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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
閑話 私塾サイド(白戸サブロー)
123/155

青い未確認飛行物体

 電車と地下鉄を乗り継いで一時間。

 実はシティムとグレイツロープ間の距離はかなり近い。

 午後の七時に、小兵地上級私塾の教師である白戸サブローと、その元教え子である園咲リオンは、賀集技術ストノーセン支部に戻る事が出来た。

 応接間でノートパソコンを開いたまま、賀集セックウが出迎えた。後ろには早乙女ツバメが控えている。

 どうやら仕事の最中であるらしい。

「……その様子だと、成果はなかったようだな。もっとも連絡がなかった時点で、想定内だが」

 賀集の問いを白戸は否定しなかった。

「ああ……えらい目に遭った」

「……です」

 二人は疲れ果てていた。

 その理由を、賀集は察しているようだった。

「ラヴィットと言えばアレだろう、青羽教の本部に強制捜査の件」

「正にそれにぶつかった」

「人に酔いそうでした……」

 ラヴィットの中心、ネモルドームの駅前には、多くの警官が並び、物々しい雰囲気だった。

 お陰で人の流れは滞るし、酷く動きづらかったのだ。

「あの件なら今でも、ニュースで流れているぞ」

 と賀集は液晶テレビを点けた。

 なるほど、ちょうどニュースの時間で正にその一斉摘発の報道が、流れていた。

「実は、昨日と同じ格好をした、相馬とお前の娘らしき二人組は見たんだが……確証はない」

 ソファに身体を沈めながら、白戸は言う。

 捕まえたかったのだが、この土地の人達は皆、避けるという事を知らないらしく、その間に二人は姿を消したのだ。

「結局、捕まえられなかったようだしな」

 賀集は瓶の中身をグラスに注ぐと、白戸とその隣に座ったリオンに差し出した。

 酒ではなく、ただの水らしい。

「ああ。念の為、大劇場にも行ってみたが、見つけられなかった」

 その水を一気に煽ると、次の一杯は自分で注いだ。

「そもそも、チケットがないんだろう?」

「ああ。塾名義で取っていたからな。キャンセル分はとっくに売り切れ。塾生二人が手に入れる術など、ダフ屋に頼るしかなかっただろうが、それだけの金があったとも思えない」

