新生飼育部1
ほとんど、矢来を中心にして物語が進行していきます。草加と矢来、一体、主人公は、どっちなんだという感じです
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最終下校時刻が過ぎ、グラウンドの運動部員が、一通りはけたところを見計らって屋上から降りた。何事も起きなかった。僕は、思い違いをしているのかもしれない。あの猿が、必ずしも人間を襲うとは限らないのではないのか。すでに日が落ち、化け物が、山を降りたとしても暗くて何も見えない。
僕は、東棟の部室に行く前に購買部へ寄った。昼に食べ損ねたパンを屋上で見つけたものの、それは、すべて平らげた。腹が減ってたまらなかった。しかし、購買のシャッターはもう閉まっていた。予め、買っておけばよかった。部室の冷蔵庫になにかあるだろうか。
部室には、最低限の日用品があった。制服を着替えるために、戸棚を開けた時にもいろいろあることは見て取れたけれど、流しの戸棚には、歯ブラシや髭剃り、シャンプーや醤油、みりんなんてものもあった。
四枝さんは、もしや学校で暮らしているんじゃないか?だが、ここには生活感は、微塵もない。僕がさっき傷の手当てをした後のゴミくずがあるだけだ。
四枝さんは、自分が鏡の部屋を出るとマスターキーは、落ちていってしまうと言った。それならば、鏡の部屋にいる間、彼は、食事などをどうしているのかという疑問が出てきた。それにいくらなんでも用を足すことを避ける手立てはない。
そういえば、矢来に旧校舎で監禁されていた時だってそうだ。うーん。
冷蔵庫の中を覗いた。保冷剤が、二個とマーガリンがあった。食べられるようなものはなにもない。グラスに水をくみ、座ってドッグフードをかじった。先生に見つかれば、帰らされるだろうから、もっと夜が更けてから、買出しに行くことにした。明りを点けるのもよくないと思った。
僕は、家に電話した。母が電話に出た。
「なにやってんの?早く帰ってきなさい」
面倒だ。僕が家に帰らないのは、首の傷について、嘘の説明をしたくないということもあった。
「今日は、先輩のところに泊まるよ」
「そんな迷惑でしょ」
「迷惑じゃない。部活だよ」
「先輩って誰?」
「四枝さん。雷に打たれたとき、病院につれてってくれた人」
「部活って何?そんなのに入ったなんて聞いてないわ」
「飼育部。そろそろ切る。電話させてもらってるんだから」
「飼育?なに?もう…心配してるのよ。あんたこの頃変だし。大丈夫なの?その四枝って人」
「命の恩人だよ。それ以上のことが、あるもんか」
「本当にそうなの?つけこまれてるんじゃないの?飼育部ってなに?」
「とにかく、今日は家に帰らない。切るよ」
「待ちなさい。飼育部ってなによ?」
受話器を置いた。つけこまれているという点は、半分、当たっていた。でも、今、僕は自分の意思でここにいる。だから、知らないからといって四枝さんのことを悪くいうのは、いくら親でもよくない。母さんと話して、さっきより二割り増しくらいの疲労感が、のしかかってきた。
飼育部ってなによ、だって?僕が知るもんか。
ドッグフードを口に入れ、バリバリかみ砕いた。
上着を脱ぎ捨て、パイプ椅子に踏ん反りかえった。疲れすぎていて、何も考えられない。口の中にドッグフードがまだ残っている。だけど、飲み込むこともままならず、まぶたが重くなってきて、眠りに落ちた。
