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深海

 病院に搬送されたミヤコだったが、向かう道中の救急車の中で意識は取り戻していた。診断結果は健康そのもので、どこにも異常は無かった。


 そうしてミヤコが寮に戻ったのは、夜の八時頃。気を張っていたのが解けたのか、今すぐにでも布団に飛び込んで寝たい睡魔に襲われた。


 ミヤコがレイの部屋の扉を開けようとした時、部屋には鍵が掛かっていた。それが当然なのだが、今までレイが鍵を掛けた事は無かった。普段なら感心する所だが、今は睡眠が最優先事項。ミヤコはインターフォンのボタンを二度押すと、大きくあくびした。


 数秒経った後、扉が開いた。


「……ミヤコ」


 自分よりも酷く疲れた様子のレイに、ミヤコは顔をしかめる。おそらく体育祭の打ち上げにでも参加して疲れたのだろう。ミヤコはそう思った。


「……」


 レイは何も言わない。ただジッとミヤコを見つめるだけ。


 夜の八時。明かりが一つも灯されていない部屋。唯一の光となる月光は厚いカーテンで遮られている。


 普段のミヤコなら違和感を察知出来たが、今は凄く疲れている。レイの様子がおかしい事に気付きつつも、それがどうしてかを考えれず、テキトーな答えで誤魔化した。


 ミヤコがレイの横を通り過ぎて部屋の中へ入った瞬間、背後から扉が閉まる音、そして鍵が閉まる音がした。


「……なぁ。今アタシは凄く疲れてんだ。だからやめてくれよ、そういうの」


 暗闇の中、ミヤコはレイに後ろから抱きしめられていた。まるで大切な物を抱えるように。無くしたくない物を肌身離さず持つように。


 長い抱擁に、ミヤコは振り解こうともした。        


 だが、振り解けない。振り解くには、あまりにもミヤコの力が弱い。それに対し、レイの力は徐々に増していく。


「ミヤコ……」


「なぁ、本当にやめてくれよ。もう疲れてるんだって」


「ミヤコ……」


 ここでようやく、ミヤコはレイの異常に気が付いた。


「……悪かったよ。アンタが楽しみにしてた一騎打ちを台無しにして。アタシだってまさかぶっ倒れるなんて思いも―――」


 ミヤコはレイが拗ねてるものだと思っていた。楽しみにしてた自分との一騎打ちが不戦勝という形で幕を下ろしたのは、面白くないものだと。それ以外で、レイがこんなになる理由が見つからなかった。


 ミヤコとレイは、これまで一ヵ月同じ部屋で共に過ごした。二人の仲はそれほど深まらなかったが、ある程度の互いの理解は深めていた。


 しかし、その短い期間で知る事の出来ない―――誰も知らないレイの闇。


【寂しい】


 孤独は誰の心にもある。レイの孤独は、心の内側で密かに育まれていた。喜びと楽しさが形作っていた殻が封じ込めていたおかげで、それは決して表に出る事はなかった。


 だがレイはミヤコと出会ってしまった。

 対等であり、盲目な愛は向けず、個として存在する彼女に。


 そんなミヤコが崩れていく様を目撃した。

 レイの脳裏に浮かんだのは、風で散っていく儚い桜。


 この瞬間、レイの心の内側にあった孤独は殻を破裂させ、新たに心を形作った。その心が現すものは言葉では説明出来ない。歪で黒く、空っぽのように静か。それを心と呼べるかは怪しいものだが、それが今のレイの心なのだ。


 確かなのは、皆の憧れであった霧島レイは死に、もはや別人と化していた。


 長いキスが終わると、二人の間に沈黙が流れた。暗闇で互いに相手の表情を読み取れないが、予想外だったのは互いに同じだった。


「……もう寝よう」


 ミヤコが呟く。


 レイは何も言わない。


 ミヤコはレイの手を引いてベッドへ向かうと、先にレイをベッドに寝かせ、その後レイに背中を向けて自分もベッドに横になった。

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