73 さあ、戦争の始まりだ。
木屋町を舞台に、京介一派とやくざとの抗争が静かに、静かに始まっていった。
なぜ静かにか。問題を起こしたものは、眠らされて隠蔽をかけられ、人知れず一つのビルに集められているからだ。
そしてそこで、万眼鏡と印籠スマホによって、詳細な犯罪履歴を調べ、その調書とともに毎朝、中京警察署の前に捕縛された状態で、首から罪状を書いた書類をぶら下げて放置しておいた。意識を失っていることもあり、警察が保護するが、身元確認のために所持品を検査し、その際、罪状の書かれた調書を発見すると、ほとんどのものがそのまま留置場に直行し、罪状によっては逮捕、起訴されることとなった。その調書に書かれている住まいに家宅捜索をかけると証拠品が山ほど出てくることになる。日本人系、在日系、同和系。それぞれに大量な逮捕者を出すこととなった。
その調書の右下には必ず『丸いまねき猫』のプリントが入っており、その噂は自然に広がっていった。
俺は基本、昼間は姿を見せない。
しかし、昼は昼で学生を対象にした犯罪の温床にもなっているので、これを駆除していくこととなる。いや、最近の学生ってかなり悪いことしてるね。
その日からしばらく、俺が木屋町の店をいろいろと出歩く姿があった。
うん。俺は今回の一連の流れの中で、一番張り切っていたと思う。
風俗やキャバクラの内部視察。……。お三方。いちいち立体ビジョンで出てきて、俺をさげすむような目で見るのはやめてくれないかな。心外だな。僕は決して邪な気持ちで行くんじゃないんだ。仕方なく内情調査に行くだけなんだ。
「すでにそれらの店を含めて、ほとんどの店に眷属やあやかしの血を引く者たちが潜入し、報告を上げてきております。今更潜入調査は必要ございません。」
…だ、だけどだな。それが万が一間違ってるかもしれないじゃないか。
ぼ…僕が実際に体験して客の立場から報告を上げ…「必要ございません。すでに客としても潜入調査済みです。それとマスター、一人称が『僕』になってますが、何か動揺されているのでしょうか?」…て。
……俺は万策尽きたことを悟った。
いいじゃないか。俺だって遊びに行きたいんだ。
……また瑞月ちゃんのところに愚痴こぼしに行くか…。
俺はとぼとぼと瑞月ちゃんの店に向かった。
へべれけに飲んで転移で帰った翌朝、とんでもない量の書類が俺の机の上で揺れていた。
「こ…これ何?」
「昨日京介様が必要とされていた、各お店の報告書です。一度目を通していただき、対処についてご検討ください。ちなみにこちらで優良なお店と判断したものは、その報告書には記載しておりません。すべて違法、もしくは何らかの問題があるお店の報告書です。」
え、こんなにあるの?まともに営業しているところの方が少ないんじゃない?これじゃ客も離れていくわな。仕方ない。対処方法を考えよう。
それから丸3日がかりで、全ての報告書に目を通し、対処を指示した。
大概のところはその違法の証拠を記録し、対象者を警察前に報告書と一緒に転がしておくこととした。中京警察署だけで対処できないだろうな。でも、犯罪撲滅のために頑張ってもらおう。目指せ!健全な木屋町!
俺は決して風俗やキャバクラの視察に行けなかったうっぷんを、晴らしているわけではない。決してだ。
健全な風俗と健全なキャバクラだけが残った時、俺の冒険が始まるのだ。
その時を夢見ながら、俺は黙々と報告書を片づけていった。
周りで愛ちゃんたちが、呆れた目で見ていたことは気にならなかった。
さて、特にひどかった一つのビルの前に今、俺は立っている。この界隈では有名な通称『ぼったくりビル』。ビルの上から下まで全部の店が摘発対象だ。このビルのオーナーはある組の幹部になっている。それもひっくるめて、今日中に駆除してしまおう。
すでにビルの中にあるお店には眷属の皆さんが侵入済みで、俺からのゴーサインを待っている。よし、素早くかたずけますか。
俺は眷属の方々にゴーサインを告げると、次々に拘束された店員たちが店の外に放り出され、俺の前に集められてきた。うん、万眼鏡でどいつを見ても、立派な黒だな。すべての罪状を書き出した調書を首から下げさせて、俺はそいつらを一斉に警察署の前に転移させた。全部で20名ぐらいか。
一人だけ俺の足元に残してある。このビルのオーナーであるやくざだ。
その男を俺はひょいと持ち上げて、ビルの中に入っていった。
屋上の掘立小屋が、この男の事務所となっている。そこでこのビルの所有権の書き換えを行うためだ。
男は放り出されて気が付いたらしく、俺の組が黙っちゃいないとか、すぐにお前たちを見つけ出して後悔させてやるだとか、聞いたことあるようなセリフばかり吐く。
俺はにこっと笑って、小狐丸を取り出して右足の太ももあたりを刺した。うん、これって魔物だけじゃないんだよね、効くのは。この男に積もり積もった『怨』も分解できちゃうんだよね。男は身体中から砂をまき散らしながら見る見るうちに萎んでいった。この男の半分ぐらいは『怨』でできてたんじゃないだろうか。すでにがりがりに痩せて、生気のないうつろな目をしている。
さて、ようやく交渉だ。
「ここにこのビルの資産価値と同額の現金がある。この契約書にサインして、このビルを俺に譲渡する契約を結んでもらう。お前は組から追われるだろうが、心配するな。この契約が終わればお前は調書とともに警察署の前に放置しておくから、すぐに警察官が取り調べてくれるだろう。今までの罪状を考えると最低でも15年ほど食らうだろうけどな。命があるだけましだろう。お前の中の『怨』はさっき浄化してやったから、ちょっとはまともな思考もできてくるだろうし、更生もできるだろう。まあ、罪を償って来いよ。俺はこのビルを拠点にして、お前らやくざをこの街から追い出すから、すぐにお仲間も増えていくだろう。寂しくないさ。」
俺はまだ朦朧としているその男に建物の所有者移転の契約書と領収書を突きつけ、サインさせた。
その場で首から調書をぶら下げ、また、警察署前まで転移させた。もちろん、ビルの代金も持たせた。
さて、これで拠点の確保もできた。ここを改装して、まずは犯罪者を拘束、連行して取り調べるための場所を作ろう。眷属の皆さんの待機場所も作ってあげてね。