頬に何かぶつかった。それが、二回続いて飛び起きた!手をつくところがなかったので、眠っていた場所から転げ落ちてしまった。どうやら、昨日のうちに、知らずと椅子から長机の上に寝床を変えたらしい。
僕は、ぶつけた肩をさすって、リコさんを寝惚け眼で見た。身体のいたるところが、寝違えたみたいに背中が張っていた。布団もないようなところで眠ったからだ。カーテンから光から差していた。朝だ。
「もうー大丈夫?」
「リコさん?」
「そんなところで寝てるからよ」
「どうしてここに?」
リコさんは、僕が昨日寝る前に食べていたドッグフードの箱を持ち上げて振った。
「餌やんなくちゃ」
「いま何時です?」
頭がぼんやりして、霞がかかったようだった。
「八時」
指折り数える。
「うお…十二時間以上眠った」
「ここに泊まったの?顔でも洗ったら?」
僕は、流し台に立って、水を顔に引っ掛けた。
「化け物を逃がしちゃったじゃないですか。だから…一応、なんとかしようと思って」
「それだけ寝てて、よく言うわ」
う…言い返せない。
リコさんが、餌の箱を持って部室を出て行った。濡れた顔をして彼女についていった。
「待ってくださいよ」
リコさんが、犬小屋の皿に餌をあけた。
「今日は、どうしますか?矢来のところにいくんですか?」
「うん」
「昨日の騒ぎで、なんだか、うやむやになったんで、もういいんじゃないかって思うんですけど」
「放っておいても矢来の方からやってくるわ」
「そうだ。四枝さんが部屋から出てくるまであと一日だと、昨日、言っていました。でも、リコさんを呼んで矢来はなにをしようっていうんでしょう?あいつは、力の使い方を教えるみたいなことを…」
「ねえ」
「はい?」
「いっしょについてきてくれる?」
「矢来のところにですか?」
「そう」
なんだろう?経験したことのない雰囲気だ。こそばゆい。
「も、もちろんですよ。水臭いなあ。そんなこと確認しないでもついていきますよ。だって、今日、絶対矢来からマスターキーを奪い返さないといけないんですから。猶予は、ありません。山にいる化け物は、ほったらかしになっちゃいますけど…マスターキーを取り戻さないと、同じことです」
リコさんの様子がさっきと違うので、早口に説明がましく言った。僕は、なにに言い訳している?じんわり変な汗がでてくる。
「うん、ありがと」
リコさんのその言い方で、胸が締め付けられるような思いをした。リコさんは、俺と話をしている間、ずっと犬の背中を撫でていた。
部室に戻って歯を磨いた。昨日、血を流しすぎたせいか腹が減って死にそうだ。僕は、リコさんに買い物に行って来るといって学校の外に出た。
登校してくる学生と逆の方向へ進むのは、違和感があった。少し恥ずかしく思ったが、自分が意識しているだけで、他の生徒は、気にもとめていないようだ。誰も僕なんて見ていない。
学校から程近いコンビニエンスストアで、いろんな種類のパンを買った。
部室に帰る前に、旧校舎へ行った。正面も裏口も鍵が、壊れたままだ。旧校舎は、四枝さんのほかに管理する人は、いないんだろうか。鏡の部屋の前に立ち、いつものように鉄の扉を叩いた。
「四枝さん、朝ごはん買ってきましたよ。どんなのがいいかわからないから、パンを適当に置いていきます。あと、飲み物も。聞いてます?」
扉のノブを押してみたが、錠にさえぎられる。なかで死んでいるってことはないよな?
