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第78話 ヘリオスの村



さて、俺の前に立ち塞がった巨大な壁。

これが鉄より硬い鉱物ならば俺もお手上げかも知れない。

中には鉄の強度に匹敵する魔物もおり、俺も数回程度相手にしたことがあるが、流石に鉄並みの強度となると傷をつけるのがやっとだった。

だが、それももう1年以上前の話。


目の前にある魔防壁は鉄には見えない。


まず、軽く斬撃を放ってみた。

しかしビクともしない魔防壁には傷一つとしてない。


「その程度の斬撃で俺の魔防壁を壊せるわけがない。遊んでるんなら帰ってもらおうか」


「様子を見ただけだ。次で破壊する」


俺は今までの旅路の中でただ単にアスティオンを使っていたわけではない。

武器にはそれぞれの使い方があり、まずは基本となる型を覚える。

俺の場合、アスティオンを譲り受けた後、基本的なことは今は亡き父に教わった。

何故、農村生まれの父が剣の型を知っているのか疑問だったが、後々いつか来るかもしれない魔物の襲来に備えて覚えていたそうだ。

しかし実際魔物の襲来に対して父が出来たことは、かろうじて魔物に一太刀を浴びせた程度だった。

勇者でもない、国の兵団でもない。ただの農村生まれの人間がいくら剣を少しかじったくらいで魔物の相手が務まるはずもなかった。


「何だ? その構えは?」


拳は身体の中心付近で固定するように、アスティオンの剣先は背後を向く。珍しくもない、剣を持つ勇者が多くとる構え方。


ただ、俺はその構えに一つ加える。

持つ両方の手を通して、アスティオンの剣先に向って撃技のエネルギーが流れ込んでいく。

今発動中の撃技を含め、速技や守技一つあたりの技の発動時間はそれほど長く持たない。

俺が知っている限り長くて120秒ほど。


撃技のエネルギーをアスティオンに流し込んでから10秒経過。

アスティオンから放たれた斬撃は更なる斬撃を呼び寄せ、立ちはだかっていた魔防壁を容易く崩壊させた。


「な……なんだその馬鹿げた力は!?」


「馬鹿とは失礼だな。俺はただ斬撃を放っただけ」


とは言うが、俺が放ったのは破砕の斬撃と言って撃技によって加わったエネルギーが成せるもの。

初動の斬撃から僅か0.1秒毎に大きくなる斬撃。

威力は通常の斬撃を遙かに凌駕する。

一度、強力な斬撃を放つダメージよりも0.1秒毎に強くなっていく斬撃はこうした壁系には有効打だ。

ちなみに、解放した撃技は+3。


粉々に崩壊した魔防壁の残骸は光となって消えていく。


「これで村に入れてくれるな?」


「くっ! ……いいだろう、付いて来い」


改めて入った村は特別変わったものは見られない。

何処の村にもありそうな古ぼけた家や農地が見られる。

其処に暮らしている人々も皆、生活感溢れる服装ーーシンプルな無地のズボンに少しばかりベージュの色が付いた服。

ここがヘリオスの村だと言わなければ普通の村とさほど変わりはない。


「あの人、他の人と違う格好してるわね」


「たぶんこの村でも特別な人間なんだろうな」


ただ、数人ばかり周りと違う服を着ている者もちらほら。

僧侶のような格好をしている。

特別な人間ーー恐らく魔防壁を形成出来る人間の一人かもしれない。


バタリアで出会ったルイとルリカのことを思い出す。ルイとルリカは僧侶のような格好ではなかったが、服装のチョイスが独特な雰囲気を醸し出していた。


「何をベラベラと……こっちだ」


村の中を通って行き、俺たちは一際目立つ家に案内された。

よく見ると拳1つ分ほどの大きさの魔石がそこらかしこに置いてある。

そしてその奥の暖簾を上げて入ると一人の老婆。

白髪の老婆で、よほど高齢と見える。


「婆様、勝手な案内をお許しください。この者たち、何か話がしたいようで村へ入ることを許可しました」


そう言った青年は、発言内容からしてもこの村で上の立場の人物なのだろう。


「……そうかい」


皺だらけの顔に小さく見える口でそう言う老婆。

椅子に腰をかけ全体像ははっきりと確認出来ない。


「お婆さん! 勝手に入ってしまってごめんなさい!」


「お、お婆さん!? 婆様と呼べ! 婆様、この女がご無礼を!」


「ええんじゃ、ラングレッド。儂の呼び方なんぞ、何とでも呼ぶがいい」


「そうは言いますが婆様、貴方はこのヘリオスの村の長老。こんな娘っ子相手に下手に出る必要は毛頭ありません」


メアがムッとした様子で青年、ラングレッドに何か言おうとした。


「ラングレッド、この者たちは話がしたいだけなんじゃな? 国の横暴極まりない連中に比べたらそんなもの可愛いものじゃ。さあ、何を話したくて遠路遥々この村へ来た?」


聞き分けが良さそうな長老でひとまず安心した。

ヘリオスの村の住人の中には勇者にも負けず劣らずの魔力を持つ人間が結構な数いると聞いていた。

