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恋占令嬢、染色中  作者: 冬毛もこ
2章 前世、思い出しちゃいました
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12・無駄時間削除



聖女様の救世ツアーに付き添う私だけれど、同時進行で、前々からやろうと思っていたある事の下準備をしていた。


眼鏡の制作、だ。


この世界には眼鏡がない。


思ったんだけど、エルン様の竜眼器質って、魔力を遮断する的な効果のある眼鏡で多少は緩和出来ないかなって。


緩和出来たら、常に眩しそうにされてる糸目も本来のぱっちりお目々にイメチェン出来るのでは。そうなればとんでもないイケメンさんが通常状態となる。

…………唸るほどモテまくるだろうけど。

でも、目が辛そうなのよりは、よっぽど良いと思う。


シルリアだけの知識だと、眼鏡なんて発想もない。

でも、今の私には眼鏡って当然の選択肢。


とはいえ、私の眼鏡に関する特別な知識ってゼロ。

あの、折りたたむ仕組みとか、私では多分用意できない。

だから折りたためない眼鏡だけれど、今よりは多少マシになるかもって思って全国各地、奮闘している。



否竜都市フリーダにハイレベルの金細工師が居る。

恩義を感じてくれた彼は、私のアイディアにとっても協力的。若い職人らしく、技術的な挑戦にも挑んでみたいらしい。


作り手確保、あとは適切な材料。


レンズ以外の部分は、割りとアッサリ形になった。

まずはガラスで、と作ってくれた試作機はまんま眼鏡だった。度とか無いから伊達眼鏡って感じかな。

でも凄い。

今までこの世界に在りもしなかったモノを、私のような者からのふわふわとした説明だけで完成させてのけるのだから。もしや彼は天才か??

飛び上がって感謝するとぶっきらぼうに照れてみせるシャイボーイ。


さて、後はレンス部分の入手のみ。


何よりも大事なのは、魔力の遮断と視界確保。

魔法を遮断する特性のある透き通ったレンズ的なモノはないのか、あちこち隅々、探し回る。


勿論、同時に大魔の討伐もしなければならない。

それから聖女様と一緒にアホほど過剰なレベリング。


とにかく、とにかく、忙しい。

目が回る忙しさ。

鍛錬とボス戦で常にへとへと。

帰宅して、諸々済ませたら、それ以上の余裕はなくてすぐに睡眠。


でも、私はどんなに忙しくても、エルン様の眼鏡制作手段の模索は決して止めなかった。

最近あんまり逢えていないけれど、それでも隙あらば思い出して、胸はきゅんと切なくなったり。逢いたくてたまらなくなったり。

接触なくとも、この身体はエルン様のモノだって、私に幾度も思い知らせてくるのだ。


すっと、エルン様の女的思考が、私の思考に染み込んでいる。前世の私が決してしなかった思考を、まるで当然の様にしている瞬間がある。

ごくナチュラルに、シルリア思考に塗り潰される瞬間があるのだ。

エルン様のために、エルン様好き好き~みたいな思考だ。

私もエルン様が好きなのか?

いや私は違う。

エルン様を好きなのはシルリアで私ではない、と思う。

違う…筈、なのに。

無意識って恐い。

私はどんなイケメンにも靡かない、貞淑に貞操を守るエルン様の婚約者。そんな言動以外をしたがらない。

誰を見ても私の心が動かないのだ。

エルン様以外には。


私自体は、シルリアほどエルン様大好きって思っていない筈だ。だって私は洗脳されてない。調教されていない。

シルリアとはきっと、別人。

エルン様に馴染みゆくのは、調教済みの肉体に在るから。

わたしはちがう。


でも、エルン様の眼鏡を作って差し上げるのだ。

だって、あの綺麗な青、もっと見たい。

きっと喜んで下さる。


でもこれは、恋じゃない。

愛してない。

現代人の知識を持っているからだ。

これはただの親切心だ。


深い想いも重い想いも抱いてない。

私はきっと好きじゃない。


でも明日にはお逢いしよう。

逢わないのは、間違っていること。

正すべき異常。

こまめに逢って、エルン様の魔力との接合を繰り返さなければ気が狂う状態になれる様に馴染まないと。

愛されないと身体も疼くし。

これは常識、当たり前の事だ。

私は、エルン様の婚約者なのだから。


これは、何にもおかしくない思考。

すっと染み込み良く馴染むのだ。


現代日本の知識を持っている私が異常を感じないのだから、この部分は洗脳でも調教でもないと思う。

大丈夫。大丈夫だ。

私は大丈夫。

現代知識のお陰で洗脳は、きっと溶け始めている。

きっと、そう。


でもああ、そろそろ、エルン様、ほしいなあ。

明日もまた、お逢いしよう。


これは中毒症状を、段々と薄めていく段階だから。

急に逢わないのは、きっと良くない。

すきじゃないけど、でも、ああ、すきかも。

余裕のない顔、きゅうんとくる。

また逢いたいなあ。


大丈夫。私は正常。

現代人だもの。

でも婚約者だから、ある程度は仕方がないの。

明日はお泊まりして下さるの、うれしいなあ。

癖付く様に、そう思ってしまう。


私は慌てて私の思考を訂正する。

じゃないとすぐに、どろりと思考が引きずり込まれる。

ラクだもの。

気持ちいいもの。

幸せとしか感じられないのだもの。

この世界的に正しい事としか、思えないのだもの。


愛おしげな蒼い瞳。

口付けられる。

婚約者だから当然の事。


思考があまく、ぐちゃぐちゃになる。

わたしは必死に以前の正しさを掻き集める。

ぐちゃぬちゃの時、ふと思う時がある。

前世風の正しさを重んじて一体何の意味があるの?

