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コミカライズ決定【8位】ヴェリタスの最終定理7 番外編 THE ORIGIN  作者: 王璃月
探偵・半自伝・オムニバス

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探偵事務所占拠!殺し合う子供たち!

埃まみれのブラインドの隙間から、冷たく湿った風が吹き込んでいた。

ネオンが届かない、しがない探偵事務所。

灰皿には吸い殻が山を成し、飲みかけの冷めたコーヒーが胃を荒らす。そんな、吐きだめのような場所に、不釣り合いなほどの甘ったるい香水と、隠しきれない淫靡な匂いを漂わせた四人の大人がやってきたのが、すべての始まりだった。


彼らは近所に住む二組の夫婦だった。

そして、誰の目から見ても明らかな「公認の不倫」関係にある四人組だった。夫と他人の妻、妻と他人の夫。その視線の交差、触れ合う指先、薄ら笑いに浮かぶ爛れた関係性は、探偵という職業柄、嫌でも鼻をついた。彼らは週末の旅行に出かけるという。


そして、あろうことか、自分たちの子供四人の面倒を、まとまった札束とともにこの探偵事務所に押し付けてきたのだ!


「んふふ。……ね、お願いしますよ、センセ。あっじゃあ、子供たちもね、先生のところがね、大好きですからね。センセ、あんたどうせ何にもやることねえんだから、協力しろや」


白々しいお世辞と、親としての責任を一ミリたりとも感じていない軽薄な笑顔。

私、Wan Liyue(リウ)は、胸の奥でどす黒い嫌悪感を抱きながらも、提示された金額と、放置されるであろう子供たちの無表情な顔を見て、渋々その依頼を引き受けた。


全くもって、まーったくもって、不愉快極まりない始まりだった。


事務所に取り残された四人の子供たちは、親の愛情の欠落を埋めるかのように、すぐに、近所の友人たちを呼び寄せた。一人、また一人と集まり、気がつけば狭い探偵事務所には八人もの小学生がひしめき合っていた。書類の山は崩され、床にはスナック菓子の屑が散乱し、テレビからはけたたましいゲームの電子音が鳴り響く。私の仕事場は、さながら、スラム街の託児所と化していた。


私はデスクの奥で煙草をもくもくとふかしながら、その混沌をただ眺めていた。子供という生き物は、大人が思っているほど、純真無垢ではない。彼らは残酷なまでに純粋に現実的な、社会の縮図を形成する。八人の集団ができれば、そこには必ずヒエラルキーが生まれる。


私はすぐに、一人の少年が明らかな「標的」にされていることに気がついた。


小柄で、俯き加減のその少年は、集団の中で最も声の大きい、体格の良い少年の言いなりになっていた。ジュースを買いに行かされ、ゲームでは負け役を強要され、頭を小突かれる。周囲の子供たちはそれを見て見ぬふりをするか、あるいは愛想笑いを浮かべて強い者に媚びを売っていた。

いじめられっ子の少年は、唇を噛み締め、じっと耐えていた。その瞳の奥には、恐怖だけでなく、行き場のない怒りの火種が燻っているのがわかった。私は口を出さなかった。子供の世界の掟に大人が安易に介入すれば、事態はより陰湿な方向へと向かうことを知っていたからだ。


しかし、限界は突然訪れた!


ゲームのコントローラーを取り上げられ、負けっぷりを嘲笑われた、その瞬間だった。彼は獣のような低い唸り声を上げ、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、いじめっ子に向かって立ち上がり、その小さな拳を振り上げたのだ。


ついに反撃に出た!


己の尊厳を守るための、神聖なる怒りだった!


ところがである!


私の目の前で信じがたい光景が繰り広げられた!


周囲で見て見ぬふりをしていた他の子供たちが、一斉に立ち上がり、いじめられっ子の少年の両腕を背後から羽交い絞めにしたのだ。そして、あろうことか、彼らは正義の味方のような顔をして、こう言い放った。


「やめろよ!やり返したら、お前もあいつと同じになるぞ!」


「暴力はよくない!我慢しろ!」


「正義」のツラをした「良い」少年たちは、満足げに嘲笑い、いじめっ子は、醜く歪んだ笑みを浮かべた。そして、無抵抗となった少年の無防備な腹部に、全力で拳を叩き込んだのである!


鈍い音が響き、少年は床に崩れ落ちた。羽交い絞めにしていた子供たちは、まるで、ただの一度も悪事に手を染めたことがないような、純粋な善人の、天使のような顔をして、一歩後ずさりしてその凄惨な光景を傍観していた。


私の頭の中で、何かが、完全にキレた!


理屈ではない!


探偵としての冷静さも、大人としての分別も、すべてが吹き飛んだ!


私はデスクを蹴り飛ばすようにして立ち上がり、子供たちの群れに踏み込んだ。そうして、いじめっ子に手を出すよりも先に、「いじめられっ子を背後から羽交い絞めにしていた子供たち」を片っ端から掴み上げ、その頬を、容赦なく平手で張り飛ばし、あるいは、力任せにぶん殴った。


「痛い!何するんだよ!」


「僕たちは止めただけなのに!」


床に転がり、泣き叫ぶ子供たちを見下ろし、私は地鳴りのような声で怒鳴りつけた。


「ふざけるな。お前たちがな、お前たちがな!いま、お前たちが無関心にやったのは仲裁でも平和でもない!ただの卑劣な、暴力への、加担だ!」


私は胸ぐらを掴み、彼らの顔を恐怖で引き攣らせた。


「中立のふりをして、安全な場所から綺麗な言葉を吐くな!強い者に媚びて、反撃しようとした者の手足を縛り上げ、一方的な暴力を許したお前らが、お前らこそが、一番のクズだ。『やり返したら同じになる』だと?ふざけるな。やられたんだから、抗議する。同じで良いじゃないか!尊厳を踏みにじられた人間が怒るのは当たり前だ。その怒りを封じ込める権利など、痛みを知らないお前たちには、ない!」


