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虐待され続けて辛かった  作者: Liu
フィクション・ポエム

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ヴェリタスの最終定理

論理がその形を失い、単なる音の羅列や妄想のパッチワークへと変貌する瞬間を、私は何度も目撃してきた。


社会において、言葉とは、意思を通わせ、事実を共有するための道具であるが、私の両親、特に父という男の手にかかれば、言葉とは現実を切り刻み、周囲の人間を文字通り物理的に破滅させるための、予測不可能な狂気の引き金へと変貌した。


ある日、それは前触れもなく始まった。


いつものように、重苦しい空気が支配する食卓でのことだった。父は、自分が手にしていた一膳の木箸を、まるで……未知の麻薬でも見る時のような、異様な嫌悪に満ちた目で見つめていた。彼の網膜の奥で、どのような回路がショートし、どのような歪んだ絵の具が混ざり合ったのかは、誰にもわからない。

父は唐突に、食卓を叩き割らんばかりの勢いで叫び出した!


「箸を使うな!箸はもともと木からできている!木は生きている間に汚い空気を吸っていユッ!ダイオキシン!アスベスト!この木目の隙間に、奥深くに、完全に染み込んでいるの!謝れ!謝らなければぱちんぽしまつよ!箸は!進んで猛毒は?毒?どくどくどっきー、どっきーぽん!宇都宮市上大曽町、ここにはありますか?どくどくどっきー、どっきーぽん!瀧源一秀は、宇宙に行きます!行きました?行きましたか!聞いてんだよ!二酸化炭素はないだろ!宇宙には!だからいま開発しているんだよ!ロッキード事件は宇宙工学研究所が閉鎖されたから起きたって、なんでわからないんだ!ダイオキシンをなくすために日の丸掲げて田中角栄が立ち向かいました!その気持ちがなぜわからないんだ!タキゲン製造はいま、ぼくを中心に、今、月面着陸を目指している!お前知らないだろ!ロケットも、チンカンツェンも、車も、原発も、全てタキゲン製造が作った!そして!それら全ては瀧源一秀の指示のもとで開発された!わかるか!だから謝れ!お前!日本の歴史知らないだろ!ぼくは言える!いんしゅんしゅんじゅーしんぜんご!さんしんなんぼくずいとうご!ほくそうなんそうげんみんしん!ほら言えた!」


私は言い返した。


「それ、中国の歴史……?」


父は叫んだ。


「チュパカリッ!……じゃお前アメリカの歴史言ってみろ!ロマノフオーチョーからだ!はい10!9!8!7!6543210!はい言えない!ぼくは言える!江戸川幕府、織田信長!徳川大観、綱吉のもりかず!ほら言えた!謝れ!だからアスベストが本当は必要なんじゃないか!バーカ!!!!!!……あれ?アスベスト必要なんだっけ?いらないっけ?まーどっちでもいいや!根拠はぐー!お口にぱー!ちょきちょきちょっきん、ちょっきんぽ!ちょきちょきちょっきん、ちょっきんぽ!……てめえ。ぼくが『ちょきちょきちょっきん。ちょっきんぽ。』と言ったら『バジむ』と言えよ。なんでできねえんだよ。なんでできねえんだよ!バジムっ!!!!!!…………え?バジムって何?お前訳わかんねえこと言うな!バジムって何だよ!説明してみろ!誰も知らねえじゃねえか!!!!!!勝手な妄想を言うな!!!!!!死ね!!!!!!!────────わ。そうだ、池田ァ!社内にある木の箸全部捨てろ!美賀子にも伝えろ!大至急便で木製のものをすべて捨てろ!いま、地球があぶない!タキゲン製造の次期社長として、天皇家三代将軍の瀧源一秀として、いま、ぼくは戦う!…………あれ?なんでみんな箸捨ててんの?誰がそんなことやれって言ったんだよ!全員正座しろ!謝れ!謝れ!……あっじゃあお前でいい!ちんちん舐めてッ!てめえクビにするぞ!…………電話する!…………はい宇都宮支店瀧源一秀です。あ!ぱぱ!宇都宮の田舎もんたちが全然仕事しない!『バユミ』ってゆったら『ぷぎら』ってみんなゆうの!……え?あ、もう大丈夫だから静かにパチンコでも打ちに行けって?仕事ぼくするよ?え?仕事しなくていいから遊びに行けって?わかったぱぱ!切るね!…………はい。お前ら通話聞いてたか?もうお前ら手に負えないから、ぱぱがお前らを切り捨てるってさ!ぼくもう呆れたよ!もーいーもん!オリオン通りで酒引っ掛けて福田屋で行ってから南大門行く!お前は?お前バカだからアドベンチャーUか科学館だろ?はいバーカ!死ね!!!!!!…………ダイオキシン?アスベスト?何の話?その前にちんちん舐めろ!!!!!!」