 白戸の言葉に、グラスを手に包んだリオンも相槌を打った。

「……どちらにしても、あの人の数では難しかったですね」

「そうだな」

「今やっているのは、『レパートと鏡の魔女』だったな。お前達が発ってから早乙女が調べたんだが、すぐ近くの野外ホールで同じ劇をやっていたそうだ」

 賀集がノートパソコンを操作し、画面を白戸らに向けた。

 なるほど、『テンニン劇団』なる劇団の公演のページが表示されている。

「そうなのか」

 白戸は、賀集の後ろにいるツバメに視線を向けた。

「はい。ただ、私が調べたのは時間的に公演終了後でしたし、白戸様達がこちらへ戻る時間を考えると間に合わないと踏んで、連絡はしませんでした」

「……それじゃあしょうがないですな」

「となると、やはり勝負は明日か」

 ふん、と賀集は小さく鼻息を上げる。

「ずいぶんと、余裕があるな?」

 昨日までの慌てふためく姿とは大違いだ。

「いや、娘の心配は今もしている。ただ慌てふためいてもどうにもならんと、今更ながらに気がついた」

「本当に今更だな……」

「大きなお世話だ」

「そういえば、お爺さんはまだ戻ってないのか」

 部屋を見渡すまでもなく、失踪した塾生、相馬ススムの祖父、相馬トドマルの姿は見えない。

「いや、既に戻って来ていて……」

 と、ちょうど両手にビニールの袋を提げた老人が、部屋に入ってきた。

「お、帰っておったか」

 老人、相馬トドマルの手に持つ袋からは、香ばしい匂いが漂ってきていた。

「……なるほど、どこに行っていたか、よく分かった」

「せっかく、食の都ドルトンボルが近くにあるのじゃし、堪能せんとの。ほれ、皆の分の晩飯も買っておいたぞ?」

 と、相馬老人は賀集の隣に座り(賀集はちょっと迷惑そうだった)、袋の中のモノをテーブルに並べていく。

 どうやらピザのようだ。それにドリンクもぬかりなく買ってある。

「いただきます。こちらは駄目でしたが、そちらの成果はどうでしたか?」

 まだ熱を持ったピザを一つ取りながら、白戸は老人に尋ねた。

「うむ、下見は上々といった所ですな。こちらの娘さんの情報から、明日張る場所は決まりましたぞい。あ、こちらがお土産になりますぞ?」

 と、老人が顎をしゃくる。

 今まで気付かなかったが、応接室の隅に結構な量の袋が積まれていた。

「……随分と、堪能されたようですね」

「うむ。相手がどこを見て回るか考え、あちこち動いたモノですからのう」

 そしてまだ空いているテーブルのスペースに、相馬老人は折りたたんだ紙を広げた。

「地図ですか?」

「うむ、シティムのじゃよ。それでまあ実際に歩いて回りましたがの、これは一日で回るのは無理という結論が出たのですじゃ」

「それで?」

「ならば、必ず行く場所を考えればよい。このシティムで外せぬ観光地、そしてユフ王の伝説と照らし合わせれば……」

「「旧王城か」」

 白戸と賀集の声が一致した。

「そういう事ですわい。単に遊び回っていた訳ではないですぞ?」

「いや、別にそんな事は思ってませんが」

「ま、楽しんだのは事実ですがの」

 カカ、と相馬老人は笑った。

「ああ、そうそう、そういえば帰り際に面白いモノが見れましたぞ」

 そして新たに懐から取り出したのは、スマートフォンだった。

 画面には、青い空に何やらさらに青い何かが映っていた。

「何だこれは」

 賀集が眉を顰める。

「未確認飛行物体、という奴ですの。せっかくなので撮影しておいたのじゃが……何か分かるかのう?」

「飛行機では、なさそうですね。有翼人……?」

 隣に座るリオンが、首を傾げた。

 鳥にしては、人のシルエットに近い。

「青い羽の有翼人なんて……」

 白戸は頭に浮かんだそれを、すぐに否定した。

「……いや、伝承には存在するが、実在はしないはずです」

「青き翼のチルミーですな。するとこれが、そのチルミーという人物ならば腑に落ちますな」

「それはないでしょう。私が知っているその話では、チルミーは千五百年前の人物です」

「あのー」

 と、ちょっと申し訳なさそうに、リオンが手を挙げた。

「どうした、リオン。何か意見があるのか?」

「いえ、その、例えばそのチルミーが、この時代にやって来たとすれば、その可能性もあるかなと」

 一笑に付したのは、賀集だ。

「何を馬鹿な事を。どれだけの寿命が必要になると思うのだ? それとも氷漬けで現代まで保存されていたとでも言うのかね?」

「あ、いえ、そうではなく、伝承だと、この人だけは途中で消えてて……」

 続きを言おうとしたが結局恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてリオンは俯いてしまった。

「……まあ、ただの思い付きです」

「コイツはこう見えて、ネーブル物理学賞の受賞者だし、そういう事もあるかもしれん」

 思い付きにせよ、白戸は元生徒の意見を否定はしなかった。

「で、です」

 嬉しそうに、リオンが頷く。

 一方相馬老人はニコニコと笑いながら、スマートフォンを自分の手元に戻した。

「ではま、貴方にこの画像は送った方がよさそうですの。研究の足しになるかもしれませんし」

「あ、ありがとうございます」

「なんのなんの。それに意外に的を外しておらぬかもしれぬしの」

「爺さんまで、何を言い出すんだ?」

 賀集が難しい顔をした。

「ラヴィットにある青羽教の本部に強制捜査が入った時間と、そこからシティムまでの距離。それに方角。それを考えてみるとこれがなかなか面白い話じゃなと思いましてのう。ま、ですが儂らの話には関わりはないですな。今の所は」

「今の所?」

「左様。何せ儂らは明日、揃ってシティムに行くのですぞ? となれば、もしかすればこの青いのの正体も分かるかもしれん、というお話になる訳ですわい。これは明日が楽しみではないですかの?」


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