「今日、マスターキーを取り返しますよ。もし矢来から逃げることができたら、明日、例の方法で部室に電話します」
向こう側の扉に何か当たった音がして、僕は、驚いて扉から離れた。四枝さんの返事はそれだけだった。
矢来は、決まって昼休みに屋上へやってくる。僕は、それまでリコさんと部室で過ごした。授業は、ふけた。先生の話に耳を傾けている場合ではなかった。
大量に買ったパンをリコさんと分け合って食べた。僕は、アンパンが五つ、一つの袋に入ったものとその他の菓子パン、惣菜パンをあわせ、12個、腹に入れた。一時間目が始まるチャイムがなった時には、腹がいっぱいになって、二度とパンなど食べるものかと思った。
リコさんは、時間をかけてクロワッサンをかじっていた。
僕は、首がむずがゆくなって、包帯を取った。首筋には、傷口の形にカサブタが盛り上がっていた。三センチ以上の深い切り傷が縫ってもいないのに、ふさがっている。そこに包帯を巻くのはやめにして、絆創膏だけ貼り付けた。これで家に帰っても大袈裟なことにはならないだろう。
リコさんは、かじりかけのパンを置いて、聞いてきた。
「痛くない?」
「ぜんぜん。噛まれた時は、さすがに痛かったけど、歩けないほどじゃなかったです」
「あなたの力が、強まってきているってことかな」
「あんまりピンとこないですね。これが力っていわれても。痛いのは痛いですし」
「あたしのよりかは、ずっとまともよ。雨の日や曇りの日、いつ落ちてくるかわからない雷、怖くて一人で外にいなくちゃいけないんだから」
「昨日は、結構、狙って落とせてましたよ」
「失敗しちゃったから、あなたがそんなことに」
「練習すればきっとできるようになりますよ。たぶん」
「無責任なこと言わないでよ…」
僕は、リコさんを励ましたかったのだが、逆効果だったようだ。リコさんは、またパンをちびちびかじり始めた。
リスみたいだな。世界でたった一匹の赤間リス。特別天然記念物指定。
僕は、ロッカーを閉めて、絆創膏をなでながら、本棚へいった。重そうな鉄製の本棚には、ぎっしり本が詰まっていた。数冊の卒業アルバムや教科書、街の住宅地図、電話帳があった。部に特別関係なさそうな動物ないし昆虫図鑑、絵本、文庫本、漫画もあった。漫画は、どれもピンク色のカバーがかかった少女漫画の単行本ばかりだった。四枝さんの私物だろうか。
続けて、指で並んだ背表紙をなぞっていくと気になる表題に手を止めて、その本を引き出した。表紙には、スーパーヒーロー大解説とあった。
仮面を被り、全身タイツ着たヒーローたちがところせましと、決めポーズを取っている。かなり年季の入った本で、角も表紙もはげて、黄ばみ、ボロボロになっていた。裏表紙を見て、十数年前に出版された本であることが、わかった。僕は、それを机に持っていって開けた。
僕も、知っているお馴染みのヒーローと怪人との格闘ショットを撮ったカラーページを次から次へとめくっていく。本のページが、後半になると、印刷がカラーから、白黒印刷に変わった。僕の目当てのヒーローは、まだ見つからない。
部室にこれがあるということは、これが、矢来の持ち物である可能性は高いと思った。後半、白黒印刷された写真のヒーローは、どれもカラーにあった人気のヒーローに倒されてしまう怪人にように見えた。おどろおろどしい不恰好な形のコスチュームを振り乱して、ポーズを取っている。印象の暗さは、質の悪い紙の印刷のせいだろう。
「あった」
―宇宙武者カミカゼ
『マッハ1,5、おんそくでとびまわる、むてきのおさむらい!』とある。
カミカゼは、正義のヒーローというより、見た目は、鬼そのものだった。般若のお面にサングラスをかけたようなマスクをしていて、上半身に西洋の甲冑風の胸当てをあしらっている。足は、大工みたいにニッカポッカと地下足袋だ。卍のベルトの形は矢来のしていたものとそっくり。一つだけ違うのは、ベルトには、刀の鞘が下がっていたところだ。