ダイオキシンとアスベスト。

当時の社会において、環境問題や健康被害の象徴としてニュースを騒がせていたその二つの単語が、父の脳内でシェイクされ、「木」という普遍的な物質と、最悪の形で結びついた瞬間だった。


通常の知性であれば、木が成長するプロセスと、化学物質であるダイオキシン、あるいは鉱物であるアスベストの発生原因が全く異なることなど、説明されるまでもなく理解できる。だが、父の世界において、一度結合した「名詞」は、宇宙の絶対的な真理へと格上げされる。


余談だが、頭の質があまりにも悪い人ほど知識の量を誇り、しまいには陰謀論にハマる。その理由がまさにこれである。一般人が知らないわけのわからない「名詞」を使えば使うほど、作れば作るほど、自分が賢くなったと錯覚できるのだ。だから、取り返しのつかない馬鹿ほどカタカナを使い、存在しない単語を創作するのだ。


彼にとって、木箸とは、今や、触れるだけで肉体を腐らせる最凶の毒物に他ならなかった。


そして最悪なことに、父は単なる一人の狂人ではなく、周囲の人間を絶対的に支配し、蹂躙できるだけの権力と、それを肯定する祖父の無限の財力を手にしていた。


彼のこの突飛で、完全に論理の破綻した思いつきは、次の瞬間から、彼が統括する会社、およびその傘下にある社員寮や食堂における「絶対的な法律」へと昇華された。


「木箸を使用した者は、直ちに処刑する」


その命令は、何の猶予もなく、粛々と、そして徹底的に実行された。

ここで言う「処刑」とは、単なる比喩や人事評価の減点といった生易しいものではない。父にとって、自らの定めた絶対的なルールを破る者は、人間としての存在価値を否定された犯罪者であり、自らの支配を脅かす反逆者だった。

会社の食堂や、地方から出てきた若い社員たちが身を寄せる社員寮の食堂で、その惨劇は日常の風景となった。

昨日まで真面目に働き、ただ日々の糧を得るために、ごく普通に木箸を使って白米を口に運んでいた社員たち。彼らは、食堂の物陰から目を光らせていた父、あるいは父の狂気を忠実に実行する監視員たちによって、その場で髪を掴み引き摺り回された。


「猛毒を社内に持ち込んだ!」


「会社を汚染しようとした!」


理不尽極まりない罪状を浴びせられながら、書類を破り捨てられ、私物をゴミ箱に投げ捨てられ、精神を粉々に叩き割られて、その日のうちに社会的に、そして精神的に「処刑」され、追放されていった。


昨日まで机を並べていた同僚が、ただ「昼食に箸を使った」という、あまりにも下らない、シュール極まりない理由で、二度と会社に戻れなくなる。


残された社員たちは、恐怖に歯をガチガチと鳴らしながら、自らの身を守るための「新しい生存戦略」を模索せざるを得なかった。

木がダイオキシンとアスベストの塊であるならば、何を使えばいいのか。

父が導き出した次の「正解」は、さらに混迷を極めたものだった。


「金属には毒、入ってないゆーっ!だらき、金属は体にいいの!硬いし、金属は、健康の、ユッ!わあああああ!!!」


一度「木=悪」という極論に振り切れた父の思考回路は、その対極にある「金属=善」という、さらなる怪論へと跳ね上がった。金属がどのような鉱物から精錬され、どのような化学的性質を持っているかなど、彼には一切関係がなかった。ただ「木ではない」という、その一点のみにおいて、金属は完全なる無罪であり、至高の栄養素となったのである。

その日から、我が家の、そして会社の食卓の風景は一変した。


すべての木製品が排除され、冷たく鈍い光を放つステンレスやアルミの食器だけが並べられた。


父の狂気はさらに加速し、彼は食事の時間以外でも、常に一本の金属製のスプーンを肌身離さず持ち歩くようになった。


リビングのソファーに座り、あるいは仕事のデスクに向かいながら、父は恍惚とした表情で、その金属のスプーンを執拗にしゃぶり続けるのだ。


ぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅ……と、金属が歯に当たる嫌な音と、唾液が擦れる音が、静かな部屋に不気味に響き渡る。


「金属のおいしさを、ぼくを、あぶらを?……清めてくれるんだ?」


そう呟きながら、銀色のスプーンを舐め回す大人の姿。それは、いかなるサイコホラー映画の怪物の登場シーンよりも、圧倒的な「意味の欠落」を孕んだ、吐き気を催すほどの異様な光景だった。


父のこの「アンチ木製品」のテロルは、大人の世界だけに留まらず、当時小学生だった私の領域へも容赦なく侵入してきた。

ある日、私の勉強机を検分しに来た父は、筆箱の中に並んでいた数本の鉛筆に目を留めた。その瞬間、彼の顔面が、怒りと嫌悪によって赤黒く膨れ上がった。

父は叫んだ。


「ちがいましたか?こんな、毒の塊を部屋に置いているんだ!あきらめなさい!やめなさい!お前はこれからしぬんだ!ウッ!ハッ!ウッ!ハッ!ウッハッ!あーらあっちゃおー!あじしちゃおー!おられなっきーで!らぶまっしーん!らっ!れぼりゅーしょん!てんてぃーあん!ふっふーっ!!!!!!」