ここは前居た世界ではないというのに。


だめだ、だめだ。

これは洗脳。

屈してはいけないモノ。

甘くて、気持ちがよくて、幸せで、正しくても、これはきっと間違っている。

否定しないといけないと、私の底の何かが叫ぶ。


ああ、でも。

いったい何で、これを否定しないといけないのだろう。


徹底拒否の、意思が蕩ける。

私の思考は流される様に路線変更してしまう。


現代人の常識を持っているけれど、ここは異世界。

ある程度の順応は必要。

ある程度の接触は、現代なら普通の交際の範囲だし。

セイウォルに見初められた婚約者なら、これくらい普通。

婚約者だからこれくらいは普通の事。

大丈夫。大丈夫。

私の常識、まだ残ってる。





大魔を四体撃破し、徒党を組んで絡んできた王都民を撃退して色々静かになった頃。

ようやく最適なレンズを見つけた。


最近お母様が好んで出入りしている全書を護る事を目標に掲げた都市、その地の保有する膨大な蔵書から、魔力遮断に特化した書を見繕ってもらっていた。レベリングに魔物討伐にと疲れ果てる日々の終わり、寝落ちるのをぐっとこらえて様々な書を読み込み、調べていたのだ。

とある書に、魔力加工により透き通ったレンズ状になる物質の存在と、その生産地が記述されているのを発見。


転移魔法でその地へ飛んで、聖女様のしごきのお陰で強くなったからサクッとゲット出来た。

そのまま否竜都市フリーダに飛んで、知り合いの職人さんに制作を依頼。魔力加工は主に私がする事になったけれど、高度に魔力を遮断するレンズの作製に成功した。

職人さんは既にガワの方は作り終えていたので、後は良い感じに枠に込めて貰って完成。



つまり私は恐らく、この世界で初の眼鏡を開発して貰う事に成功したのだ。

視力補強じゃなくて、魔力遮断効果の為の眼鏡だけどね。




早速の次の日。

通学の為にいつも通り当たり前の様に馬車で迎えに来て下さったエルン様、その馬車の中でいの一番に眼鏡を贈った。


「ああ、これは良いね」


しみじみと、エルン様がそう仰った。

いつも眩しそうに細めていらした糸目がぱっちりと開かれ、そうなると生来のお美しさが最大解放。

淡い青のサラサラの髪、芸術品の様に整ったお顔立ちに、たっぷりと長い睫毛に彩られた、吸い込まれそうな魅惑に満ちた大きな瞳。

もう、絶世の美青年だった。


か、顔が良い……!

眼鏡も付いて更にオトク!


って邪念はさておき。


「魔力を遮断する効果のレンズで作ってみたのです。ちゃんと効果があったみたいで良かったです」

「そうなのか。ありがとう。この……道具? 凄いねシルリア、よくこんな便利なものを思い付けたね。凄いや」

「ああいいえ、それただの眼鏡ですから。別に私の考えじゃなくて」


つらっと言葉を垂れ流して、直後にぎょっとなった。

エルン様の顔が眩しすぎて麗しすぎて、私はちょっと正気じゃなかった。だって眼鏡の超絶美形、至近距離。はわわとなる以外のリアクションが取れなかったのだ。


「へえ。これ眼鏡って言うんだね。初めて聞いたよ」


失言した!

前世匂わせみたいになってる!

多分そう!

これ、ヘンに聞こえてるに決まってる!


あわわ、話を。

話を逸らさないと……!


「ええっと、大昔の、たぶん大昔の道具です多分。そそそそれよりも、目の負担は大丈夫です??」

「あ、ああ、これは凄いね。目の負担が殆ど無くなった」


エルン様の返答に私は心底ホッとして、ふわっと笑みを浮かべた。


「良かった。これで、余分な時間を減らせますね」

「えっ」


私の糞ザコな回復魔法でエルン様の疲れ目を癒やす時間。

非効率の極みみたいな私の拙い回復魔法。

あんな恥ずかしいモノをエルン様に披露する無駄を削除できる。

エルン様だってお忙しいのだ。

あんなミットモナイ回復魔法なんかに貴重な時間を費やすという、非生産的な時間を削減できてきっとお喜びになる。


良かった。

私は達成感でいっぱいになった。


丁度、馬車が学院に着いた。

ひらりと私は馬車から降りる。

今までの見苦しい回復魔法の時間を思うと、色々ちょっと恥ずかしかったから。


下車した途端に聖女フィリア・フィリンスに腕をつかまれた。

逃亡対策だ。


「来たわねシルリア。いよいよ最終決戦が近いわ。対策会議よ」


そういう聖女様に引きずられていった私は、エルン様があの時どんなお顔をしていたか、ちっとも見えていなかった。





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