宇宙武者カミカゼ誕生の経緯が、掻い摘んで書かれてあるので、読んでみた。
生まれた星から無実の罪で追われ、地球まで逃げてきた宇宙人が、地球人になりすまし、平穏な生活を送っていたが、ある事件で自分が。宇宙人であることが地球人に知れ渡ってしまい、しかも、そのせいで地球に、はびこる悪の組織と戦わなければならなくなった。その宇宙人こそが、カミカゼである。
さらに詳しい解説によると、彼は、日本の文化で言うところの武士道を重んじ、倒した敵は、どんなに残酷な悪党でもハナムケの一句を読んで弔いをする。解説の文章は、「カミカゼは、宇宙規模からいっても粋なヒーローナンバーワンだ!」と締めくくられていた。
宇宙人が、俳句を読むなんておかしいな。忍者や侍が好きな、日本かぶれの外国人のようなものだろうか。だけど、読み出したら止まらない。ふむ。必殺技を出すには、彼の星の言葉による呪文がいるそうで、なになに…
「エヌニ・オクス・ア・カーデ…ネヘリ・メタ・クハナ・オクス…」
うつむいて、なにやら考え事をしていたリコさんが、僕を見ていた。
「なに読んでんの?」
「特撮ヒーローの本ですよ」
「そんなの好きなの?」
「ええ、まあ、人並みに」
「ふーん。パン、もうない?」
「ないです。じゃなくてですね。これ、リコさん、見ませんでした?矢来がしていたベルト」
リコさんに見えやすいように本を立てて、写真に映ったカミカゼのベルトを指し示した。
「してたような…」
「ほら、これといっしょですよ。このマンジ」
「だからなに?」
「これで、矢来と話が合わせられるでしょ。ベルトのこと聞いたら、知らなくて馬鹿にされましたもん」
僕を見つめたリコさんの目がすわっていった。
「あんた、矢来と本気で遊びにいくつもり?こっちが作戦考えてるときにのんきな」
「あ、そうだったんですか」
僕からスーパーヒーロー大解説を取り上げて、カミカゼの写真に目を通すリコさん。
「そうよ。ヒーローってこれ?鬼じゃない。鬼や悪魔なんてあいつにはぴったりだけど、あたしたちには桃太郎もキビ団子もないのよ?」
「犬ならいますよ」
「ジョーダン言っている場合じゃないの!」
先に桃太郎の話をしてきたのはリコさんなのに、なぜ怒るかな。
リコさんは、次ぎのページをめくった。文句をいったわりには、熱心に読んでいる。
「リコさん?」
無言で本をつき返してきた。僕は受け取って開いたページを見た。このカミカゼの項だったが、一ページ中の四分の一ほどの大きさのカミカゼが決めポーズを取っている写真があって、漫画のようなイガイガの吹き出しが添えられ、そこにカミカゼの戦いの技を解説する記事に覆いかぶさるようにして、こういう台詞が、でかでかと入れられていた。
『復讐するは、我にあり!』
僕は、本をそっと机へ置いた。台詞の意味はわからない。何を伝えたいのか、意味不明だ。わからないが、そのフキダシは、印刷ではなく、血文字で書き足されていたのだ。ページには、ところどころに黒くなって乾いた血痕があった。本を閉じても、嫌な気持ちを引きずってくる。これは十中八九、矢来が書いたものに間違いない。矢来以外に誰がいる?
リコさんも、僕も作戦どころではなく、怖気づいてしまった。彼女も言わずもがな、矢来が記入したものだと察しがついていたようだった。
それを本棚に返して、流し台で水を飲む。
「見るんじゃなかったですね…」
「バカ」
彼女は机に伏して言った。僕も自分を責めた。
午前の授業、最後のチャイムが鳴った。僕たちは何の考えもなしに矢来に立ち向かわなければならなかった。
屋上には、すでに昼食を取っている生徒たちの姿が見られた。空は、晴渡って、ゆるやかな風が吹いている。矢来は、まだ来ていない。僕たちは、いつも矢来が腰を下ろしている角のところで待った。五分経っても、十分経ってもやつは現れなかった。
