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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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湖龍料理

 大通りを一つずれたその通りは、夕飯時だけあってかなりの人出があった。

 夜の暗さに負けまいと、飲食街の黄金色の灯りはとても眩い。

「結局、晩飯食う羽目になるのか」

 食べる予定がなかったのにこんな場所を歩いているのは、結局ケイの腹が鳴ったからだ。……人体の構造とか別に詳しい訳じゃないけど、コイツの胃酸は特別協力なんじゃないかとちょっと思う。

「あ、そうじゃ。甘い物は別腹じゃぞ?」

「言ってた喫茶店も、行く気かよ!?」

「旨いモノ漫遊記になりつつあるのう」

「誰のせいだ、誰の」

 と言いつつも、別に答えは期待しちゃいない。

 雑踏の中、建物から出っ張っている鉄の看板達を眺めながら、歩いて行く。

 元々アテなんてないので、店の好みは直感に頼るしかない。

「む、この店がよさそうじゃぞ」

 先に指差したのはケイだった。

 鉄の看板は楕円形で、身体の長い龍がグルリと一周しているモノだった。

 中央には店名がある。『スクエヤ』か。

「……何の店だよ、これ」

「ラヴィット名物・湖龍(こりゅう)料理とあるの」

 視線を下ろすと、建物は赤く塗装されている。

 文字で飾られた店の窓からは、大きなガラスの水槽が見えた。

 そして、そこには看板と同じ、身体が蛇のように長い龍らしき存在が何頭も泳いでいた。

「龍食うの!?」

「ふーむ、蛇か鰻か知らぬが、その亜種であろ。まさか、古の恐竜とかではあるまいて」

 ケイは既に店に駆け寄り、窓越しに水槽を眺めていた。

 僕も、窓に近付いてみる。

 よく見ると、水槽の中にいるのは水蛇か何かっぽかった。いや、でも顔は魚っぽい。

「そ、そういえば、この国のどっかの湖で、そういう噂があったよな。ナス湖だっけ」

「そのナス湖があるのが、ここラヴィットじゃ」

「……なあ、この窓に大きく書いてあるナッシーって字は」

 僕は少し店から離れ、その文字を読んだ。

 うん、ナッシーで間違いない。いくつかの単語も読める。『名物』とか『スープ』とか。

「うむ、まあつまりそういう事じゃの。一種の便乗商法じゃ」

「ちょっ、大丈夫なのかそういうの!?」

「物は試しじゃ。食うてみて評価しようではないか」

 もうケイは、入る気満々だ。

 ……他に代案も見つからないし、特に反対する理由はない。蛇とかだったらちょっと引いたかもしれないけど、そうじゃないようだし好奇心が勝った。

「ま、あんまり重いモノじゃないなら、いいんだけど……」

 後で聞いた話だが、湖龍というのはこの地に棲息する魚類の一種だったのだという。


 そして店に入って二人席で待つことしばし。

 ケイが注文を取った料理を、エプロンを羽織った恰幅のいい女将さんらしき人が持ってきた。

 湯気を立てている深い器の中には、透明なスープに白い蛇腹のような湖龍が浮かんでいる。他、赤や緑の刻み野菜が色を添えている。

 付け合わせは、固めのパンが一つ。

「……煮込み料理か」

 スプーンは先端がフォークのようになっており、湖龍を刺す事も出来るようだ。

 先端で突くと、湖龍の身体は思ったり骨からあっさり離れる。その肉の一つ一つが、弾力を持っていた。

「スープが澄んでおるの。珍しい気がするのじゃ」

「この土地、何かクリーム系とか多いイメージだからなぁ。ああ、でもドルトンボルで食べた子ひつじ入りのはコンソメだったか」

「ふむ、塩味じゃの。よい出汁が出ておる」

 僕が思い出している間にも、もうケイは食べ始めていた。

 僕もスプーンで掬って飲んでみたが、あっさり目で飲みやすい。

 これならスルスルと一杯、終わらせられそうだ。

「主食がこのスープで、ご飯代わりにこのパンを漬けて食うって事か。この辺もドルトンボルのに似てるな……って聞いちゃいないか」

「はふっ、ぅむ、んぐ……うむ、旨いのじゃ旨いのじゃ」

 ……ホントよく食うよなあ、コイツ。

「誰も取りゃしないから、落ち着いて食えよ。……個人的には麺が入ってもよかったなぁ、これ」

 パンは単体だと歯が痛くなりそうだけど、スープに浸すとちょうどいい。

 ただ、太照人としてはあの細長いツルツルとした喉越しが懐かしく思った。

「ご飯でも合いそうな気がするのじゃ」

 なるほど、雑炊でも合いそうな味ではある。

「湖龍はアレだな、微妙に軟骨っぽいというか、喉越しを楽しむタイプの肉だ」

 噛むと小さな弾力の後、砕ける。ゴムのような皮膜の中の肉は、白身魚のようだった。

 大きい骨も歯ごたえはあるが、そのまま食べられる。

 なんて感想を抱きながらスプーンを動かしていると、もう料理は半分食べ終えていた。

「うむ、よく煮込まれているのか、小骨もまったく気にならぬ。これはよいの。もう二杯ぐらいはいけそうじゃ」

「うん、学習能力ってのマジで憶えろ。財布の中身も有限だかんね」

「分かっておる。人間、腹八分目ぐらいがちょうどいいのじゃ」

 といって、ケイの手が止まった。

 もう完食か。

「お、経験から来る台詞はさすが、重みが違うな」

「微妙に棘がないかの、相馬さんや」

「いやいや、本気で感動しているのですよ賀集さん。これは僕の分だから、分けたりもしません」

 そんな物欲しそうな目で、僕の器を見ても困る。

「おかわりはせぬのじゃから、それぐらい大目に見てくれてもよさそうなモノではないかのう」

 僕は、手を止めた。

「……一口だけなら分けてやるから、器を出せ」

 このまま食べ終えると、しばらく恨みがましい目で見られそうな気がしたので、情けを出した。逆恨みで根に持たれるってのも相当理不尽な気がするんだけれど。

「そんな他人行儀な真似をせずとも、直接器から食べるのじゃが?」

 ほれほれ、とケイのスプーンが僕の器を寄越せと、手招きしてくる。

 が、お断りである。

「ああ、僕にも遂に未来視の能力が目覚めたか。見えるぞ、一口って言ったのにズゾゾゾゾ……ってスープを飲み干すお前の姿が」

 そして空になった器を見て、僕はへこむのだ。駄目だ、そんな未来は許容できない。

「可能性の一つじゃの。気にするでない」

「その台詞って、否定になってないよね!?」

 という訳で、最初に言った通り、一口だけ分けてやる事にした。

 微妙に不満そうだったけれど、何か言われる前に残りを全部かっ込んでやった。

 うん、いい晩飯でした。

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