2-14 長寿と繁栄を得るための練習
誤算があったとすれば、片方に手を出してしまうと、もう片方にもそうしなければならないので、時間が二倍掛かるということだ。
奴隷の購入はネルフィアが強く勧めてきたことだし、主人が喜んでいることに対しての『充足感』もある。
だとしても、完全に割り切れないのが人間というものだ。新人だけが可愛がられ、自分が放置されれば、それはもちろん彼女の中に鬱積するものがあっただろう。
しかもなまじ忠誠心が強いネルフィアなので、表面上はなんでもない振りでそれを受け入れるところだ。探心がなければその演技に騙される形で、甘えてしまっていたかもしれない。
正妻である彼女に対し、そのような真似ができるほど不義理ではないつもりである。よって時間が掛かってしまうのは仕方ない。ないのだ。
かなりの重役出勤で冒険者ギルドに行くと、めぼしい依頼は残っていなかった。元より期待はしていなかったが。
勇者してた頃は、どうせ依頼は受けられないと割り切っていたが、今となっては狩りに行くにしても、何かしら並行してできそうな依頼を受けた方が稼げるし、それが自然な振る舞いというものだろう。
冒険者となったからには、依頼の張り出しに間に合うよう、朝は急がねばならない。それを自覚しつつ、街の外へと歩みを進めた。
少しばかり歩いて畑を抜けると、適当な場所に着く。人も魔物も周囲には居らず、練習をするにはちょうどいいだろう。
「よし、まずはメルーミィがどの程度のことができるか、確認していこうと思う。」
「は、はいマスター。」
いきなりマジックユーザーを実戦投入するというのは、流石に怖い。
ネルフィアの時は武器が棍だったので、仮に攻撃を味方に誤爆されても、そこまで酷いことにはならなかったはずだ。
だがメルーミィの場合、用いられるのは結構な威力を伴う技能である。これでフレンドリーファイアされるとなると、ちょっと洒落にならない。
「使える技能は[氷弾]、[冷眠]、[寒波]だったな。一通り見せてくれるか。」
「かしこまりました。」
少し離れた手頃な岩を標的に見立て、技能を試射してもらう。
「まずは[氷弾]を……そうだな、なるべく曲げて当ててみてくれるか。」
「はい。」
重要なのはコントロールだ。前に立つ人間に当てないのは当然としても、その上で魔物には当てる必要もある。
その辺のことは、それなりに実戦経験を積んでいるメルーミィも理解している。
『杖の出力を考えると……これぐらいかな。』「[氷弾]。」
見事な曲線軌道を描き、岩に全ての礫が突き刺さる。装備の出力まで計算に入れて一度で命中させるとは、中々の業前であろう。
しかも威力を高めるため、礫の形状が氷柱のように尖ってもいる。これだけの威力と精度が出せるなら、相手にもよるが十分に実戦で使えるだろう。
「大したもんだな、頼りにできそうだ。」
「……恐れ入ります。」
素直に称賛を送り、続いて[冷眠]を見せてもらう。
三秒程度の集中の後、薄い靄のようなものが放たれ、ゆったり進んで岩に纏わりついた。まあこれで終わりだ。
名前で大体分かるが、この技能は相手を睡眠状態に陥らせる効果がある。
種類にもよるが、魔物と言えど夜は寝るし、自然発生以外にも番を作って数を増やしたりもするのだ。
ただし、相手が平常時でないと効果はほとんどないのだという。既に人間を発見し、戦闘状態になった魔物相手にはまず効かない。
攻撃を受ければ目を覚ますし、先手を確実に取るための技能と言えるだろう。相手次第では便利そうではある。
「よし、[寒波]はなるべく広範囲に向けて放ってみてくれ。」
「分かりました…………………………[寒波]。」
五秒程度集中し、手から放たれた冷気の波は放射状に広がり、岩やら草やら地面やらを霜だらけにしてしまった。