「いつもここにいるんですよ」
リコさんが苛立たしそうにフェンスをつかんだ。周りの生徒の様子を観察して、昼休みの半分以上が過ぎた。リコさんは、携帯電話の時計を見て言った。
「すっぽかされたわね」
屋上の入り口が開いた。矢来だ。意外なことにやつは、女子生徒を連れて、僕たちがいるほうへ歩いてくる。
「誰よ?あれ」
僕はその子を知っていた。水上湯々だ。リコさんに説明する前に矢来が僕たちへ声を掛けた。
「おう。草加くんも来てたのかい。さっき、ユーユーと教室までいったんだぜ」
水上さんの手前、僕は、この突拍子もない行動にいきなり怒り出すわけにもいかなかった。
「だから、誰?」
「水上さんです。四枝さんが、旧校舎に閉じ込められた時、アンケートを矢来に取られたって言ってましたよね」
「うん」
「そのアンケート用紙を書いた人ですよ」
それを言い終わらないうちに水上さんが挨拶をしてくる。
「こんにちは」
僕はどもりながら辛うじて挨拶を返した。リコさんにもお辞儀して挨拶する。リコさんは、水上さんの陽気さにしりごみした。
矢来は、ニヤニヤして僕たちを見ていた。僕は、矢来に近寄って声を落として言った。
「これは、どういうんです?」
「昨日、怒ってたからお詫びの印だよ。粋な計らいだろ?」
矢来の肩に手を回し、彼女たちから離れる。
「どこが」
僕は、矢来の肩に乗せた拳の中のパラライザーのスイッチを入れ、やつの首筋を狙った。が、瞬時にして、小さな身長からは想像が付かないほど大きくて皮のぶ厚い矢来の手に僕の手首が、つかまれた。
うまく息ができなくなって、腕に力も入らなくなった。パラライザーを手から落としてしまった。
「お前は、俺を相手にできるレベルじゃないんだよな。まだまだしっかり俺の話を聞くべきだ。宝の持ち腐れになるぜ。四枝をぶっ倒した後、お前のマスターキーは、返してやるからよ」
矢来が、僕の背中をぽんと叩くと、息がしやすくなった。そして、やつは、パラライザーを拾って、僕の制服の胸ポケットに差した。やつの余裕に萎縮した。やっぱり、こいつに敵わない。ただの頭のおかしな男、それだけのやつじゃないんだ。
「ほら、そんな戦々恐々してたら、あの子が、仲間に入りづらい」
「どうして、水上さんを連れてきたんですか?」
「お前さ。日曜日、彼女に会ったろ。あれは、偶然なんかじゃないぞ。力を持っているもの同士は、互いに引き合うもんだ。例えお前が、どんなにユーユーを遠ざけたって、向こうのほうからやってくる。好む好まないに関わらず。俺もリコちゃんもそうだ。切っても切れない絆で結ばれているのさ」
やつは、上着の上からマスターキーのあるところを叩いて見せた。
「お前のぬるい正義感のせいでユーユーを一人にするのか?受け入れるしかないんだよ」
力を持っているもの同士ってなんだ?水上さんは、力なんか持っていない。鏡の部屋に入っていないはずだ。僕は、そう思っていた。
「よし、みんな聞いてくれ」
矢来は、僕から離れてリコさんたちに向き直った。
「飼育部は、これから、この四人で活動する。キャプテンは、この矢来だ。俺たちはこの学校でたった四人の選ばれた存在だ。今は、学校で不当な扱いを受けているから、なぜ自分が、ここにいるのか、わからないやつもいるだろう。けれど、お前らは、尊敬に値する力を持っている。ヒーローだって名乗ってもいい資格がある。そして、俺たちは、仲間だ。一人じゃない。力を持った人間が、四人もいるんだ。こんなに愉快なことはないよな?全員で強くなれるように頑張って、つまんねー世の中を変えてやろう」
昨日の調子で語り出す矢来。僕とリコさんは、黙った。矢来は、四枝さんを仲間外れにして、新たに飼育部を始めるようだった。やつが、力を私利私欲で使うことには変わりないと思うが、僕たちに仲間意識を持ったりして、どういうつもりなんだろう。
「あいさつは終わりだ。自己紹介でもするかい?」
