第79話 思いにふける獣人
「ーー話は終わったのか?」
婆様の家を出て直ぐ、ラングレッドが岩の上に座っていた。
「聞きたかったことは聞けたよ」
「それは良かったな。お前たち、運が良いな。ヘリオスの村の住人でもない人間が入れて、婆様ーー長老と話まで出来るなんて」
そうラングレッドは言うが、実際のところただ運が良かっただけでもないだろう。
「ラングレッドの協力あってのことだ。本当に感謝してるよ」
「何のことだ?」
俺は知らないと言わんばかりの態度を見せるラングレッド。
「ありがとね」
「ありがとー!」
メアとセシルがそう言うとラングレッドは照れ臭そうに2人から目を逸らした。
事実、ヘリオスの村に入る前ラングレッドが作り出した魔防壁を俺が破壊し、ヘリオスの村の長老である婆様の元に連れて来てくれたのはラングレッドだ。
「さ、さっ! もう話は聞けたんだろ!? 次の旅にでも出かけたらどうだ?」
無論、俺たちには次の旅もある。
だが、そう焦った旅でもない。
「実はな、ラングレッド。俺たちこの村で一晩だけ泊めてもらえることになったんだ」
「なんだって!? 婆様も人が良すぎる!」
関所を通って間も無くして会った3人組の運び屋は、ヘリオスの村は閉鎖的な人間ばかりなんて言っていたが、そんなことはなかった。
もしくは、まだ俺が会っていない人間を指して言ったのか。
いずれにしても、ヘリオスの村を眺める限り平穏な生活を送る人々しか見えない。
「短い間だが宜しくなラングレッド」
「嬉しくはないけどな」
ラングレッドはしぶしぶと言った感じでそう言った。
婆様は人が良いと言うラングレッドだが、俺からしたら彼も随分人が良い。
作り出した魔防壁も、恐らくだがまだ強度は上がるだろう。
婆様の言った話ではラングレッドはヘリオスの村を守る柱だそうだ。勇者に匹敵するであろう魔力を持ち、6メートル強の魔防壁を物の数秒足らずで作り出した。
普通、国や街に張られている魔防壁とは人々から集めた微量の魔力により構築される。
無論、その人々の中には勇者やそれなりの魔力を持った者もいることだろう。国に仕える兵士も協力しているらしい。
しかし、対するラングレッドは一人。国や街に張られている魔防壁の強度とは比べられなくとも魔防壁を一人で作り出したことには変わりない。
その後、婆様に呼ばれたラングレッドを待った後、俺たちは彼に小さな古民家へ案内された。
「此処はもう使われていない家だ。一泊するくらいなら問題ないだろう」
「色々助かるよ、ラングレッド」
「ちょっと臭うけど、仕方ないわね」
確かに使われていない家独特のカビ臭さがする。
俺やメアが臭うほどだ。セシルには相当応えるだろう。
「セシル、大丈夫そうか?」
「平気だよ!」
しかし、意外にもケロリとした表情をしていた。
「セシルも手伝って!」
メアは家に付いている窓や扉を開け始めながらそう言う。と言う。
風が家の中を通り埃が舞い上がり、メアとセシルがくしゃみをする。
「相当長く使われていなかったんだな」
家の中に1つだけあった椅子の埃を人差し指で触る。
「もう4年も前に居なくなった人の家だから、埃も積もるさ」
「……ラングレッド、4年前この村が崩壊したというのは本当の話なのか?」
バタリアで会ったルイに聞いた話では4年前魔物によって崩壊したと聞いている。
だが、現にこうしてヘリオスの村は存在しており、ルイに聞いた話と矛盾してしまっている。
ラングレッドは俺たち3人をざっと見る。
「どこでそのことを聞いたか知らないが、ヘリオスの村は何度でも復活する」
そう言い残し、ラングレッドは去って行く。
「それと言い忘れてたが、夜中は外へ出ず朝まで過ごせ」
家から数メートル離れてからラングレッドは振り返り、妙な事を言い残して行ってしまった。
「なんだろうね」
「さあな、村の問題なんて関わらないのが吉だ。俺たちは今夜だけ此処で寝て、明日には出発しよう」
