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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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楽屋へお伺い

 劇が終わり、僕達はホールの裏手にある通路を歩いていた。

 手に持つ花束は、さっきの屋台通りに便乗する形で商売していた、ワゴン花屋さんで購入したモノである。

「……思ったよりも、警備が厳重だよな」

 振り返ると、入り口には後ろで手を組み直立不動の態勢を取っている、青い制服の警備員がいる。

「大劇場の時といい、お主の進路希望は盗人か何かなのかや?」

 ケイが疑わしげな目で、僕を見上げてきた。失礼な。

「それはそれで、こう、お前の伝手で警備装置のテスターとかで雇ってくれると助かるんだけど。という戯言は置いておいて、いや野外ホール(こっち)にも警備員がいるとは思わなくってさ。劇団のじゃなくて、このホールが雇ってるんだろうね」

「じゃろうの」

 劇の裏はどうなっているか分からないけれど、てっきり外に皆で集まるようなタイプだと思っていたのだ。まったく勝手かつ失礼な想像だった。

 どうやらちゃんとした控え室もあるらしい。こうして僕達が歩いている通路も、劇や建物の関係者が忙しく行き来している。

「とまれ、言うてはみるもんじゃ。他の出待ちファンと一緒に扱われると思うたのじゃが」

「うん、それは僕も駄目元だと思った」

 なお、結構な出待ちの人がいた。……テンニン劇団、結構人気があるんだなあ。

「事前に、案内人(ガイド)の女史が話を通してくれていたそうじゃ。まあ、駄目ならスタッフに花を託すだけじゃったがの」


 劇団の控え室をノックして、中に入る。

 更衣室は別にあったようで、鏡前のパイプ椅子に座るソアラさんはセーターにジーンズという私服らしい格好に着替えていた。

 他の役者達も皆もう、着替え終わり思い思いの態勢で寛いでいる。

「お疲れ様です」

「ありがとうございます。どうでしたか?」

 僕から花束を受け取り、ソアラさんは微笑んだ。

「月並みですけど、素晴らしかったです」

「うむ、言葉の分からぬススムでも楽しめたようじゃから、本物じゃと思うぞよ」

「一言多い」

 軽く、ケイの後頭部をはたく。

 まったくコイツと話していると、普段の会話がコントみたいになってしまう。

「それはよかったです――」

 ソアラさんはニコニコ顔のまま、後半を蒸語で喋り出した。

 すると、周りの役者達の反応は、笑った人が半分、びびった人が半分といった割合だった。

「……ケイ、ソアラさん今、何て言ったの?」

「海外進出しても問題なさそう、と」

「うん、そりゃ周りも仰天するよね」

 役者の人達は、僕達に気を利かせてパイプ椅子を持ってきてくれた。

 おまけに香茶まで差し出された。……いや、午前中ガイドしてもらっただけの僕達が、こんな歓迎を受けていいんだろうか。

「この公演っていつまでやるんですか?」

「うちは二週間ですね。ただ、明日は私、出ないんですけど」

 僕の問いに、ソアラさんはサラッととんでもない答えをくれた。

「……主演、ですよね?」

 やばい、ちょっと自分の口元が引きつるのが分かる。

「はい。ただ、これに関しては最初から皆に話を通してあるんですよ」

「うむ、ポスターにも注意書きがあるの。それと確か、ネットの方にも注意がされてあったはずじゃ」

 ケイが、壁に貼られた今回の公演のポスターを見て、確かめてくれた。

「まあ、私目当ての人とかあまり……っていうと、ファンの人には悪いんですけれど」

 クスクスとソアラさんは笑うけど、いや、あの、後ろのテーブルに積まれている差し入れの山って全部、ファンからのですよね?

