修復
セミの声がしない。か弱いお嬢様の周りに花はあれど虫は寄せ付けず。それか学校の持ち主が木や草といった自然より、コンクリートやアスファルトのような人工的な物が好物か。アタシ自身、植物観察なんかに興味は無いけど、興味が無いからといって無ければ困るもんだ。植物から発生する自然パワーみたいなものが無ければ、夏の暑さは本来のそれとは外れた暑さに変わっていく。
まぁ黙ってエアコンを使えって話だけど、エアコンの冷気ってのがどうも苦手だ。冷たい物を要求して出てきた物が冷たい飲み物やアイスじゃなく、氷そのものを出されたみたいな。
大体、アタシは一体何やってんだ? せっかくの夏休みだってのに、何処にも行かず、何も挑戦せず、こうして課題を開いては無関係の事に思慮を巡らせている。
寮の連中はみんな実家に帰省してる。今頃両親に学校での生活を話題に話したり、地元の友達と遊んだりしてるのかな。アタシは家になんか帰れるわけないから、こうして寮に取り残されてるわけだけど。
昔は、毎日リリと遊んでたな。アタシは外で遊びたくて、リリは家の中で遊びたい。だから最初にジャンケンでどっちにするか決めてたな。ジャンケンが弱かったアタシが中々勝てなくて、リリに気を遣われた事もあった。
外、か。そうだな。用事は無いけど、たまには暑い日差しで苦しむか。
寮から出ると、一年の寮の前でキャリーケースを重そうに引いていく奴がいた。よほど中身が重いのか、玄関前の三段の階段に苦戦している。
「なにやってんだ?」
「あ……ミ、ミヤコ、さん……」
この子、アタシの同室だった子か。
そういえば、体育祭の時は同じチームだったな。まだ緊張してるみたいだけど、前のように怖がられてはいないな。
「手伝うよ。暇だし」
「で、でも……」
「いいから―――ってクソ重ぇな!? どんだけ荷物詰め込んで帰省したんだよ!?」
「行きはお財布とかだけだったんだけど、パパとママがお米とかくれて……わざわざキャリーケースまで買ってくれて……」
「ケース買うくらいなら配達させればいいのにな。アンタの親って修行僧だったりするか?」
「い、いえ」
「じゃあ尚更なんでこんな重い荷物押し付けたんだよ……」
持てないことはないが、キャリーケースの重さじゃない。これ中に米とか入ってるとか言ってたが、何日分の食料が入ってんだ?
エレベーターのおかげで、このクソ重い荷物を持って階段を上らずに済んだ。
「運んでくださりありがとうございました……!」
「次持たされる時は、もっと娘の事も考えろって言えよ」
「流石に直接的には言えませんけど、それとなく伝えます……」
「それがいい。じゃあな」
「……あ、あの!」
去ろうと背を向けた直後、彼女に引き留められた。
振り向くと、彼女はアタシに何か伝えようとしていた。言いづらい事なのか、中々言葉を出せずにいる。お礼ならもう言われたし、言いづらい事なら言わせない方が―――いや、少し待ってみるか。
不安そうな表情を浮かべていた彼女だったが、やがて決心したのか、困り眉はそのままでアタシの顔を見上げた。
「あ、あの! お部屋に、入りませんか! お礼に、お茶とか、お菓子とか出しますから! いえ……神木さんに、お礼がしたいです!」
「……じゃあお邪魔しようかな」
「ッ!? はい!」
困り眉だった彼女はニッコリと笑みを浮かべた。
そうして元々住むはずだった部屋に招かれ、一瞬しか居なかったはずなのに妙な懐かしさを覚えた。
「あ、そういえば」
「なんです?」
「アタシ、アンタの名前を知らないままだった」
「あ……そう、でしたね……じゃあ、改めて。私は百瀬ヒカリ」
「アタシは神木ミヤコ。フッ。奇妙なもんだな。一応は同室相手だったのに、名前を知らなかったなんて」
「それは、私が臆病だったせいですから……」
「今はアタシが怖くないのか?」
「その……まだちょっとだけ」
「おいおい」
「でも……何も知らずに怖がってた頃よりも、怖くはありません」
「……そっか」
何がキッカケで彼女、ヒカリがアタシの事をあまり怖がらなくなったのかは分からない。
でも、こうして関係が修復されつつあるのは、なんだか嬉しいもんだな。




