スリベル洞窟博物館
「左様じゃ。という事はここではお預けか」
「そうですね。それがよろしいかと」
「じゃ、保留で」
「はい。では次はこの崖を迂回する形で降ります」
と、ソアラさんは左手を指差した。
なるほど、崖はスロープ状の下り坂になっていて、このまま進むと峡谷の崖下部分に到達する事が出来るのだろう。
「確かにここは危ないからの」
うんうん、とケイがしたり顔で頷く。
「誰かさんが悪のりして、サスペンス劇場みたいな事やらかしそうだしねぇ」
「崖で犯罪告白は、投身自殺フラグなのじゃ」
「さてはグレイツロープの喫茶店で、僕がしばし席を立った隙にプリンを注文したな!」
僕が指差すと、ケイは動揺しながら後ずさった。
「な、何故それを……仕方なかったのじゃ……甘い物をもっと食べたかったのじゃ……しかし何故それを……」
「ふっ、簡単な推理ですよ。そのぽんぽこりんのお腹を見れば……って、そろそろやめようか」
「うむ、そうじゃの」
ケイもアホなポーズをやめて、素に戻った。
なお、プリンを注文したという事実はないというか、あったら普通伝票で分かるし。それと後ずさった時も、崖の縁には相当余裕があったというかなかったら、速攻でこの小芝居は中断していた。
「仲がいいですねぇ」
ソアラさんが感心したように、小さく息をついた。
「ええ、コントの相方的な意味では」
何せ、寝食を共にするのも四日目なのだ。
「妾達は、自国ではそれなりに名の知れないコンビなのじゃぞ」
「へえ、それはすごいですね」
「落ち着いてよく聞き直して下さいね、ソアラさん。要するに無名です」
そもそも、商売にした憶えもない。
ショートコントを終えた僕達は再びラクチョに乗り直し、緩やかな坂を下っていく。
崖のあちこちが段差になっており、ところどころに穴が空いている。
あれは何だろうと僕は首を傾げていたが、ケイの言葉で理解した。
「ぬ、あそこに見えるのは有翼人の集落かの?」
有翼人達は翼を持っている。だから、あんな風に崖に巣というか集落を造っているのだろう。地上には獣もいるだろうし、空を飛べるのならああいう場所の方が安全なはずだ。
「はい、そうです。ただあのコロニーも場所が場所ですし、相当古いため足場が脆くなっているので、立ち入りは禁止されています」
「残念だけど、確かにあれは人間が観光するにはリスク高すぎですよねぇ……」
行けるとすれば、ロッククライミングの技術を身につけてからの方が賢明だろう。
「レパートも、あんな感じのコロニーに住んでたのかや?」
「いえ、彼女は自分を受け入れてくれる場所を求めて各地を巡りましたが、その翼の醜さからどこからも断られました。なので、群れ単位の集落というモノはありません」
前にも聞いたけど、可哀想だなあ。
と、そこでふと、疑問が生じた。
「親は、どうしたんですかね?」
いくら龍と言っても、木の股から生まれたという事はないだろう。親がいたはずだ。
先をゆくラクチョに乗ったソアラさんは、頬に手を当てて弱った笑顔を浮かべた。
「そこは、謎のまま……というか、少なくとも伝承には載っていない部分ですね。ただ、レパートが王の供を務めた後に旅立ったのは、その親を探すためだったとかいう記録は残っています」
そこまで言うと、ソアラさんの指が峡谷の遙か向う側を指した。
「そしてレパートの住処の続きですが、実はこの峡谷の奥深くに存在していたという事ですが、それも大昔に撤去されています。故に、永久に辿り着く事は出来なくなっています。その辺りの事情は……やはり、お話が前後するので、もう少し後にしたいと思います」
「焦らされるのう」
「すみません。でも、多分すぐにお話する事になると思います」
やがてスロープも終わり、僕達は崖の底に辿り着いた。
といっても、峡谷は幅自体が相当に広いので、ちゃんと太陽の日も届いている。
……もっとも、目的の場所がそうであるという自信はなかったが。
「こちらが、スリベル洞窟博物館となります」
そう、ソアラさんが案内してくれたのは、そんな崖のそこにある大きな洞窟の一つだった。
洞窟の左右にはポールが立てられ、細長く鮮やかな緑の布がはためいている。
ポッカリと空いた黒い穴は、ここから見た感じ、明かりがあるようには見えない。
「……よ、夜中には、絶対入れない類の博物館だ」
あと、暗所恐怖症の人も確実にドン引きすると思う。
そうでない僕達でも、及び腰である。
「け、警備とかどうなっておるのかのう」
「そういえば、お二人は太照の方というお話ですが」
唐突に、ソアラさんがぽん、と手を打った。
「え、あ、はい」
「何と、この洞窟博物館には、その太照の最新警備装置が設置されているんですよ?」
「…………」
僕は、ケイを見た。
「うむ。どこの社のモノか、大体展開が読めたのじゃ」
後に聞いた話では、やっぱり賀集技術のモノでした。さすが賀集技術(宣伝)!
「あと、警備員もちゃんと常設されています。ええと、そう確か梟族や夜鷹族だそうですね」
つまり、夜行性の有翼人達が、仕事をしているという事だ。
「……荒っぽそうじゃのう」
「うん、肉食系っぽい」
ものすごい偏見だけど、僕達はこの時、被捕食者側的な怖さを感じていた。
そして、洞窟博物館に入ってみると……確かに薄暗くはあったが、思ったよりは明るかった。
照明は松明……を模した、電灯だ。
細い通路を潜るとそこは小さなホールになっており、中央には龍の石像が設置されていた。
長い首はもたげ、太い足は力強く台座を踏みしめている。両手の爪は鋭く、鱗は刃も矢も弾きそうだ。背中には二つの皮膜の羽が広げられ、尾が首とは逆向きにもたげられている。
大きさはラクチョとほぼ同程度、人が乗って飛ぶなら一人分、無理して二人と言った所か。
見上げるほど大きい……が、大きすぎるという事もない。
これが、実物大のレパートなのだろう。
「でもソアラさん、有翼人とは違いすぎますよね? 有翼人は人の姿でありながら、背中に鳥の羽です。これじゃ違う種族だって言われても、しょうがないんじゃないですか?」
「これは龍としての力を、完全に顕現させた時の姿と伝えられています。制作されたのは、王の旅が終わってからですね。ラヴィットにいた当時は、人の姿でもいられたと言われています」