嫉妬
「ミヤコミヤコ! もうすぐ体育祭だね!」
三日前からレイはソワソワしていた。一昨年、去年と活躍してみせた体育祭。過去二年間、つまらなかったわけではない。別のクラスの子達と団結し、勝利する思い出を得ていた。
しかし、今年は自分が気に入った一年、神木ミヤコがいる。彼女なら、必ずや自分を脅かす存在として立ちはだかってくれる。レイはミヤコと競い合える嬉しさと不安で楽しくなっていた。
そんなレイの熱量に対し、ミヤコは歯磨きを続けながら答えた。
「あっそ」
普段からミヤコに淡泊な返事や棘のある言葉で刺され、それに悦んでいたレイだったが、今回は違う。無論、ミヤコが乗り気じゃない事はなんとなく察していた。
だが、他人事のように自分の話を聞き流すミヤコの反応に、ちょっとした違和感と、そこから導き出される答えに、レイとしては極めて珍しく苛立ちを覚えていた。
「ミヤコ。もしや君は、本気で何かに取り組む事を恥ずかしいと思っているのかい?」
「馬鹿。どんな事であれ、本気でやれる奴は凄いだろ」
「ッ!? じゃあ体育祭では僕としのぎを削って―――」
「そこだ。そういう所がウザいんだよ」
歯磨きを終えたミヤコは、レイにその言葉を吐き捨てた。それは拒絶あるいは打ち止めを意味していた。
だが、レイは自分の意志を第一に捉えている。他の誰かなら相手を尊重するが、お気に入りであるミヤコと初めて競争出来る期待と執着心が、ミヤコの意志を拒否していた。行く先々について回り、ベランダの椅子に座ったミヤコに覆い被さる勢いで迫った。
「ミヤコ! これは君にとってチャンスなんだよ!?」
「何の話だ……」
「体育祭の優勝は今年も霧島レイが率いる学年、つまり三年が勝つと決まっている。僕と君以外の誰もが信じて疑わない決定事項だ。僕もやるからには優勝を目指すけど、今年は君がいる」
「なんでアタシが……」
「君の運動能力は僕に勝るとも劣らない。けど、そこは重要じゃない。君には僕に対する対抗心があるはずだ。勝負事に最も必要なのは優れた能力以上に対抗心だ。何が何でも勝つ。それはやがて狂気となり、能力勝負を気力勝負に変換させる。そうなってしまえば、より強い対抗心を持つ者が勝利する」
「ならアンタの圧勝だろ……」
「羽田リリ」
その名を口にした瞬間、それまで無関心だったミヤコを一気に興味津々とさせた。
ミヤコはレイの襟を乱暴に掴み、憎悪を露わにしてレイの額に自分の額をぶつけた。
ミヤコはレイの魂胆を理解していた。羽田リリの名を出し、自分をやる気にさせる。単純で分かり易い引っかけだが、自分にとって唯一人であるリリが恋するレイがリリを引き合いに出す行為が逆鱗に触れた。つまりレイの言動は、ミヤコにとって生きる意味であるリリを侮辱したのと同然であった。
そんなミヤコの憎悪を眼前に捉えたレイは、静かに悦びを滲み漏らした。こんな簡単に強い感情を自分に向けてくれるミヤコが、恐ろしく、愛おしく、そして悲しかった。自分では怒らせる事は出来ても、憎まれる事は出来ない。
(羽田リリ……)
初めて感じる嫉妬心を噛み締めるように、レイはリリの名を心の中で呟いた。
ベランダで繰り広げられる二人の静かで激しい感情の衝突。
その様子をリリは窓から眺めていた。
一年と三年の寮はそれほど離れた場所に位置していない。リリが居る部屋は、ちょうど寮の真ん中。向かいに位置する三年の寮の様子、特にベランダは一望出来る。
毎晩、リリはミヤコとレイが姉妹のようにベランダで一緒に居る場面を眺めていた。
そうして思う事は一つ。
【私だったなら、どれほど幸せだったのだろうか】
変換を望むリリの願望は、その対象が不明確なものであった。




