太照語訳・レパートと鏡の魔女
野外ホールから少し離れ、僕達は公園の中心に移動した。
大きな通りに面して、幾つもの露店が並び、人々が行き交っている。
いい天気だし、芝生にレジャーシートを敷いて、そこで食べている家族連れやカップルがいくつも見られた。
「なんかこの旅、食べてばかりのような気がするな」
露店の通りを歩きながら呟くと、ケイも頷いてきた。
「おそらく気のせい……と言いたい所じゃが、言われてみれば確かに言えてるのう」
「……あれだけ痛い目に遭って、なお食を求めるお前の食い意地に、僕はちょっとした感動すら憶えるよ」
「ふ、妾も学習能力はあるのじゃ。食べ物を持っている時には、動物に近付かない! 食べられる量だけ買う! どうじゃ!」
「うん、えらい。えらいけど、多分それ当たり前の事だと思うんだ」
頭でも撫でてやろうかと思ったが、手で叩かれそうだからやめておく。
「むむむぅ……そういうモノかや」
さて、と僕達は足を止めた。
これだけ露店が多いと、正直困る。
フランクフルト、ホットドッグ、ポップコーン、色とりどりのドライフルーツ、フルーツを搾った生のジュース等々。
「しかしそうなると、迷うのう。結構、よい露店が出ておるではないか」
「行列で判断するのも何だけどさ、多分長蛇の列が出来てる店が、味のいい店なんだろうな。もしくは有名な店か」
そんな店がいくつか見受けられる。
看板も洒落ていて、屋台専門の有名処なのかもしれない。
「であろうのう。妾としてはあのけばぶというのに興味津々なのじゃが……今回は諦めた方がよさそうじゃの」
看板だけは見えるけど、うん、人の数がザッと百人は超えている。
空腹は最大の調味料と言うけれど、状況にもよるだろう。
「これは僕の想像だけど、あの連中は劇じゃなくてこの屋台そのモノが目的だと思う。あれ並んでたら普通に開始時間に間に合わないぞ」
「言われてみればこれは、屋台のイベントじゃの。向こうに大きな看板があるのじゃ」
ケイが指した先にはなるほど、アーチ状の入場口があった。
僕達は野外ホールの方から来た訳だけれど、こっちは裏手側だったようだ。まあ、こちらから入っちゃ駄目という決まりもないようだけれど。
混雑している理由は分かったとして、そうなるとどこに行くかは絞れてくる。
「……じゃあ、まあなるべく混んでない店を選ぼう。ドリンクは最悪、自販機でいい」
「うむ。あ、炭酸入りの水は駄目じゃぞ。タダの泡のくせにあれ、何であんなにまずいんじゃろうの?」
なお、作中これまで言及はしていなかったけれど、割と初日からケイはこれを主張していたりする。
「……舌を刺激する何かなのかなあ。まあ、僕達の味覚には合わないけど、こっちじゃむしろあれがスタンダードだっていう」
正直僕も苦手だけれど、こういうのは国の味という奴だろう。ずっと炭酸抜きの水を飲み続けてきた僕らなので、違和感を覚えてもしょうがない。
「うむ」
数分後。
「……そして結局、無難なポップコーンとソフトドリンクに落ち着いたのであった。まる」
まったく待たずにそれらを買い、僕達は野外ホールの指定の席に座っていた。
ちなみに入場口の横には劇団員がやっていた売店もあり、そこでパンフレットも購入済みである。
それにしても……ソアラさん、すごくいい席をくれたモンだ。前から五番目、ほぼど真ん中だ。
「ポップコーンというのは、匂いも控え目、食べても音があまりならないという、正にこうした劇場にはうってつけの食べ物なのじゃ」
「何より、あまり腹が膨れないのがいいね。ちゃんと晩飯も食べられる」
「基本、ほとんど空気じゃからのう」
はむはむと、ケイの小さな手が大きなカップに盛られたポップコーンを掴んでは、口に運んでいく。
「……いや、まだ食うなよ。始まる前に無くす気か」
しかも塩味のポップコーンは喉が渇き、つまりドリンクも進む。
……トイレに行きたくなったらどうするのだ。
「で、ひとまず落ち着いた所で、一つ大きな問題が存在する」
「うむ、言うてみるがよい」
「今更だけど、言葉が分からない」
本当に今更というか、まあもはや言わずと知れた事実である。
「うむ。じゃが劇の最中に通訳しては、周りに迷惑極まりないの」
「という訳で、筋だけでも予習しておきたいと思う。そうすりゃ言葉分からなくても、多少は楽しめると思うんだ」
幸いな事に、内容に関してはパンフレットに概要が書かれている。いや、書いてなきゃパンフレットの意義が問われるんだけど。
ケイはパンフレットを開き、内容に目を通してくれた……読むの早いなあ、コイツ。
「大劇場のように、翻訳機があればのう。まあよい。今回の『レパートと鏡の魔女』は名前の通り、主役はレパートじゃ。敵役は銀の魔女。さらにその黒幕として青き翼のチルミーがおる。もっとも、伝承によればチルミーはレパートと本格的に絡む前に、既に旅立っておるそうじゃから、この辺りが創作じゃの」
読み終わり、ケイはパンフレットを閉じた。
説明は以下の通りだ。
話の筋としては鏡の城でのメインヒロインが鏡の魔女ミラ。彼女にとって至高の存在であり立場的には愛人であるチルミーは常に憂鬱で、これに娯楽を与えようと音楽や踊りで楽しませようとする。
そんな彼が珍しく興味を抱いた存在、それがレパートだ。
ミラはレパートに嫉妬を覚え、暗殺を試みる。
一方城の外でのメインヒロイン、レパートは有翼人達の仕打ちに耐えながらも健気に生きている龍の娘。
ミラが与える過酷な試練を乗り越え、追っ手の手から逃れ、『約束の友』の来訪を待ち続ける。
山場となるのは宴のあったあの森で、ついに追い詰められる。
しかしそこで『約束の友』が仲間と共に現れ、レパートの命は助かる。
ミラと有翼人を相手に、龍人レパートとその仲間の反撃が始める。
そして、レパートとミラは討たれ、空からチルミーが降臨。倒れたミラを抱え、空へと昇っていく。
一方レパートは翼を持たない仲間達と、地を歩んでいく……というのが、大筋らしい。
……うん、我ながら説明が下手だ。
ケイから聞いた時は、なかなか面白そうだと思ったんだけどなあ。
あ、もちろんさっきも断った通り、多くの伝承に伝わってるチルミーやレパートの逸話とは時系列が大幅に異なっていますので、ご注意下さい。ケイも言った通り、創作です。
ともあれ、内容は大体把握出来た。
「で、このレパート役がソアラさんと。何というか、すごい複雑な気分だ」
「午前中の案内人さんじゃからのう」
僕達が話している内に、周りの席は全部埋まっていた。
すぐ近くで同じ劇をやっているのに……という心配はまるで杞憂に終わった、満席ではないのだろうかこれ。
そして、スピーカーからブザーが鳴った。
「お、そろそろ始まるか」
「うむ、集中集中。芝居の最中は妾に話し掛けるでないぞ」
緞帳が上り、舞台が現れる。
内容に関しては、上に述べた通り。
主演のソアラさんを始めとした皆の熱演に、僕達二人としては、大変満足出来た一時間半だった。
多くを語るのは野暮というモノなので、もしもこの本を読んでガストノーセンに興味を持ち、訪れる方がいれば、テンニン劇団の公演スケジュールを事前に調べておく事をオススメします。