「だ、代役とか立てているんですか?」

「はい。劇の企画段階からそれはもう。ああでも、彼女の方が人気が出たらそれはそれで複雑なんですけどね」

 と、ソアラさんは困ったような事を、全然困った様子もなく言う。

「本当は明日も出たかったんですけれど、どちらも重要ですから。それに、明日(あっち)はあっちで人生掛かった勝負ですからね」

 なんて呟き、遠い目をしていた。

「……何ですか、お見合いか何かですか?」

「オミアイ? ……ああ、違います! 確かにそれも、人生掛かってそうですけど! 別件のイベントがありまして、そちらに首を突っ込んでいるんですよ。そちらは裏方なんですが」

 彼女は慌てて手を振り、見合いを否定した。

 ……ガストノーセン(ここ)ではお見合いって風習はないのだろうか。

 ともあれ、学生と、案内人と、劇団員と、それに他にも……ソアラさんは忙しい身の上のようだ。

「色々やってるんですねぇ」

「はい」

 そんな話をしていたら、ノックの音がして背広姿の青年が顔を覗かせた。

 そして、蒸語で何やらソアラさんに話し掛けてきた。

 ……マネージャーさん、だろうか?

「あ、もうそんな時間ですか?」

「じゃあ、僕達もこれで」

 いい頃合いだな、と僕もケイと一緒に席を立った。

「はい。今日は来て下さってありがとうございました」

「いやいや」


 控え室を出て、出口に向かう。

「ずいぶんと静かだったじゃないか」

 途中から、ほとんどケイは無言だったが、何か気に入らない事があったとか、そういう様子でもなかった。

 やたらキョロキョロして、落ち着きはなかったけど。

「うむ。ちと色々と気になっての」

「何が」

「あの演劇集団、どうやら本業は別にあるらしいのじゃ」

「ああ、つまり劇だけじゃ食べていけないって事? ……素人目で言わせてもらうけど、充分お金取れると思うけどなあ」

 ただ、劇団員でありながら本業を持っている人、というのは何というか、多いと聞いた事がある。

「その辺の事情は知らぬが、皆別に仕事は持っているようじゃった。ソアラ女史は大学生というからまあ、分からぬでもないが、それでも腑に落ちぬ」

「……うーん、別の仕事をしながら、二週間の公演ってのは確かに不自然かもしれないなぁ」

 単発での公演なら有りかもしれないけれど。

 なら、と僕は別の可能性を提示してみる事にした。

「社会人といっても、皆アルバイトって可能性は? それなら多少、スケジュールの調整も出来るだろ」

「ふむ、それはあるやもしれぬが、あそこにあったスタッフジャンパーの類がちと気になっての」

 言われてみれば控え室には、幾つもハンガーをぶら下げる、キャスター付きの鉄棒の親戚みたいなのがあったのを思い出した。

 それにしてもよく見てるなあ。

「まさか、お前んとこの親がやってる会社の社員とか?」

「その発想はなかったのじゃ!?」

「何だ、違うのか。むしろ僕はそこでそんなに驚かれるとは思わなかったぞ」

「ただ、お主も知っておるはずじゃ。ソルバース財団だったのじゃ」

「……あの、ソルバース財団?」

 最近見たのは、確かイフの魔導学院跡だったか。

 何やら作業をしていたのが、財団の人達だったはずだ。

 丸い卵を温めるように身体を丸めるドラゴンの模様……あれ、(ドラゴン)

「その、ソルバース財団じゃ」

「……実は、事業の一種として劇団運営しているとか。ポスターに協賛とかあったりしないか?」

 そう、財団は確か福祉関係にも出資していたはずだ。

「うむ? ……おお」

 通路に貼られているポスターにケイは足を止め、小さく叫ぶ。

 どうやら、書いてあったらしい。

「何だ、問題は解決したじゃないか」

「うむ、その点は腑に落ちたのじゃ。ただ……もう一つあっての」

 ケイは腕組みして、唸った。

「うん」

「さっき、ソアラ女史に声を掛けた、マネージャーらしき人物の」

「あれが、どうかしたのか?」

「彼女を、総帥と呼んでおった」

 …………。

 ちょっと、間が出来た。

「……何かの、聞き間違いじゃないか?」

「うむ……そうかもしれぬのう……」

ごめん、宿まで行けませんでしたわ。

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