2-15 定期的に満たされるのが望ましい本能
節約の一環として保存食のスープを啜り、パンをかじる。昼食を摂りながらすることは、メルーミィの使える魔法についての確認だ。
「透明化は技能を使うと解けてしまうのか。」
「はい、賦活師の技能が掛かっていても使用できませんし、色々と難しいと思います。」
元魔導研究員であるため、高度な魔法を他者に伝えられるレベルで身に着けているメルーミィであるが、実戦に使うには制限があるものが多いようだ。
使える中で最も高度な透明化の魔法は、奇襲や逃走に有用だろうが、高度なだけあって精神力の消耗が激しい。あまり多用はできまい。
街中で使っているのが見つかると、それだけで捕まるので、使い道も限られるだろう。
他にも静音魔法なんかは、移動すると解けてしまうらしい。テントの機能として使えるのは、設置して動かさないからこそなのである。
その他の使える魔法の用途は後で考えるとして、食事の後で消臭魔法を全員に掛けてもらうことにした。
部隊の人数が増えれば、[加速]などはそれだけ使用回数が増える。簡単な魔法はネルフィアにも伝えさせるが、負担の分散を考えれば、魔法の担当はメルーミィに任せるのが合理的だ。
最後にフォーメーションについて打ち合わせた。
「おおまかな形としては、指示がなければメルーミィは最後尾から[氷弾]。最優先は自分に向かってくる敵で、そういうのがいないなら、左の方から狙ってみてくれ。」
「かしこまりました。」
「攻撃の必要ない時や、[寒波]が必要な時は指示する。それと急いで技能を連発して無駄に消耗しないよう、間隔はちゃんと取るようにな。」
間違っても前に出てはいけないが、カバーできないほど離れ過ぎてもいけない、などの心得は身に付けているようだが、その辺も一応言い含めておいた。
「ネルフィアは俺の援護か、メルーミィの護衛か、状況に応じて判断して動いてくれ。何時も通り、背後の警戒もな。」
「分かりました、ご主人様。」
その程度の判断を任せられるぐらいには、ネルフィアのことは信頼している。彼女なら自分の役割を理解し、適切に立ち回ってくれるだろう。
当のカインの役割と言えば、今まで通り前に立って殴り合うことであろうから、特に悩む必要もない。能力的に考えても、これがベターかつベストな布陣のはずだ。
「……よし、行くぞ。」
昼休憩を終え、なるべく近くの魔物の反応を探ってから歩き出す。奇しくもそれは、旅に出て初めて戦ったのと同じ相手であった。
「大した魔素じゃないだろうが、[氷弾]は俺が接敵してから撃ってくれ。」
メルーミィに指示を出し、ノットドッグに向けて駆け出す。二匹という点まで最初の時と同じだ。
違うのは魔物の毛色と、重ねた成長。必要最小限の動きで銅の剣を振ると、的確にその毛皮と肉を裂いた。
「おっ。」
苦もなく一匹を仕留め、少し離れたもう一匹に向き直ったその時、横合いから[氷弾]が突き刺さり、犬もどきは揃って消えていった。完勝である。
もちろん[氷弾]なしでも余裕を持って二匹を仕留められたであろうが、メルーミィが指示通りに動けるかを確かめたかったのだ。
タイミングなどには問題はないし、[氷弾]に至っては軌道が直線でなく、左から回り込むように曲げることで、カインには当たらないようにする気遣いも見せた。結果は上々と言えよう。
「よし、ちゃんとやれてたな、偉いぞ。」
「私めなどにもったいないお言葉です。恐れ入ります。」
結晶を回収して褒めると、相変わらず丁寧に謙遜されてしまった。
義務教育のある現代日本でさえ、言われたことも満足にできない人間がいるのに、一般向けの学校すらまともにないこの世界の教育レベルで、細かい指示をちゃんと踏まえ、それを上回る仕事ができるのは、割と凄いことに思えるのだが。
(あれよか遥かにマシだな。)
コンビニのバイトに応募してきて半日と持たずに辞めていった、ウェイ系な大学生のことを思い出してしまった。
