、早く行こう。ミルフィ、あたしの代わりに……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
狼たちが振り返り、静かに次の進路を示した。誰よりも先に、彼らは危機を察知しているのだ。
階段を上り、ジウイたちはやがて地下を抜け一階へと足を踏み出した。
一階は、荘厳な大聖堂の雰囲気を残しながらも、黒ずみに蝕まれており、厳かで聖なる場所とはとても思えない状況であった。
「ここからは、本当に敵地です。心して参りましょう」
リューンの言葉に、ジウイとカイルが小さく頷いた。
一階へと出たジウイたちの耳に、遠くから激しい金属音と怒号が届いた。
「……あれって」
ジウイが振り返るように音の方向を見やる。確かに、戦っている音がする。何人もの剣が交差し、魔法が炸裂し、誰かが叫んでいる。
「大礼拝堂でしょう。フェリクス殿下の部隊です」
リューンが即答する。
「やっぱり……あんなに離れてるのに、聞こえるくらい……」
「それだけ激戦ということです。ですが、殿下は優秀な指揮官です。あの場所は彼らに任せましょう。私たちには私たちの役目があります」
「……うん」
ジウイは名残惜しげに戦場の方向を見たが、やがて視線を前に戻す。小さく息を吸い、顔を上げた。
「じゃあ……行こう。ミルフィが待ってる」
リューンは静かに頷き、回廊を進みはじめる。
「“太陽の間”は、大礼拝堂とは逆側、二階の北端に位置しています。そこに至る階段はただ一つ、中央礼拝室の奥にあります」
「つまり、その階段を抑えれば、誰も太陽の間に行けなくなるってことか」
カイルが確認するように尋ねた。
「ええ。だからこそ、敵もそこを厳重に警備しているはずです」
回廊を進む一行の足音だけが、静まり返った一階の空間に微かに響いていた。
至るところに黒ずみが広がり、すでにかつての信仰の空気はどこにも残っていなかった。
狼たちは先導するように滑るような足取りで進み、時折、壁の陰に目を向けていた。
しかし、敵の気配は感じられない。
「……おかしいな」
ジウイがぽつりと呟く。「思ったより、敵がいない気がする」
「同感だ」カイルも警戒を強めた表情で応じた。「こんなに静かなんて逆に不気味だ」
「太陽の間への道を遮る階段はこの先です」
リューンが立ち止まり、視線の先を指し示す。
「通常なら、神官の中でも上位の者が守っているはずですが……」
その先、回廊の突き当たりに見えるのは、装飾された重い扉と、その手前に数人の僧兵が立つのみだった。
彼らはこちらに気づいているはずなのに、剣を抜くでもなく、ただ立ち尽くしている。
「……手薄すぎないか?」
カイルが剣の柄に手をかけ、声を潜める。
「突破するか?」
声に焦りはなかった。だが、その目はいつでも動けるように僧兵たちを射抜いていた。
しかし、リューンは首を振る。
「……いけません」
低く、断言するような声音だった。
「これは“誘い”です。太陽の間へ進ませるため、あえて守りを薄くしている。目的は、ジウイくんをそこへ導くこと。最初からこちらの動きを読んでいたのかもしれません」
ジウイがぎゅっと手を握った。
「ミルフィを囮に……あたしを、太陽の間まで連れてこようとしてるってこと?」
「可能性は高いです。ですが、罠とわかっていても、避けて通ることはできません。ミルフィを救い出すには、そこへ行くしかないのですから」
沈黙が一瞬、三人の間を満たした。
ジウイは狼たちに目を向ける。青白い炎をまとった二体のアニマは、まるでその先にこそ進むべきだと告げるように、ゆっくりと前に出た。
「……わかった。なら、進もう」
ジウイの声は、凛としていた。
カイルが短く笑って頷く。
「了解。罠でもなんでも、突破してやろうじゃないか」
リューンは短く言葉を継いだ。
「ジウイくんのアニマの力を信じましょう。そして、ミルフィを、必ず救い出しましょう」
一行は、静かに歩を進めた。
その先に、太陽の間への階段が待っている。
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