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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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貸しアパートの鍵、借ります

 そして本日の宿だが、ホテルではない別の宿泊をチョイスしてみた。

 貸しアパートである。

 この辺りには、もはや贔屓となりつつあるハリストホテルがなく、さてどうしようと歩いていると、ケイがその張り紙を見つけたのだ。

 飛び込みで管理人と契約書を交わし(当然ケイに文面は確認してもらった)、鍵を預かり部屋に入って、僕達はちょっと感動した。

「これはすごい」

「妾もじゃ。てっきり、ベッド以外何もないかと思っておったのじゃが……」

 床がカーペットなのはこれまでと変わらず。

 ただ、ちゃんとベッド以外の家具がある。

 キャビネット、本棚、箪笥。

 壁に飾られている幾つもの小さな額縁……には残念ながら写真は入っていなかったけれど、それでもこれまでの宿よりずっと華がある。

 あ、いや、ハリストホテルはいい宿ですが!

 とにかくここには、生活の空気があった。

「確かうろ覚えの知識だけど、普段はここって人が住んでるんだよね。で、長期休暇の旅行中だけレンタルするとか、そういうのじゃなかったっけ……」

「その辺りの背景、よく調べぬまま、借りてしもうたからのう。掃除とかどうなるのじゃろ」

 ニット帽を脱いだケイが二つあるベッドのうちの一つに腰を下ろしながら、部屋を見渡す。そう、今日はベッドが二つあるのである(重要)!

 それはさておき、僕は管理人から預かった書類の入った薄いファイルを、ケイに渡した。

「……ちょっとこれ、目を通しといて。ホントはサインする前に、こっちも確認するものだったんだろうけど」

 ケイはペラペラとファイルをめくった。……これでちゃんと読んでるんだから、すごいよなあ。

「うむ。ま、注意事項じゃ。普通に振る舞っておれば問題なし。清掃などは後で業者がやるようじゃの」

 家具などは、傷つけないように。

 騒音厳禁、もちろん室内のモノを持ち出すことも駄目。当たり前の話である。

「そうか、ホッとした」

 ちなみに後で聞いた話になるのだが、一晩だけのレンタルはかなり珍しいかったらしい。大抵、短くても一週間、長いと三ヶ月なのだとか。


 書類の内容に安心した僕達は、ちょっと部屋を調べてみる事にした。

「この暖炉もつけてもよいとあるが」

 ケイは、小さなそれに興味津々だ。

 念入りに、と言うか当たり前なのかもしれないが、マッチも暖炉の上に置いてあった。

「……今晩寝泊まりすぐだけだし、もったいないよ。うん、我ながら貧乏性だけど。そもそもなんか、充分温かくない、ここ?」

「ま、さっきまで外におったからの」

 外は、寒さの他ちょっと風も強かった。

 そのせいもあるのだろう、単に室内というだけで、僕は今の所満足している。

 と、テーブルの上にあるリモコン類に、僕は気がついた。

 テレビとビデオ……それに。

「何だ、エアコンもあるじゃん」

「む、それはちと浪漫が足りぬと思わぬか」

「浪漫よりも安全を取りたいぞ、僕は。つか基本的にそういう人間だし」

 僕の発言に、ケイは白い目を向けた。

「……このような暴挙の旅に出た人間が言っても説得力がないの」

 それを言われると、ちょっと返すのに困る。

「ああ、うん、だからあれだ。人間我慢しすぎると碌でもないことになるっていう見本だね、それ」

「そこは、説得力があるのじゃ」

 うむ、とケイは納得したようだった。


 探索は続く。

「それにしても、箪笥にクローゼット……これまでの宿じゃ無かったから、ちょっと感動かも」

「納める服がないがの」

 キャビネットや本棚の中身、すなわち小物や書物がなかったので半ば予想していたけれど、それらも空だった。

「そこが残念! ってか、普段の住人の服はどうなってんだ?」

「嗅ぐのかや?」

「そこはせめて、着るのかレベルにして欲しかった!! どんな変態さんだ僕は!?」

「ちょっとボケてみただけじゃ。大体、こうしたレンタルをする場合、貸倉庫かどこかに預けておくのではないかの」

 ……まあ、僕は紳士だから実際、あったとしてもしないけど、よその人に着られても困るだろうしなあ。


 このアパートには風呂とトイレが一体になったユニットバスの他、もう一つ部屋があった。

 ダイニングキッチンである。

 こちらは食器類は揃っていた。

 ……いや、え、これはいいんだろうか? 他の人が使うんだけど。

 それとも、これらは部屋を開けた後、管理側が用意してくれたモノなのだろうか。そう考えてみると、ナイフやフォーク、皿類は使った形跡がないような気もする。

「ふむ、調理器具もちゃんとあるの」

 フライパンに小さな鍋、お玉に先端がフォーク状になった大きな木ベラ等々。

 それよりもケイの発言に僕は驚きだ。

「え、料理、出来るのか?」

「ふはははは」

 あっちを向いて高笑いされた。

「うん、分かった。大体把握した」

「し、失礼な反応じゃ! 大体、お主は出来るのかや!?」

 何故、そこで振り返って怒るかなあ。

「んー、爺ちゃんと交代で家事やってるから一通りね」

 自称引き籠もりよりは、出来る自信があった。

「ぬう、そのドヤ顔はすごくムカつくのじゃ! ならば今宵、それを証明してみよ!」

「って、さすがに無茶だろ。商店街の場所も分からないし……この辺りでスーパー見つけるのもなぁ。それに別に腹、減ってないだろ」

 いやでも、貸しアパートがあるって事は、近くにそういう店もあるのか?

「うむぅ……ここに戻ってくる頃には腹が空いておるやもしれぬぞ?」

「ま、それはあるだろうけど、そん時はまた喫茶店で明日の相談しながら軽食ってのがベストじゃないか?」

「ふむぅ……ま、それでよしとするのじゃ」

「もしくはあれだ、デリカテッセンだっけか。総菜店とかあれば、そこで買うのもいいかもな」

「む、それはよい案かもしれぬの」

 食べ物の話には食いつきのいいケイである。


 そして、ユニットバスだが……。

「歯ブラシ歯磨きはさすがにないな。その辺は買う必要がある、か……?」

 ホテルの時は二人部屋だったから、人数分用意してあったけど、こうしたアパートだとやっぱりそれは望めなかったようだ。

 タオルは一応ある。

「余計な買い物になりそうじゃのう。やはりスーパーは、押さえておく必要があるのではないかの?」

「うーん……まあ、見つけたらそれで。なかった場合は途中で見たコンビニで何とかしよう」

「思ったよりも、出費が大きいの」

「ま、これぐらいはいいさ。残り一日。何とか余裕を持って終わらせられる」

 最初はどうなることかと思ったけど、ブックメーカー様々な旅だ。

「ならばよしじゃ。ではゆくとしようではないか」

 結論が出て、僕達は再び、外に出る事にした。

 次の目的地は、市立の歴史博物館である。

 ……真面目に勉強してるよなあ、僕。

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