嫌な記憶を振り払いつつ、散発的な狩りを続ける。
メルーミィが加わった利点は、今まで避けてきた多数の魔物の群れを、狙えるようになったことだろう。
数的優位が、戦闘において最も重要な要素のひとつであることは、今更言うまでもない。それを覆し得る範囲攻撃技能の獲得は、部隊としての戦術に大きな転換をもたらしていた。
犬もどき六匹の群れに接近すると、それに気付いた魔物たちも距離を詰めてくる。流石にこの数に纏わりつかれると、無傷でいるのは難しい。
右に引きつけるように動いて射線を通すと、[寒波]が四匹を巻き込んで通過した。予め指示した通りだ。
[寒波]だけでも犬もどきを葬るには十分で、四匹が消えていく間に一匹を軽く切り伏せ、残る一匹はネルフィアが抑えてくれていた。
「よし、そのまま倒してみてくれ。」
「はい!」
せっかくだからそのまま任せ、剣を左右に振ってメルーミィに攻撃不要の合図を送る。指示が伝わったことは、感情の動きだけでもなんとなく分かった。
犬もどきは棒で何度か叩かれ、無事消滅。ちょっとした動物虐待的な絵面感はあるが、これがこの世界で冒険者として生きることなのだ。諸行無常。
二人を褒めながら次の獲物に向かう。特定の魔物の発生地まで行った方が効率は良いが、そうでなくとも探心の範囲の広さは、獲物を探す上で非常に役立つ。
(……ちょっと楽しくなってきたな。)
平和な国に生まれ、争い事と無関係に暮らしていた自分のような人間の中にも、闘争本能とそれを満たす喜びがあることは、カイン自身にとってもやや意外であった。
だが、これを生業として選んで続けられるのは、根本のところで楽しいからではないか。
まあそれも安全だと思えればこそだ。絶叫マシンに乗るのは楽しめても、紐無しバンジーは楽しめまい。
そうして最大でも脅威度四程度の魔物を狩り、ほどほどに楽しんで引き上げた。
四級冒険者となったことで、結界税が多少安くなるのもありがたい。奴隷は三人までなら税率が主人に準ずるのは、部隊としての活動のためらしい。
そのままギルドで結晶と素材を換金。
「まあ悪くない稼ぎだな。」
塵も積もればそれなりに山となる。十日分の生活費にはなっただろうか。
それに結晶の価値は、下手な小国の通貨より安定しがちだ。果たして命の危険に見合うかは、人それぞれだと思うが。
風呂を済ませ、宿の食堂で夕食。多少なりとも稼げたこともあって、注文は肉が多めになる。ちょっとした気掛かりを思い出したのは注文の後だ。
「そういや大丈夫だったか?」
「はい、私めにはもったいないぐらいのお食事です。」
「あー……森人族だけど肉はいけるのかって話だ。」
「そういうことでしたら、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
肉食をさほど好まず、菜食主義であることが珍しくないのが森人族だ。だがメルーミィに至っては問題ないようである。香辛料の効いた肉を普通に頬張っているし、ネガティブな感情も拾えない。
むしろ久々にそれなりの距離を歩き回ったこともあって、その食欲は旺盛ですらある。
或いはこの恵体を育んだ要因は、肉食に対する抵抗のなさかもしれなかった。
狩りと食事という一日の楽しみを終えれば、また別の楽しみが待っている。
まずネルフィアをこの上なく心地良い疲労感で満たしてから、順番にメルーミィを抱き寄せた。
「……本当に毎日なされるのですね。」
「嫌か?」
「い、いえ……その、お願いします。」
ネルフィアより主人の好色振りは聞かされていたが、既に妻がいるのだから『自分の出番はきっと少ない』などと思っていたメルーミィの認識は、甘いと言わざるを得ない。
その甘さを、身体の芯から存分に叩き直すとしよう。出番はほぼ毎日あり、それだけの価値が彼女にあるのだということを、念入りに行動で教え込む。
こういった教育も主人の務めなのだ。