大人げない暴力であり、教育的配慮など欠片もない行動だった。褒められたことではないことは百も承知だ。


しかし。


私はこの歪んだ道徳観、加害者を利するだけの生ぬるい偽善が……どうしても許せなかったのだ。

私は泣きじゃくる傍観者たちを部屋の隅に追いやると、腹を抱えてうずくまっているいじめられっ子の少年の襟首を掴んで無理やり立たせた。そして、怯えて後ずさりするいじめっ子の前に彼を引きずり出した。


「そうだ。やりたいなら正々堂々とやれ。一対一だ。私が見ていてやる。そう、タイマンだ。殺し合いだよ。……ただし、卑怯な真似はするな。そうだ。誰の手出しも許さない」


いじめられっ子の少年は、涙と鼻水で顔をドロドロにしながら、私を見上げた。その瞳には、まだ怒りの炎が消えずに残っていた。


「さあ!」


私が短く命じると、少年は雄叫びを上げていじめっ子に飛びかかった。いじめっ子も必死で応戦した。そこから先は、技術も何もない、ただの泥臭い子供の喧嘩だった。殴り合い、取っ組み合い、床を転げ回る。鼻血が飛び散り、服が破れる。私は腕を組み、ただ静かにその死闘を見守り続けた。部屋の隅で震える他の子供たちも、息を呑んでその光景を見つめていた。

五分が経過しただろうか。体力に勝るはずのいじめっ子が、ついに根負けした。いじめられっ子の、何年分もの鬱屈と悲哀が込められた執念の拳が、いじめっ子の顔面を何度も捉えたのだ。いじめっ子は床に仰向けに倒れ、「ごめんなさい、もうやらない」と大声で泣き叫んだ。

いじめられっ子はその上に馬乗りになったまま、振り上げた拳を止めた。そして、彼もまた、声を上げて子供のように泣きじゃくった。

勝者も敗者も、加害者も被害者も、ただ純粋な涙を流していた。己の感情のすべてをぶつけ合い、身体の痛みを共有したことで、彼らの間にあった歪んだヒエラルキーは完全に崩壊していた。


「そこまで」


私は二人の間に割って入り、両者を引き離した。二人とも、顔は腫れ上がり、息も絶え絶えだった。しかし、その顔つきは先ほどまでの陰鬱なものとは全く違っていた。憑き物が落ちたような、清々しい疲労感に包まれていた。


「よくやった。二人とも、立派じゃあないか」


私はタオルを投げ渡し、部屋の隅で固まっている子供たちに向き直った。


「お前らもだ。これが本当の喧嘩だ。痛みを知らない正義など、寝言だ。寝言に、意味はないんだ。わかったか」


彼らは無言で、力強く頷いた。

その日の夕方、私は腹を空かせた八人の子供たちのために、宅配ピザのLサイズを五枚と、近所の肉屋で買ってきた大量のフライドチキンとローストビーフをテーブルに並べた。山盛りの肉と脂っこいチーズの匂いが事務所を満たした。

先ほどまで殴り合っていた二人も、傍観していた子供たちも、皆が一つのテーブルを囲み、獣のように貪り食った。そこにはもう、いじめっ子もいじめられっ子も存在しなかった。口の周りをソースで汚し、コーラで乾杯しながら、彼らは腹を抱えて笑い合っていた。血と汗と泥にまみれた後の、最高の晩餐だった。


理屈なんか、いらないのだ。


教科書通りの言葉による対話や、表面的な和解など、「心」には一ミリも響かない。理不尽に対する怒り、ぶつかり合う痛み、そしてすべてを出し切った後の飢えと、それを満たす圧倒的な熱量の食事。すべては、生身の「感情」の中にこそ答えがあるのだ。「感情」だ。全てを動かすのは、「感情」なのだ。人は理屈では動かない。全ては、「感情」なのだ……。

私はコーラを喉に流し込む彼らの横顔を見ながら、冷めたコーヒーを一口すすった。


不思議と……不味くはなかった。


翌日、爛れた両親たちが日焼けした顔で帰ってきたとき、子供たちは皆、見違えるようにたくましい顔つきになっていた。顔の青痣に驚く親たちを尻目に、子供たちは私に向かって深々と頭を下げ、「ありがとうございました」とだけ言って帰っていった。


あれから、数年の歳月が流れた。


北の街に再び厳しい冬が訪れ、窓ガラスを叩く吹雪の音が鳴り響く季節。探偵事務所のドアを叩く音があり、宅配業者が一つの大きなダンボール箱を運んできた。

差出人の欄には、あの日の少年たちの名前が連名で記されている。箱を開けると、中には最高級の霜降り肉と、地元の名産品、そして不器用な字で書かれた短い手紙が入っていた。


『先生、あの時は本当にありがとう。俺たち、今でも親友です。また一緒に肉を食べましょう』


手紙を読み終えた私は、静かに息を吐き出し、煙草に火をつけた。紫煙が天井に向かってゆっくりと立ち昇っていく。


世間は相変わらず綺麗事と偽善で溢れかえっている。


だが、この世界もまだ捨てたものではない。


ぶつかり合い、痛みを分かち合った「熱量」のある記憶は、決して嘘をつかない。

私は送られてきた肉の塊を見つめながら、久しぶりに……声を上げて笑った。その笑い声は、誰に聞かせるでもなく、ただ、私自身の胸の奥の最も深い場所を、確かな「熱量」で温めていた。

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