父は叫びながら、私の目の前で、削りたての鉛筆を一本ずつ、その太い指先でバキバキと、容赦なくへし折っていった。


「鉛筆は木でできている!しばらく?握れば?皮膚からぷちゅぷちゅぷちゅっと吸収される!今すぐ鉛筆を捨てろ!さあ!鉛筆を捨てろ!謝れ!……え、何でお前鉛筆を捨ててんの?ぼくの金で買った鉛筆を捨てるんじゃねえよ!……え、何でお前鉛筆をふでばこに戻してんだよ!地球が危ないって時に!鉛筆を捨てろ!……え、何でお前鉛筆を捨ててんだよ!……美賀子!こいつ泣いてる!面白い!泣け泣け!どうしたらいいかわかんないんだろ!どうすればいいですかって聞けよ!……おう、教えてやるよ!自殺しろ!じっさつっしろ!じっさつっしろ!はいじさつ!じさつ!じさつ!じさつ!ひょうーーーーーー!!!!!!……あー面白かった!感動した!」


私は叫んだ。


「母さん!助けて!」


母はこう返答した。


「自己責任。わたし英語喋れるから英語でゆうね!アムアムアペン!ジッシーザエッポウ!ハーオーダーユー!アンファンツェンキューッ!……自殺しなさいって意味よ……泣いてる!こいつ馬鹿だからな!英語わかんないから泣いてる!アンハンセンキュウッ!エンジュウッ!……死ねって意味よ!」


次の日。

学校の教室で、私は周囲の友人たちが鉛筆を使ってノートに文字を書く音を聞きながら、一人、冷たい金属製のシャープペンシルを握りしめていた。


周囲の小学生たちは、私の筆箱の中に鉛筆が一本もないこと、そして私が妙に大人びた、しかしどこか歪んだ道具を使っていることを、不思議そうな目で見ていた。


彼らは知らないのだ!


私の家では、鉛筆を一本持っているだけで、人生そのものをへし折られるだけの「生の狂気」が、日常のすぐ裏側で牙を剥いて待ち構えているということを!


……この話に、もちろん、劇的なオチや、因果応報に満ちた結末などというものは存在しないぜ。


父の思いつきで始まった箸の粛清は、ある日、彼がまた別の「新しい狂気のルール」を思いつくことによって、霧が晴れるように、何事もなかったかのように立ち消えていった。


発狂して会社を追われた社員たちが救済されることもなければ、父が自らの過ちを反省して涙を流すこともない。ただ、理不尽に破壊された人々の残骸だけが、そこに、静かに取り残された。


あれは、小学生時代の、あの日に起きた、単なる一コマに過ぎない。


そこには、動機もなければ、教訓もない。


ただ、圧倒的で、純粋で、何の混じり気もない「生の狂気」が、そこに厳然として存在していた。


その狂気の匂いと、父がしゃぶり続けていた金属スプーンの冷たい光、そして、鉛筆がへし折られる瞬間のあの乾いた木の悲鳴は、何年経とうとも、私の脳髄の最も深い場所に、消えない傷跡として刻まれ続けているのである……


息子への教育を怠り、カネで何でもかんでも解決して、社会をキャバクラ扱いした祖父と、あらゆる他人を金で殴って楽しむ対象としてキャバ嬢扱いした父と、その2人から殴られながらもカネをもらうことをひけらかすホスト狂いのような母は、やはり大悪人だと思う。


祖母と弟は、私を気遣った。

親身なケアが、そこにはあった。


だが。


今日に至るまで、それ以外の親族(ぶたやろう)たちからは、無視されている。奴らから反省の色は見られないし、なんなら、暇さえあれば「カネにならないなら、自殺しちまえよ」と手書きのおたよりを送りつけてくる始末。カネ、カネ、カネ、カネ。……呆れるばかりだ。


そうだよな。生きていく上でカネは必要だもんな。

これ以上生きていたくないのに、そんな人に対して、カネ、カネ、カネ、カネと連呼するのは、結構、相当な拷問だよ。


もう、楽しいことがひとつもないから生きていたくないのに、自分の生きる楽しみを捨てて、カネのために生きるか、今すぐ死ねと迫る、瀧源(タキゲン)と名のついた、鬼畜以下の親族たち。


呆れた。


呆れたんだよ、私は。


もう、今日で「鬱」は終わりにする。


今日から、勝手に生きることにする。


次の世代に伝えることを伝え次第、私は直ちに死ぬ。


それが私の、ささやかな、後ろ向きの「熱血」だ。

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