「水上湯々です。小さいとき、家に猫がいました。よろしくおねがいします」
彼女が、鏡の部屋に入ったか、確かめなければ…鏡に映らないということは、同時に力を持っているということになる。
「水上さん、もしかして、鏡に映らないの?」
「え?あの、はい。映りません」
「いつから?」
「二週間くらい前からです。でも、矢来さんが、どうすればいいか、教えてくれて。みなさんもそうなんですよね?」
「鏡に映るとか、映らないとか、そんなのは、鼻くそみたいなもんさ。問題は、ユーユーにどういう力が宿っているか、時間が経ってみないとわからないってことだよな。そこで」
予鈴が鳴って、昼休みの終わりを告げる。だが、矢来は、話を止めない。
「俺たちの出番ってわけだ。俺たちの力を使って、彼女の力の発生を速めてやるんだ」
「そんなことして、なんになるっていうのよ。馬鹿じゃない!?あたしたちに構わないでよ!!」
リコさんは、そんな矢来にヒステリー気味になって、叫んだ。
「馬鹿なもんか。草加くんだって、リコちゃんの稲妻を浴びたから、どういう力か、わかってきたじゃんか。力は、力に共鳴して引き出されるつうんだよ。俺たちが、友情を深めて強くなれる。なんともわかりやすい方程式よ」
頭を抱えるリコさん。屋上にいた他の生徒が、出入り口へ消えていく。
「矢来さん、昼休みは終わりです。僕たちは授業に出ます。行こう水上さん」
僕は、胸のパラライザーを見た。無理だ。僕には、矢来を止めることなんてできない。僕たちも出入り口に歩いていく。
「待てよ。昨日の約束は守ってもらうぞ」
それを聞いてリコさんは立ち止まった。水上さんは、どうすべきか、迷っておろおろしている。
「山小屋をぶっ壊したリコちゃんには、力の素晴らしさがすこしは理解できていると思ったけどな。いいさ。ユーユーのためにも、俺たちが授業なんか出なくてもいい、その証明くらいしてやるさ」
矢来を先頭にして、屋上への階段を僕たちは下りていく。
「どこへいくつもりですか?」
「ユーユーのクラスだよ」
「なぜ?」
「飼育部員が、完全に自由行動できるか否かを見せんだよ」
「あの…」
水上さんが困った顔をして、僕たちの様子をうかがっている。
「水上さんは、部に入るって決まったわけじゃないでしょ!」
「まだ、そんなこといってんのか?じれってえ」
三階の一年の教室の廊下に立った。矢来は、どんどん歩いていく。僕は、跡を行くしかない。リコさんは、僕たちが心配なようでついてくる。水上さんのクラスは、僕のクラスの隣の隣だ。彼女は、まだ何も知らないんだ。僕は、自分のクラスを通り過ぎ、思いつきで言った。
「どうせなら、僕のクラスでやってくださいよ!」
くそ。なるようになれだ。
「別にどこでもいいぞ。みんな入れ。つまらんショーは、すぐ終わる」
四人で僕の教室に入った。一番後ろの僕の席に寄り集まる。矢来は、ポケットを手に突っ込んで僕の机の上に座った。足をぷらぷらさせて先生がくるのを待っている。やつは上履きを履いていない。外履きのスニーカーのままだった。
隣の席のサッカー部のトシが、あくびをする矢来を見て、次ぎの僕の後ろにいる水上さんと掃除用具入れのほうを向いて突っ立っているリコさんを見てから、僕に耳打ちした。
「おい、授業始まるぞ」
僕は、何も答えなかった。クラスの生徒のほとんどが、後ろを振り向いて、僕たちの行動を奇異の目で見ている。衆人環視の中、矢来は、小指で鼻をほじっていた。
本鈴と同時に現代社会の先生が教卓についた。さっそく僕たちに気づいて注意を促す。
「なんだ?席に着け。出席取るぞ」
教室の席は、すべて生徒で埋まっている。
「せんせー、本日、我々飼育部一同は、新入部員草加正の授業参観にやってまいりましたあー」
矢来は間の抜けた敬語を使って声を天井高く響かせた。が、先生は、聞こえなかったかのように名前を読み上げて出席簿にチェックを入れていく。クラスメイトたちも名前を呼ばれて返事をした。
