女の戦いround1
行事が立て込んで更新できませんでした…。申し訳ありません。少し長めですがお楽しみ頂ければと思います。
それと、以前すこーしだけ出てきた騎士団長の次男のお話がこちらにのせてあります。↓こちらも暇なときにでもよろしくお願いします。
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延期になっていたセシリアのお披露目の夜会がやってきた。
この夜会で主だった貴族家の当主と挨拶をし、その後は主に王城でセシリアと王太后主宰の茶会によって交流していくことになる。
その日はジルベスターから贈られたドレスとアクセサリーを身につけることになっていて、朝から侍女たちがひっきりなしに出入りしては準備をしている。侍女たちも久しぶりの夜会に、わずかながら浮き足立っている気がした。
オーラリアから連れてきた侍女の情報によると、王城での大規模な夜会は、前王太子の婚約破棄騒動以来初めてだそうだ。1年近く夜会が開かれていないことになる。
(宝石が縫い付けられているわけではないのに、金糸の輝きがすごいわ…)
光沢のある白地のドレスはセシリアの白銀の髪色に合わせてあるようだが、裾にいくにつれ、金糸の刺繍で豪華に彩られている。ジュエリーも金糸と同じシトリンが使われている。より美しく見せるためにと容赦なく絞られた腰は折れそうなほどにほっそりとした線を見せているが、セシリアからすると本当に骨の数本くらい折れそうな強さだった。か弱いはずの侍女たちに数人がかりでこれでもかと締め上げられたのだから当たり前かもしれない。
(夜会の前に酸欠で倒れそう…)
「さすがはオーラリアの真珠と呼ばれるツェツィーリア様です。ドレスのラインまでも完璧です。」
侍女たちを取りまとめる筆頭侍女にまで満足そうに言われ、「もう少し緩めに…」とは言えなかった。エスコートのジルベスターが来るまで部屋で待つように言われ、ドレスにシワをつけない小さな椅子に腰掛ける。
(結局わたくしたちの誘拐事件の黒幕は出てこなかった。)
セシリアたちを誘拐した実行犯や主犯とされた末端の貴族は捕まり、一応の終結を見た。だが、ジルベスターによると、あれしきの貴族で王城にいるセシリアまで誘拐するのは無理があるとのことだった。
一度失敗しているため、早々に騒動を起こすことはないとは思われたが、念のために未だ警備や身の回りの侍女たちの数は多い。生まれた時から高位貴族として人に囲まれる生活であったセシリアも、少々気疲れしていた。
ちなみに、誘拐騒動は早々にオーラリアの父の耳にも入り、軍派遣の書類に国王印を押そうとしたようだ。寸でのところで食い止められたが、珍しく母の取りなしすら功を奏さなかったらしい。すぐに父への手紙を書き、無事であることを報告したため、最終的にはオーラリアからリンダブルグへの貿易費を1割増しにする書簡が届いていた。しばらく影たちを見かけないと思っていたら、何故かボロボロになって最近また姿を見るようになったのも無関係ではないだろう。公爵家で血の雨が降らなかったか心配なところだ。若干変態研究家の様相を呈してきた弟が喜んでしまう。最近はより素早く効く傷薬の開発を手掛けていたが、なかなか重傷を負っても実験に付き合ってくれる人がいないとこぼしていたのだ。
ーコンコンコン
「はい。」
「ツェツィーリア、少しよろしいかしら?」
「王太后陛下。お呼びいただければ参りましたのに…」
入ってきたのは王太后だった。
「よいのです。特に緊急の用があるわけではないのですよ。」
そう言いながら、王太后はセシリアのドレスを見た。
「あらまぁ…とても似合っています。白い肌にシトリンがよく映えますね。」
「ありがとうございます。ジルベスター殿下にいただいたアクセサリーでございます。」
「そうですか。あれから何か困ったことはありませんか?」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
「ジルベスターによれば、まだ黒幕は見つかっていないと。不便をかけてしまってごめんなさいね。今日の夜会も、孫の失態から先、貴族の勢力図がかなり変動しているので読みきれない部分もあるの。今日さえ乗り切れば後はある程度わけて茶会を開くことができるのだけど。」
王太后が申し訳なさそうに言う。ここ1年ほどで心労が祟ってきており、時折り体調を崩していると聞いていた。他人ではあるが、セシリアは気の毒に思ってしまう。