明日までの時間はまだ半日ほどあったが、婆様と話していた時にヘリオスの村で過ごすことも許可された。
昔から一度ヘリオスの村に訪れてみたい願望はあった為、こうして辿り着いたことは素直に嬉しい。
メアもセシルもヘリオスの村で過ごすことを快く了承してくれた。
それから、まだまだ埃だらけの家の中を3人で軽く掃除してヘリオスの村を見廻ることにした。
◇
「本当、のどかな村ね」
「ああ。何処が閉鎖的な村なんだ」
村の水田には稲が植えられており、収穫の時期も近いようだ。
その他にも幾つかの作物の栽培をしている様子も見られる。
田舎の田園風景の一部がヘリオスの村に広がっている。
「あなた達は……お客さん?」
そんなのどかな風景を眺めていると1人の少女が話しかけて来た。
警戒しているのだろうか、両手を胸の高さで合わせ持っている。
「そんなところだ」
そう言うと、ホッとした様子を見せる少女。
「私はメアよ。この子はセシル」
ニッと少女に微笑するセシル。
「勇者をしているシンだ。セシルは違うが、メアもそうだ」
「あ、あなた達勇者だったの!? ……よく、この村に入れたね」
やはり、このヘリオスの村に勇者が入るというのは考えものだっただろうか。
ルイから聞いた話だと、4年前、ヘリオスの村が魔物に襲われた時にいたのが3人の勇者だったそうだ。
魔物に指示を出し、3人の勇者達もヘリオスの村を襲ったそうだった。
少女にしてもラングレッドにしても、勇者である俺とメアに困惑そうにする様子もそうした背景から理解は出来る。
血の契約。
それは自らの血を瀕死状態の魔物に分け与える、従属儀式。
今は懐かしき、パルセンロックの洞窟にいたレベルから聞いたこと。
レベルは魔物との共存の道を模索して辿り着いた答えだと言っていたが、やはり悪に走る者たちはいてしまった。
現時点では魔物に指示を出すなんて芸当、レベルから聞いた血の契約しか思い付かない。
「ラングレッドのおかげだ」
「そう、なんだ……。私はクレア。良かったらあなた達、私の家でお昼にしない?」
「いいの!? 助かる~! 今日、朝からずっと何も食べてなくて。ね、セシル! ……セシル?」
「あ! うん! セシルお腹ペコペコ!」
セシルは自身の腹を押さえる。
いつもなら食事と聞けば飛びつくような性格なのに、一体どうしたのだろうか。
「セシル、疲れてるなら今日はもう休んでおくといい」
バタリアでは人身売買所に居て漸く解放された後、こうして今まで俺たちとずっと旅をしている。
バタリアを出発してカディアフォレスト、そして関所を通ってヘリオスの村。大した距離ではないが、魔物との連戦やセシル自身色々思っていることがあるのだろう。
「大丈夫!」
そう一言、セシルは笑顔を返す。
「まあ、あまり無理はするな。これからの旅でもし耐えられないことがあったらいつでも俺やメアを頼るんだ」
「うん!」
セシルはまだまだ子供。魔物と戦うだけの力は十分備わっているが、精神的な面は幼い。獣人となると中には物珍しがって来る人間もいることだろう。
関所を通って直ぐに会った3人組の男に見られただけで随分怯えた様子だった。
人身売買所を含めて過去に何があったが分からないが、セシルを守るのは俺の役目でもある。
「私、獣人の子好きよ。ヘリオスの村の人達は獣人という種族を私達人間と変わらない種族として見てる」
「そうよ! あなたの言う通りよ!! あ~もうっ! なんだかそう思うと、セシルを捕まえた奴らにムカムカして来ちゃった!」
「そうカッカするな。獣人を捕まえるなんて闇商売、いつか制裁が下る」
「いつかじゃ遅いのよ! 今、今下れ!」
メアはセシルのことになると言葉遣いが少々乱暴になる。
いや、セシルのこともそうだが、獣人を捕まえて売る闇商売のこと全体に対して苛立ちを見せる。
それほどメアにとって獣人は大切な種族なのだろう。
その後、俺たちはクレアの後に付いて行くことになった。




