楽屋へお伺い
劇が終わり、僕達はホールの裏手にある通路を歩いていた。
手に持つ花束は、さっきの屋台通りに便乗する形で商売していた、ワゴン花屋さんで購入したモノである。
「……思ったよりも、警備が厳重だよな」
振り返ると、入り口には後ろで手を組み直立不動の態勢を取っている、青い制服の警備員がいる。
「大劇場の時といい、お主の進路希望は盗人か何かなのかや?」
ケイが疑わしげな目で、僕を見上げてきた。失礼な。
「それはそれで、こう、お前の伝手で警備装置のテスターとかで雇ってくれると助かるんだけど。という戯言は置いておいて、いや野外ホールにも警備員がいるとは思わなくってさ。劇団のじゃなくて、このホールが雇ってるんだろうね」
「じゃろうの」
劇の裏はどうなっているか分からないけれど、てっきり外に皆で集まるようなタイプだと思っていたのだ。まったく勝手かつ失礼な想像だった。
どうやらちゃんとした控え室もあるらしい。こうして僕達が歩いている通路も、劇や建物の関係者が忙しく行き来している。
「とまれ、言うてはみるもんじゃ。他の出待ちファンと一緒に扱われると思うたのじゃが」
「うん、それは僕も駄目元だと思った」
なお、結構な出待ちの人がいた。……テンニン劇団、結構人気があるんだなあ。
「事前に、案内人の女史が話を通してくれていたそうじゃ。まあ、駄目ならスタッフに花を託すだけじゃったがの」
劇団の控え室をノックして、中に入る。
更衣室は別にあったようで、鏡前のパイプ椅子に座るソアラさんはセーターにジーンズという私服らしい格好に着替えていた。
他の役者達も皆もう、着替え終わり思い思いの態勢で寛いでいる。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます。どうでしたか?」
僕から花束を受け取り、ソアラさんは微笑んだ。
「月並みですけど、素晴らしかったです」
「うむ、言葉の分からぬススムでも楽しめたようじゃから、本物じゃと思うぞよ」
「一言多い」
軽く、ケイの後頭部をはたく。
まったくコイツと話していると、普段の会話がコントみたいになってしまう。
「それはよかったです――」
ソアラさんはニコニコ顔のまま、後半を蒸語で喋り出した。
すると、周りの役者達の反応は、笑った人が半分、びびった人が半分といった割合だった。
「……ケイ、ソアラさん今、何て言ったの?」
「海外進出しても問題なさそう、と」
「うん、そりゃ周りも仰天するよね」
役者の人達は、僕達に気を利かせてパイプ椅子を持ってきてくれた。
おまけに香茶まで差し出された。……いや、午前中ガイドしてもらっただけの僕達が、こんな歓迎を受けていいんだろうか。
「この公演っていつまでやるんですか?」
「うちは二週間ですね。ただ、明日は私、出ないんですけど」
僕の問いに、ソアラさんはサラッととんでもない答えをくれた。
「……主演、ですよね?」
やばい、ちょっと自分の口元が引きつるのが分かる。
「はい。ただ、これに関しては最初から皆に話を通してあるんですよ」
「うむ、ポスターにも注意書きがあるの。それと確か、ネットの方にも注意がされてあったはずじゃ」
ケイが、壁に貼られた今回の公演のポスターを見て、確かめてくれた。
「まあ、私目当ての人とかあまり……っていうと、ファンの人には悪いんですけれど」
クスクスとソアラさんは笑うけど、いや、あの、後ろのテーブルに積まれている差し入れの山って全部、ファンからのですよね?