そこでジルベスターが入室し、しばらく赤い顔で固まっていた。その後、王太后に声をかけられセシリアをエスコートして会場へ向かった。
先にジルベスターが入り、セシリアは婚約発表の後に会場入りして紹介されることになっている。名残惜しそうなジルベスターも、マルクを残して先に会場へ入った。
「大変お美しいです。ツェツィーリア様。」
マルクは眩しくて直視できないかのような素振りだ。
「ありがとう。でも、手加減なしで締め上げられたから骨が何本か折れたかもしれないわ。」
戯けて言えば、マルクもわずかに笑みを浮かべた。
「それはそれは。」
「ツェツィーリア様。そろそろです。」
扉を開ける騎士に声をかけられた。
「ええ。」
扉が開くと、扉のすぐ内側にいたジルベスターの腕に手を添えて2人で入場する。そこにいる全ての貴族たちがこちらを見ている。
(大丈夫。わたくしは王妃になるのです。)
自分に言い聞かせるように心の中で唱えると、ジルベスターの腕に添えていた手に、ジルベスターが組んでいる方と逆の手を乗せてきた。彼を見ると、笑顔で小さく頷かれる。セシリアも笑顔を返した。
(大丈夫。1人じゃない。)
前を向くと、ジルベスターの声が響いた。
「みな、彼女が私の妃となるツェツィーリアだ。」
彼のセリフに合わせて渾身のカーテシーをした。
「隣国の出身ではあるが、言葉も教養も申し分ない。そして、私はツェツィーリアのみを妃とし、生涯側室は設けないことをここに宣言する!」
(ここで宣言するなんて)
セシリアは驚きと共に、ジルベスターの覚悟を知った気がした。
騒ぎは起きなかったが、確実に静かな驚愕がホールに広がる。ジルベスターは数秒間をおくと、夜会の開始を宣言した。
音楽が流れ出し、ジルベスターがセシリアを連れてホールの中央で踊り出す。セシリアはデビュタントの時の国王の他は父か叔父、弟たちとしか公式の場で踊ったことはなかったが、ジルベスターとは初めてとは思えないほどに馴染んでいた。
(まるでわたくしのダンスの癖をよくご存じみたいだわ。)
1曲踊りきる。拍手と共にお辞儀をし、ダンスホールから出た。次は貴族たちとのあいさつだ。高位貴族からだが、3番目に来たのはアンゼルムに心配されながら杖をついてやってきたローザだった。着ているドレスは杖を使いやすいよう、あまりふくらみが大きくはない大人びたデザインのものだ。ローザ本人の瞳よりも薄いブルーの生地を使っているのは、贈り主の瞳の色だからか。前の時よりもふっくらと健康的な肌色になっている。
事前の手紙で、少しずつ男性の姿にもなれ、悲鳴を抑えられるようになったと書いてあった。ここに来る表情は硬いが、不自然なほどでもない。
ローザは杖をアンゼルムに渡すと、両手でセシリアの手を握った。
「ツェツィーリア様、本日はおめでとうございます。なんとかここに来ることができたのは、ツェツィーリア様のお陰です。なんとお礼を言ったらいいか…。」
そう言って花開くような笑みを浮かべた。
周りの貴族達には内容は聞こえないが、ローザがセシリアの手を握り、親しげに談笑している様子は大きな衝撃となった。そもそもローザが社交の場に出られなくなったのは王族が原因だ。次期王妃であるセシリアと友好的な様子を見せるということは、公爵家は変わらず王家に忠誠を誓うことと同義なのだから。
ローザがどこまでわかっているかはわからないが、おそらく自分の行動により、公爵家に近かった貴族達も王家との距離を縮めるだろうことは計算しているだろう。
「ローザ様、お礼など良いのです。この場でお会いできて本当に嬉しいです。」
「わたしもです。この髪飾り、お義兄様にお願いして、ツェツィーリア様と同じようにしてもらったのですよ。」
そういって、髪飾りを見せてくれた。彼女の名を表す美しいバラに瞳の色と同じ青い石があしらってある。
「とても素敵ですわね。」
「ありがとうございます。お義兄様はわたしに似合うものを探すのがとってもお上手なんです。」
満面の笑みを向けられたアンゼルムも、心なしか満足そうだ。
アンゼルムともあいさつを交わした後、ローザはまだ足が完全に杖に慣れていない為、手紙を書くことを約束しもう一度手を取り合ってから、締まりのない顔のアンゼルムに抱かれるようにして退出して行った。
貴族達とあいさつを終えるとさすがにセシリアも疲れを覚えた。特に顔と名前を一致させながら口では頭の中で事前に覚えた情報と照らし合わせるというのは、長時間やるにはかなり頭が疲れる。
一度ジルベスターと共に飲み物で喉を潤した。
「さすがに少し疲れましたね」