「これは凄いな。」
霜は五十メートルほど先まで広がり、効果範囲は圧倒的だ。ノイジービーなんかだったら一網打尽にできたに違いない。撃たれると回避するのも難しいだろう。
単体への威力そのものは[氷弾]に劣るが、凍って動きを鈍らせる副次効果もある。魔素の吸収を考えれば、とどめは直接攻撃の方がいいはずだし、これはかなり使える技能ではないか。
味方への誤爆がなければ。
「味方を巻き込まないようにどうやってたんだ?」
「そうですね……予め右か左か部隊全員が回避する方向を決めておいて、逆の方にだけ広げて放つ感じでしょうか。」
「まあそんなものか。……まだ他にもあるんだろう?」
『あれは言わない方がいいかな』などという後ろ向きな考えは、ひとまず捨ててもらおう。
「は、はい……一応、味方を避けるように隙間を作って放つこともできますが、これは当ててしまうことも多いですし、やらない方がいいかと……。」
「とりあえずそれも見せてくれ。」
命令を受け、右手の中指と薬指の間を広げるという、どこかの異星人のサインめいた手の形から放たれた[寒波]は、標的の岩を避けるように左右に分けて放たれた。
「このようになります。動かれると普通に味方にも当ててしまいますし、避けるには足を止めてもらう必要があります。それに隙間ができれば、それだけ魔物を巻き込む数も減るので、このやり方ではあまり役には立てませんでした。」
「なるほど。」
説明通りのデメリットはあるのだろう。だがこれは使い方次第ではないかという気もする。特に探心を使えば、メルーミィが[寒波]を撃つタイミングは分かるわけで、それで隙を最小限に抑えることもできるはずだ。
いずれはメルーミィの呼吸が分かった、などと言い出して使わせてみるのもありかもしれない。
彼女にはひとまず、冒険者を雇う形で魔物を狩っていた頃の経験を活かしてもらうとする。
「じゃあ事前に特に決めない限りは右に避けるから、左に撃ってくれ。ネルフィアもそれで頼む。」
「分かりました。」
「かしこまりました。」
盾を使って敵の攻撃を受ける関係上、敵は左側寄りになることが多いはずだ。
実際に[寒波]を受けたらどうなるか、体験することも考えたが、流石にそこまではしなくてもいいだろう。
「まあ間違って当ててしまったら、その時はその時だ。[治癒]もあるから大丈夫。」
「は、はあ……。」
正直気休めだが、考え過ぎても仕方あるまい。あとは実践あるのみだ。
カインが戦士でないことは既にバレているが、その辺のことは秘密にするよう命令してあるので、大丈夫なはずである。
奴隷婚をしてから、あらためてネルフィアにも同様の命令をしてあるぐらいだ。これは彼女の忠誠心を疑うわけではないし、むしろ彼女自身が望んだからそうしている。酒や薬など、口を軽くする方法は往々にしてあるのだ。
命令遵守の呪いは、そういったことを防ぐ効果も望める。利用しておいて損はないだろう。
「ぼちぼち昼だな、そろそろ昼飯にしよう。」
中天に輝く太陽を確認し、食事休憩を取ってから実戦に移ることにした。
ちなみにメルーミィに技能が三種しかないのは、氷術師は九回目の成長で技能の代わりに「集中しながらある程度行動できるようになる」という特性を得るためである。
技能の使用準備である集中時は、基本的に無防備だ。一度集中を終えれば、技能を使用できる状態を維持したまま、ある程度の行動は可能になるが、基本的にこの隙を消す方法はない。
それを覆し、集中しながら動き回ることが可能になるのだから、それなりに有用かと思いきや、一般の評価はそれほど高くなかったりする。
動き回れると言っても、所詮は氷術師である。身体能力の低さは折り紙付きだ。技能を撃ちながら殴れるわけでもないのだから、大した意味はないと思われがちであった。




