第六一話 使節団の目的
「……まさか、ガリエル大司教が……」
謁見の間にいたわけではないミルフィは、まだ信じられないといった面持ちで呟いた。
だが、謁見の間で黒ずみに包まれたガリエルの姿と、周囲を包むあの異様な空気が、すべてが事実であると告げていた。
「彼だけじゃない。使節団全員が、完全に黒ずみに侵されていた。もしくは……何かの『起動条件』で発動したか」
リューンは険しい顔で言いながら、周囲の様子を警戒する。城内はすでに非常警戒態勢に入り、騎士たちが各所の警備に奔走していた。
「“創造の力”……あの言葉が合図だったのかもしれません」
ジウイは、胸の内に光を感じる。今も彼女の傍には、先ほど呼び出した狼のアニマが静かに歩いていた。まるで、ジウイ自身の感情を感じ取っているかのように。
「つまり、やつらの目的は最初から、あの言葉で発動する『何か』を起こすことだったと?」
カイルが眉をひそめる。ジウイの肩に手を添えながら、彼女の顔色を確かめる。
「目的は“混乱”だけじゃないと思う。最終的には、ジウイ……お前の確保だ」
王子の言葉に、ジウイが目を見開く。
「私……を、創造の力をってことね。」
ジウイは静かに目を閉じ、左目に意識を集中させた。心の奥に灯った光が、闇を照らす確かな意志として形になろうとしていた。
だが──
「っ……!」
唐突に膝が折れかけた。ジウイの身体がふらつく。
「ジウイ!」
すぐさまカイルが駆け寄り、倒れそうになる彼女を支えた。ジウイの顔は青ざめ、汗が頬を伝い、呼吸は荒い。ミルフィも慌てて駆け寄ると、即座にジウイの前に立ち、身を盾のように差し出した。
「ダメ、もう限界が近い。アニマの召喚だけでも相当だったのに……今、さらにその上を狙えば、本当に危ない」
ミルフィの声には、焦りと冷静さが混ざっていた。カイルも黙ってうなずくと、二人でジウイを守るように位置を取る。守りの陣が自然と形作られていった。
「……でも……私、もう……止められない……」
ジウイのかすれた声とともに、光の狼──アニマがゆっくりと前へと進み始める。その足元に触れた黒ずみは、まるで風に吹かれた煙のように薄れ、やがては光に弾かれるように揺らぎ、道が一筋、開かれていく。
「……黒ずみは完全に浄化されてるわけじゃない。ただ、避けてるだけ。これで通れる、けど……」
ミルフィが眉を寄せて呟いた。
「黒ずみの“総量”は変わってない。むしろ、圧が強まってる。……ここに集まってきてる?」
リューンが口を開き、周囲に展開していた守りの魔法を一段階強める。その光は、光の狼の進行に合わせて広がり、黒ずみとの境界を保っていた。
一行は狼を先頭に、リューンとカイルが前衛、王子が中央に立ち、ミルフィとジウイが後衛を固める形で、謁見の間へと続く廊下を進んでいく。
黒ずみは、まるで生き物のように脈動していた。ざわめくような音が耳にまとわりつき、異様な気配が近づいてくる。
「前方、敵影……十二──来るぞ!」
リューンの声と同時に、黒ずみの中から現れたのは、謁見の間にいたはずの使節団の残党たちだった。彼らの肌は灰色に染まり、目の光はもはや人のそれではなかった。黒ずみを纏った彼らは、迷いのない足取りで一直線に迫ってくる。
「構えろ!ここで止めるぞ!」
王子の号令と同時に、カイルとリューンが応戦に動いた。魔法と剣が交差し、黒ずみの波を押し返すように立ち回る。
ジウイとミルフィは一歩下がり、戦況を見守る。ミルフィは黒ずみの流れを読み取ろうと視線を巡らせていた。
──その一瞬、背後の空気が微かに揺れた。
「……っ!」
気配を察知したジウイが振り返る。そこには──まるで幻のように──ガリエルの姿があった。
やせ細ったその身体は血の気を失い、目だけが異様な光をたたえていた。
「……あなたを、連れていきます……」
ガリエルの声は、どこか機械的で、感情のない囁きのようだった。
その言葉と共に、彼の足元に魔法陣が広がる。淡い光を纏ったそれは、見るからに尋常ではない構築の密度と精度を備えていた。
「転移魔法……!? ジウイ、下がって!」
ミルフィの叫びと同時に、彼女はジウイを強く突き飛ばす。
そして──
魔法陣が閃光を放ち、重力が一瞬狂ったかのように空間が歪む。
「ミルフィィッ!!」
ジウイの絶叫が響いた瞬間、ミルフィの身体がその光に呑まれた。転移魔法の強烈な引力が彼女を引きずり、空間の向こう側へと吸い込んでいく。
彼女の輪郭が白い光の奔流に飲み込まれる寸前、ジウイの視界に、こちらを振り返ったミルフィの顔が映った。ほんのわずかに、微笑んでいたように見えた。
──そして、光が収束した。
その瞬間、ガリエルの身体が大きくのけぞり、口と目から黒ずみと鮮血が噴き出す。そして糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
「ミルフィ……!」
ジウイの手は、何も掴めないまま空を切る。ミルフィの気配が、霧のように完全に消えていた。
しかし余韻に浸る暇はなかった。謁見の間の奥では、黒ずみに飲まれた使節団の残党がなお暴れ、カイルと騎士たちは敵を押し返すのに手一杯だった。
ジウイの叫びに、カイルが一瞬顔を上げたが、すぐに目の前の敵へと意識を戻す。
「くそっ、あとで聞くから……生き残れよ、ジウイ!」
ジウイは強く唇を噛みしめ、崩れた床の先に広がる光の残滓を睨んだ。
何があったのか。どこへ消えたのか。ミルフィを、取り戻さなければ──。
ジウイの胸に、燃えるような想いが芽生えていた。怒りとも悲しみともつかない、感情の塊が、彼女を内側から突き動かしていた。
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