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第六七話 大司教の企み

重く閉ざされた石壁の奥、ろうそくの火だけが揺らめく薄暗い室内に、少女の浅い寝息が響いていた。


ミルフィは、冷たい石の台座の上で身動きもせずに横たわっていた。

額には小さな水晶板が固定され、細い管が頭部の奥へと伸びている。

その先に接続された装置が、ぼんやりと赤黒い光を放ちながら脈動していた。


「……ふむ、やはり視る力の持ち主だけのことはあるな。深層の記憶から、かなり濃い情報が取れた」

大司教バレノス・デ・ヴェイルは、装置に繋がった記録札を手に取り、薄く笑った。


「しかし断片的だな。どこまで視えていたのか、本人にも整理がついておらんのだろう」

隣で杖をついた初老の男──大司教オルヴァン・カイレが眉をひそめる。


「だが、十分だ。問題の“創造の子”──ジウイと呼ばれていたか、その力の一端は確認できた。絵に描いたものを、実体あるアニマとして呼び出すギフト……この短期間であそこまで覚醒が進むとは」


「それだけではない。先日の転移事件により、彼女の創造の力が一時的に制御を離れ、暴走した。

その結果、黒ずみの侵蝕を一瞬で焼き払う浄化の光を放ったようだ」

「……封印から解放されつつある、ということか」


オルヴァンが低く呟く。

「ジウイが何者かは定かではないが、創造の力に選ばれた器であることは間違いあるまい。まだ未完成だが……完成される前に、手を打たねばならぬな」


「そのための素材は、ここにある」

バレノスが顎でミルフィを示す。

「この娘には、情報だけでなく、人質としての価値もある。創造の子が仲間を捨てられるような器ではないということは、記憶の中でよく見えたよ」

「情に厚いのは弱点でもある。我らにとっては好都合だ」


バレノスは、ミルフィの額から伸びる水晶板を軽く撫でた。

その動作はどこか慈しむようでいて、まるで獲物を弄ぶ蛇のような冷たさがあった。

「とはいえ、過度に損なうわけにもいかん。創造の子を誘い出す“鍵”だからな。外見も、精神も、できる限り保存しておく必要がある」


「必要ならば、あの薬を投与するか? 痛覚を鈍らせ、記憶の層を深く浸せる。もっと情報を引き出せるだろう」

「いや、それは最後の手段に取っておこう。現時点で得られた情報だけでも、十分な確証に至った。ジウイは、完全に我らの敵だ。ならば――」


言いかけた言葉が、礼拝堂の方角から響いた鈍い震動に遮られる。

「……音が近いな」

オルヴァンが耳を澄ませる。床を通して、かすかに魔力の共鳴が伝わってくる。


「大礼拝堂か。ふむ、ついに正面から来たか」

「予想より早いか……だが、あそこは簡単には突破できまい。トロールや呪獣たちは、あのために長く仕込んできた」

「フェリクス王子自ら部隊を率いているとしても、創造の力なしでは突破は難しい。魔法の一斉砲火とて、黒ずみの再生力を超えるには至らぬ」


「時間を稼げればいい。どうせ奴らは、ミルフィを求めて動いている。ならば、こちらは“餌”を見せてやればいいのだ」


バレノスの目が細くなる。

その視線の先で、ミルフィは微かにまつ毛を震わせたが、目覚める気配はなかった。

「さて……創造の子よ。お前はこの“贈り物”にどう応えるのか──楽しみだな」

二人の大司教の声が、ろうそくの火とともに、静かに揺れていた。


「……絵に描いたものを現実に顕現させる力、か。これが創造の力の一部か、全ての力が解放されたら果たしてどれほどのことが……」


オルヴァン・カイレが低く呟き、目を伏せる。

記憶から引き出した断片は確かに不完全だったが、ジウイの能力の一端を確かに捉えていた。

「その力はすでに覚醒しつつある。暴走し、城内の黒ずみを焼き尽くした光……間違いあるまい」


大司教バレノス・デ・ヴェイルがゆっくりと歩み寄ると、拘束されたまま眠るミルフィの頬に指を這わせた。

「代用の器としては脆弱だが……“絶望”を与えるには、ふさわしい贄だな」


「……ジウイを、絶望させた上で殺す。祝福を器ごと破壊し、その残滓を封じる。まさか、あの禁呪を実行に移すつもりですか?」

「当然だ。我らは神に選ばれぬ者。ならば、力を奪い、神を超えるしかない。創造の力を新たな器へ──我が身へと受け継ぐのだ」


「愚かですな。器が砕ければ、力もまた砕けるかもしれない。ましてや、あなたの身が神の力に耐えられるとも限らぬ」

「耐えるさ。いや、耐えさせる。この身をもって証明するのだ、神を超えた人の可能性をな」


オルヴァンはため息をつきながらも、それを止めようとはしなかった。

彼もまた、この世界の“祝福の独占”に終止符を打ちたいという信念を持っていた。ただ、その方法が、残酷すぎるだけだ。

「ジウイに見せるのです。自分の代わりに苦しみ、弄ばれ、そして殺される友の姿を」


バレノスの声は静かだったが、決意に満ちていた。

「大切なものを失い絶望の淵に落ち、自らが“無力”だと知ったとき──創造の器は砕ける」


「そして、その瞬間。我らが手にするのだ、神の力の一端である“創造の力”を」


礼拝堂の方角から、またひときわ大きな爆発音が響いた。

だが、大司教たちはそれに振り向きもせず、ただ静かに、粛々と儀式の準備を進めていた。

読んでいただきありがとうございます。

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毎日3回程度投稿しています。

最後まで書ききっておりますので、是非更新にお付き合いください。

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