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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第四章 有翼人の峡谷・ラヴィット
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大人しい青羽教と鏡の魔女

「彫刻が多いの」

 通路に並ぶそれらを眺めながら、ケイが感想を漏らす。

 多分、見る人が見ればここで一日過ごせるんだろうなあ、と僕も思う。残念ながら、そんな芸術眼を僕は持っちゃいないけど。

 ただ、それらの出来がどれも優れている事ぐらいは分かる。

「そういえば最初のレパートの石像はすごかったけど、あれが特別って訳じゃないのかな」

 なんて呟いていると、ソアラさんが教えてくれた。

「あれはあれで、職人の手による見事なモノですが、この地の有翼人自体が優れた石の彫刻家を多く輩出しているんです。これは岩肌を住処にしているから、と言われていますね。一方木を根城にしている有翼人は、木の彫刻を得意としています」

「なるほど、生活と密着しているのか」

「古い時代は、そうした彫り物を生業としたモノも多いというお話です。現代でも、その伝統工芸は受け継がれているんですよ」

「ふむ……そうした工芸品が、この博物館の最後の売店辺りで売られていると」

 ケイが、指を通路の先に向けた。

「その通りです」

 ソアラさんが苦笑する。……本当に、売店があるのか。

「そして、そうした職人の技術によって作られた逸品の一つが、こちらになります……静かにして下さいね。今、お祈りの最中ですから」

 通路を抜けて、広い部屋に出た。

 長方形のホールだ。規模は私塾の体育館程度だろうか。

 部屋の隅に展示品が並んでいるが、特に目立つのは右手にある壁掛け(タペストリー)の前に跪く、有翼人達の姿だった。

 年齢は老若男女問わず、と言いたい所だが、比較的女性が多いようだ。わずかながら、人間や獣人も混じっている。

 少し離れた所から、目を凝らしてみると……壁掛けには、青空を飛翔する青い羽の美青年とその他有翼人が織られていた。

「これは……?」

 僕は小声で、ソアラさんに尋ねた。絵の主題は分かるが、祈っているのがよく分からない。

「青き翼のチルミーを讃える壁掛けです。現在もあのように、青羽教の信者が来訪しています」

「青羽教って、あれですよね。最近ニュースになっている」

 しかし、僕には祈っている人達は、敬虔な信者以上にごく普通の市民に見えた。とてもテロとか軟禁とかするような人達には、見えない。

「……そうなんですけど、細かく分派があるんです。現在ニュースになっているのは、過激な信仰のモノで、いわゆる原理主義の派閥ですね。誤解ですべてが悪のように見なされているようですが、ただチルミーの美を純粋に尊ぶ宗派も少なくありません」

 そして穏健派というか、本来の青羽教徒が、ここで祈っているような人達という事か。

「……皆、羽の一部が青いの。流行りかや?」

「あ、ホントだ。全然目立たないのに、よく見てるなぁ」

 なるほど、有翼人達は、白や鳶色の羽のごく一部が、青色をしている。

「ふふふ、もっと褒めるがよい」

「あー、えらいえらい」

 僕はガシガシとケイの頭を帽子越しに撫でた。

「褒め方がぞんざいじゃ!」

 ずれた帽子を直しながら、ケイが叫ぶ。

「ま、大したモノだってのは本音。……ソアラさん、アレどういう事か知ってますか?」

「アレが、青羽教の証です。別に全員が染めている訳ではありません。だって、有翼人以外は羽がありませんからね。胸や帽子に青い羽根を挿してさえいれば、お仲間です。この地方だと、親切にされると思いますよ」

「ほほう」

 ケイが、僕を見上げた。

 というか、僕の懐の辺りだ。あの青い羽根は、今もちゃんとここにある。

「……持ってるけど、さすがに身につける度胸はないぞ」

 いまいち自信はないけど、多分あの青い羽根、相当にいい代物だ。うっかり信者の人に見られて欲しがられても困る。

「何でしたら、こちらにご用意してありますよ?」

 と、ソアラさんはウェストポーチから青い羽根を二本、取り出した。

「用意周到ですね!?」

「ただ、青羽教が報道で大きく取り上げられている現在、この辺り以外ではつけない方がいいでしょうね」

 なんて話をしながら、僕達は本格的に部屋の展示物を見て回る事にした。


 そして次に目に付いたのは、白い石で彫られた、等身大の女性有翼人像だった。

 年齢は二十代半ばほどだろうか、気の強そうな顔立ちをしている。

 ウェーブの掛かった髪を後ろで束ね(有翼人の女性は大体この髪型だ。束ねていないと飛ぶ時に邪魔になるらしい)、頭部の冠と豪奢なドレスを着ている所から察するに、おそらく高貴な出なのだろう。

「ガイドさんや、この女性はどういう人なのじゃ?」

 ケイも、気になったらしい。

「これはオーガストラ神聖帝国が存在していた時代のラヴィットの女主人、ミラですね。鏡の魔女とも呼ばれ、チルミーを保護……というか囲っていた人物です」

「鏡の魔女とな?」

「はい。住んでいたお城はこのイスト・スリベルではなく、もう少し西になります。ラクチョなら、それほど時間は掛かりませんよ。長らくチルミーをその城に住まわせていた女主人ですが、やがて愛人チルミーはフラッと居城を去りました。この理由は不明ですが、まあ、退屈だったのだろうというのが定説です。女主人ミラはこれを大変悲しみましたが、お城に巨大な鏡を作り、魔力を注ぎ千里眼の術を使えるようにしました。こうすれば、チルミーの姿はいつでも見られるから……というのが作った理由と伝わっています。そして、これが鏡の魔女という異名の由来ですね」

 そして、とソアラさんは付け加えた。

「彼女の逸話として有名なのは、やはりユフ一行が訪れる前の、レパートの最大の敵だったという点でしょう」

「やっぱりチルミー絡みですか?」

 最終的に、オーガストラ神聖帝国に与したチルミーと、ユフ一行に加わったという龍のレパート。ならばここで既に因縁が出来ていてもおかしくはない。

「それもありますが……言い伝えでは、鏡は対話式だったそうです。つまり知りたい事があれば鏡が答え、その姿や風景を表わすというモノですね。それでミラは、鏡に尋ねたそうです。()()()()()()()()()()()()は何かと」

「ふむ……その場合、チルミーになるのかのう?」

 くす、とソアラさんは少し困ったように笑った。

「多分、()()()()()()()()()()()、ならそうだったんでしょうね」

「……なるほど、誰か分かったのじゃ」

「え、今ので分かるの?」

 僕の驚きに、何故かケイは呆れ顔をした。

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