僕は、先生が怯えた目線を僕たち飼育部に向けたことを見逃さなかった。先生が、出席を取り終えると矢来は、続けた。
「せんせー、我々、飼育部一同は、草加正が属する一年四組の授業を飼育部の問題として取り上げ、それを参観し終えー、そして飼育部新入部員でもある草加正が本日、または明日以降の授業が飼育部活動よりも優先される必要を認められなかったと判断しましたあー」
本鈴が鳴って、三分経っていない。授業は、始まってもいなかった。
「草加くん窓開けろ」
「どうしてですか?」
「いいから」
「いやだ…お願いだから、みんなの前で空を飛ぶのはやめてください…」
僕は、必死で頼んだ。
「違うってば」
矢来は、自分で窓を開けた。
「不必要の儀式をとり行いますー」
矢来は僕の机を持ち上げて、窓から投げ捨てた。どさっと地面に落ちた音がここまで響いてくる。そして、椅子も下へ放った。
「そーれ!以上!!」
「あれ、教科書入ってるんですよ…」
「ついででよかっただろ。ほんじゃ、行くか。失礼しましたー」
リコさんは、水上さんの背を押して、いそいそと教室を出、僕たちも後に続いた。こんな状況で留まっていられない。教室にいるみんなが、みんな退場していく僕たちを眺めていた。
廊下に出たが、先生は、注意をするふうもない。矢来は、両手を広げて言った。
「な?」
「もう学校にいけない」、僕は、血の気が引いた。
「俺たちがいるじゃないか。おまけにかわいい子が二人も」
水上さんとリコさんに腕を差し向ける。
「なにが、気に食わないんだ?あの教師、俺たちが飼育部員だと名乗っただけであのビビリよう。見たかよ。俺たちゃさ、ここにいないほうが、都合がいい。そういうこった。なんなら、ユーユーのクラスでもやってやろうか」
「やめて!」、リコさんが叫んだ。
「ま、さっきと同じだろうけどよ」
僕たちが、話し合っていると、戸の隙間から、ささやき声がした。先生では、ない。隣の席のトシがこっそり這い出してきていた。
「草加、草加。俺も俺も。つれてってくれ」
僕は、耳を疑った。こいつ馬鹿か。教室で一体何を見ていたんだ。
「そんなこと…できるわけないだろ…」、僕はこの大馬鹿を諭そうとしたかったが、次ぎの言葉が出なかった。なにしろ、ここ数週間、僕の経験したことと言えば、途方もないホラ話にしか聞こえないだろうことばかりだからだ。
「普通に…普通に授業うけてよ」
「つまんねーやつだな。先生みたいなこと言っちゃって」
トシは、矢来にむかって言った。
「ね、つれてってよ。飼育部に入ってもいいよ」
「目障りだ。消えろゴミ虫が」
矢来は、まるで表情を持たなかった。僕と接する時とは、あまりにも違う態度だ。
「んだと!このチビ!もういっぺんいってみろ!」
トシが、矢来に飛びかかっていくところを僕はすんでのところで捕まえた。
「駄目だ…この人は駄目なんだ」
「ゴミ虫が、本当のことを言ってやると、これだよ。飼育部に入るだ?身のほど知れよノータリンのゴミ虫。お前は、ゴミ虫の何者でもないんだよ。俺たちと同じ空気を吸えることすら、おこがましい」
面白がってどんどん挑発にかける。
「矢来さん!」
トシが、僕の手から逃れようと肩に拳を振り下ろしてくる。
「離してやれよ。その方が、むこうもスカッとするんじゃねー?」
「あなたがそうしたいだけでしょう!」
僕は、トシを壁に押し付けて、言った。
「落ち…着け」
もがき疲れてトシは動くことをやめた。
「戻って」
息を粗くしている彼の腕を引っ張って、教室に押し込める。矢来は、鼻で笑った。
「草加くんよお。俺って、そんな安いやつに見えるか?虫ケラ一匹に力なんか使わない。核兵器でお庭の害虫駆除をするようなもんさ」
悪びれたふうもない。
「そうですか…それは、よかったですよ。ほんと」
殴られた肩が痛かった。これで友達を失ったかもしれない。