ジルベスターも同じだったらしい。確かに今日の夜会の大半はあいさつだったのだから仕方がない。
「そうですね。でもあと少しですわ。」
あいさつが終わり小声で話している安心感もあって、セシリアはジルベスターに励ますように声をかける。
「ツェツィーリア様。よろしければわたくし達と女性同士のお話を致しませんか?」
そう声をかけられ振り向くと、真っ黒な髪を派手に結い上げたつり目の女性を中心とした5人ほどの令嬢がいた。年齢はセシリアより少し年上か同じくらいだろう。
「セシリア」
若干心配そうなジルベスターの声が聞こえるが、笑顔で行ってまいりますわ、と女性達の方へ向かった。
「わたくし、ヒュンデル侯爵家ヴェロニカですわ。」
確かヒュンデル侯爵家は国内より妃を出すべきと強く主張している貴族の筆頭だったはずだ。牽制というわけか。他の令嬢たちは取り巻きのようで、皆伯爵家や子爵家だった。
「ツェツィーリアです。まだリンダブルクに来て日が浅いので色々教えてくださいね。」
「ツェツィーリア様、オーラリアでは紅茶以外にコーヒーとかいう飲み物を飲むそうですわね。」
「ええ。そうですの。」
「わたくしも一度みたことがあるのですが、まるで泥水のようでちょっと…」
なるほど。難癖をつけたいのか。頭の中の考えを綺麗に隠して、セシリアは優雅に微笑む。
「最初は抵抗があるかもしれませんね。ですが、オーラリアでは紅茶とは違うさまざまな形や模様の茶器を生産しておりますの。嫁入り道具にと父がたくさん持たせてくれましたので、ぜひ今後お茶会でご覧頂きたいですわ。それに、オーラリアではコーヒー豆を栽培できませんので、ジルベスター殿下のご指示で生産されている豆を、一部リンダブルグからも輸入しておりますの。リンダブルグ産の豆は爽やかな味わいでとても人気ですわ。」
ジルベスターの名前を入れることで、次期国王主導の事業にケチをつけるのか、と言外に混ぜる。さすがにここ数年で始まった事業まで知らないのかもしれない。令嬢たちの顔色が一瞬悪くなる。しかし、ヴェロニカは思いの外気が強いようで、再び顔に笑みを貼り付けていた。
「そういえば、先ほどのジルベスター殿下の宣言には驚きましたわ。1人も側室を娶らないとは。実はわたくし、ジルベスター殿下の婚約者候補の筆頭でしたのよ。側室を置かないことについて、ツェツィーリア様はどうお考えになります?」
「そうですわね。それはわたくしが何か言えることはございません。」
「王妃の役割はまずは国王の子をたくさん産み育てることでございましょう?失礼ながらツェツィーリア様は本当に華奢でいらっしゃるので、何人もお子ができるのか不安になってしまいます。」
ちらりと勝ち誇ったようにセシリアの体をみたヴェロニカは、なるほど華奢というよりはかなり豊満な体つきだ。出るところがしっかり出ている己の身体に自信があるのだろう。だか、セシリアに求められる王妃の仕事は子を産むだけではない。それをわかっていない時点でまだ勉強不足のようだ。
「子は授かりものですので、なんともいえませんが、少なくともこの国に望まれた際に来ていただいた先生方からは、リンダブルグの歴史や主な産業、周辺国との関係性を歴史を踏まえてご教授いただきました。また、王太后陛下からは、国王に並びたつ者としての帝王学を学んでおります。」
ヴェロニカの顔がひくりとひきつった。婚約者候補筆頭とはいっても、王妃教育は受けていなかったのかもしれない。どこの国でも貴族の女性の1番の使命はたくさんの子を産み育てることだ。だが、王族やその妻は違う。国王が不在の際には、成り代われるほどでなければならないのだ。
セシリアが含ませたことを読み取ったのだろう。他の令嬢たちはわかってない者もいるので、ヴェロニカは頭がいいと思う。悔しそうなところで、ジルベスターから声がかかった。ご丁寧にセシリアの腰に手を回す。
「話中にすまないね。ツェツィーリアがそろそろ疲れてしまうかと思って。」
にこりと令嬢たちに笑いかけると、一気にその場が色めきたった。
「ジルベスター殿下。ツェツィーリア様があまりにもご聡明でわたくしたち驚いてしまいました。」
「そうでしょう。やはりわたしの妃となる女性は聡明で教養深い人でなければ。」
その言葉に、どこかで聞いていたのではないかと思ってしまった。
あいさつもそこそこに、振り返る瞬間、ヴェロニカの唇が『負けない』と動いたように見えた。
(勝ち負けではないと思うのだけど…?)
とりあえず、夜会は無事(?)に終わった。