「だ、代役とか立てているんですか?」
「はい。劇の企画段階からそれはもう。ああでも、彼女の方が人気が出たらそれはそれで複雑なんですけどね」
と、ソアラさんは困ったような事を、全然困った様子もなく言う。
「本当は明日も出たかったんですけれど、どちらも重要ですから。それに、明日はあっちで人生掛かった勝負ですからね」
なんて呟き、遠い目をしていた。
「……何ですか、お見合いか何かですか?」
「オミアイ? ……ああ、違います! 確かにそれも、人生掛かってそうですけど! 別件のイベントがありまして、そちらに首を突っ込んでいるんですよ。そちらは裏方なんですが」
彼女は慌てて手を振り、見合いを否定した。
……ガストノーセンではお見合いって風習はないのだろうか。
ともあれ、学生と、案内人と、劇団員と、それに他にも……ソアラさんは忙しい身の上のようだ。
「色々やってるんですねぇ」
「はい」
そんな話をしていたら、ノックの音がして背広姿の青年が顔を覗かせた。
そして、蒸語で何やらソアラさんに話し掛けてきた。
……マネージャーさん、だろうか?
「あ、もうそんな時間ですか?」
「じゃあ、僕達もこれで」
いい頃合いだな、と僕もケイと一緒に席を立った。
「はい。今日は来て下さってありがとうございました」
「いやいや」
控え室を出て、出口に向かう。
「ずいぶんと静かだったじゃないか」
途中から、ほとんどケイは無言だったが、何か気に入らない事があったとか、そういう様子でもなかった。
やたらキョロキョロして、落ち着きはなかったけど。
「うむ。ちと色々と気になっての」
「何が」
「あの演劇集団、どうやら本業は別にあるらしいのじゃ」
「ああ、つまり劇だけじゃ食べていけないって事? ……素人目で言わせてもらうけど、充分お金取れると思うけどなあ」
ただ、劇団員でありながら本業を持っている人、というのは何というか、多いと聞いた事がある。
「その辺の事情は知らぬが、皆別に仕事は持っているようじゃった。ソアラ女史は大学生というからまあ、分からぬでもないが、それでも腑に落ちぬ」
「……うーん、別の仕事をしながら、二週間の公演ってのは確かに不自然かもしれないなぁ」
単発での公演なら有りかもしれないけれど。
なら、と僕は別の可能性を提示してみる事にした。
「社会人といっても、皆アルバイトって可能性は? それなら多少、スケジュールの調整も出来るだろ」
「ふむ、それはあるやもしれぬが、あそこにあったスタッフジャンパーの類がちと気になっての」
言われてみれば控え室には、幾つもハンガーをぶら下げる、キャスター付きの鉄棒の親戚みたいなのがあったのを思い出した。
それにしてもよく見てるなあ。
「まさか、お前んとこの親がやってる会社の社員とか?」
「その発想はなかったのじゃ!?」
「何だ、違うのか。むしろ僕はそこでそんなに驚かれるとは思わなかったぞ」
「ただ、お主も知っておるはずじゃ。ソルバース財団だったのじゃ」
「……あの、ソルバース財団?」
最近見たのは、確かイフの魔導学院跡だったか。
何やら作業をしていたのが、財団の人達だったはずだ。
丸い卵を温めるように身体を丸めるドラゴンの模様……あれ、龍?
「その、ソルバース財団じゃ」
「……実は、事業の一種として劇団運営しているとか。ポスターに協賛とかあったりしないか?」
そう、財団は確か福祉関係にも出資していたはずだ。
「うむ? ……おお」
通路に貼られているポスターにケイは足を止め、小さく叫ぶ。
どうやら、書いてあったらしい。
「何だ、問題は解決したじゃないか」
「うむ、その点は腑に落ちたのじゃ。ただ……もう一つあっての」
ケイは腕組みして、唸った。
「うん」
「さっき、ソアラ女史に声を掛けた、マネージャーらしき人物の」
「あれが、どうかしたのか?」
「彼女を、総帥と呼んでおった」
…………。
ちょっと、間が出来た。
「……何かの、聞き間違いじゃないか?」
「うむ……そうかもしれぬのう……」
ごめん、宿まで行けませんでしたわ。