そんな村で何か反感でも買って向かって来られた日にはたまったものではない。


「ありがとう。実は俺たちは今魔王の城を目指して旅をしている」


「魔王の城!? 馬鹿かお前! 死にたがりか!?」


「ラングレッド! 少し外に出いっ!」


ラングレッドは婆様のその言葉が応えたのだろうか、何も言葉を返さず静かに場を去った。


「ーー全く、村を守る柱の一人という自覚が足りんわい。感情任せに言葉を発しても何も意味はないじゃろうに。そう、思わんか? 旅のお三方や」


「おっしゃる通りです」


メアが丁寧な言葉遣いで婆様にそう返す。

俺が見た老人の中でも、婆様の貫禄はセンヴェントと良い勝負をしている。


「その通りだ」


セシルは婆様が怖いのだろうか、ずっと俺とメアの背後にいる。


「うむ。して、先程からお主らの背後に隠れているのはどなたかな?」


尾をびくりとさせるセシル。


俺とメアが左右に移動する。


「ほうほう……獣人の子かいな。こりゃあまた、可愛らしいお客さんが来たようで」


そう婆様が言った瞬間、セシルはまた俺の背後にささっと隠れてしまう。


「ごめんなさい。この子、人見知りで」


人見知り、そうなのか。

まあセシルの今の反応を見る限りそうだろうが、少なくとも俺は割と平気な方だと思っていた。


「獣人は警戒心が強い種族じゃから仕方あるまい。そんな獣人の子がお主らといるのも何かわけがあるのじゃろう」


話すと長くなることを分かってくれたのうだろう。俺としてもその点は助かる。


「そう言うことなんだ。それより、さっき言ったことだが」


「魔王の城へ行くことじゃな。それも、何かわけがあるのじゃろうが、本当に聞きたいことが別にお主にはあるのじゃろう?」


驚いた。

この長老、まさか俺の心が読めるのか。

ヘリオスの村は築き上げた魔防壁によって返り討ちにした魔物の数は数千近いとも噂されている。

そんな村の長老だ。人の心を読めるなんて芸当やすやす出来そうな感じがしてしまう。


「そうなの? シン」


「まあ、魔王の城のことを知りたいのは山々なんだが、俺がこの村で知りたかったのはこの剣のこと。宝剣アスティオン、それがこの剣の名だ」


婆様が深い息を吐いた。


「……もしやと思っていたが、お主の持つ剣はやはり宝剣じゃったか。ーーじゃが解せぬ。どうしてこの村だと?」


宝剣、アスティオン。

この世に存在する宝剣のうちの一つとされ、そのルーツは不明のままだった。


「アスティオンが俺に教えてくれたんだ。ヘリオスの村に近づくまでずっと鳴いてる。こんな声、俺も初めて聞いたよ」


「剣が鳴く?」


「よく言うだろ? 使い続けた物には魂が宿るって」


「シンってば冗談きつい……。そんなの、ただのものの例えよ」


確かに昔の俺なら今メアが言ったことと同じようなことを思っていたかも知れない。

だが、現にその声を聞いてしまえばもう疑いようがない。

初めはただ姿を見せない魔物の鳴き声かと思っていたが、その音ーー声の発生源は今持っているアスティオンからだった。

俺に分かる言葉ではなく、鳴く、そんな表現しか出来ない。

低くも高くもなく、それでいてどこか悲しそうに鳴く声。機械音とも生物音とも言い難い。


「いんや、そうとも言えぬよ? 娘さんや。儂にも似たような経験があるから分かるのじゃが、物には元々魂があるんじゃ」


「婆様まで! ……でも、そう言われてみれば、私のピスティアもそんな気がして来た」


そう言ってメアは腰元の剣を大事そうに触れる。


「セシル、分かる気がする。セシルは武器を持っていないけれど、いつも見ていた武器は悲鳴をあげていた。怖い、悲しい、痛い……武器も生きているんだってその時知った」


また、セシルは唐突に深い事を言い出した。


「なるほどのう。獣人の感性は儂ら人間より鋭いということじゃな。獣人の子や、よく辛いことを乗り越えて来た。儂ら人間達にさぞかし恨みを持っている者たちもいることじゃろう」


バタリアの無法地帯で今だに捕まっているであろう獣人。そして今俺とメアと共に旅をしているセシルも相当人間に手痛い目に遭ってしまったことだろう。

獣人は魔物からも人間からも避けるように生き続け、その詳しい生息域や暮らしは解明されていない。

ただ、古い書物に書かれているのは人間による奴隷化によって、道具のように扱われて来た過去もあるらしい。

バタルアで初めて会った時、セシルの首に付けられていた電流リングも昔の名残。


「辛かったのう。許してくれとは言いはせぬ。じゃがこのヘリオスの村の住人たちはお主ら獣人を尊敬している」


「おばあちゃん……」


セシルが俺の背後から出てきて婆様の前に立った。

セシルは何も言わず、婆様をそうっと抱きしめた。


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