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◆第十話『王女暗殺』

 教師や生徒が魔導学園の正門前に集まっていた。

 多くの民衆も大通りに道を作るように端へと寄っている。


 祭典の最後を飾る行事。

 王女の迎賓がおこなわれようとしているのだ。


 生徒も<アーツ>で彩るという役割で参加する。

 だが、ルカは班員とともに民衆に紛れる格好で正門を眺めていた。つまり学園生徒としての義務を放り出した格好だ。


 なぜこんなことをしているのか。

 それもこれもカヌハの要求のためだった。


「ちょうどいい高さね」


 頭上から聞こえてくるカヌハの上機嫌な声。

 ルカはカヌハを肩に座らせる格好で担いでいた。


 年齢にそぐわない幼い身体とあってとても軽い。

 おかげで肉体的な負担はほぼないが、ほかに大きな問題があった。


「あれって<高貴なる魔女>じゃないのか」

「どうしてこんなところに……しかも肩車って」

「相当な変わり者らしいからな。ま、似合ってるし、いいんじゃないか」


 あちこちから奇異の目を向けられていた。

 さすがに賢者とあって顔を広く知られているようだ。


 そうして周辺がざわつく中、もっとも大きな反応を見せている者がいた。それはいまもそばで頭を抱えているイメルダだ。


「最悪……本当に最悪……母親が同級生に肩車されてるとか……こんな屈辱的な状況、死んだほうがマシかも」

「まあ、これは同情するな」


 さすがに今回ばかりはファムも棘を収めたようだ。

 自身と照らし合わせでもしているのか、顔を引きつらせていた。


 そんな光景に苦笑しつつ、ルカは目を上向ける。


「でも、カヌハさ――」

「カ・ヌ・ハちゃん」

「カヌハ……ちゃんなら貴賓席とか用意されてるんじゃ」

「もちろんあるし、今回もそこに座るつもりだったわ。けれど、気が変わったのよ」


 カヌハがぎゅっと頭に抱きついてくる。

 身体が身体なだけあって幸い感じるものはない。


 ただ、やはりイメルダの母親というべきか。

 手つきや纏う匂いが妖艶な大人の女性のそれだった。


「もう他人のフリしかないわ……」


 イメルダが現実逃避でもするように目をそらした。

 直後、民衆が歓声をあげ、一斉に大通り側へと向いた。


「ご登場のようね」


 カヌハがそう口にしてから間もなく。


 大通りを縁取るように描かれた生徒による<アーツ>。

 その内側を通る形で50人規模の集団が姿を見せた。


 多くの者が瀟洒な騎士服に身を包み、帯剣している。

 誰もが歴戦の猛者といった勇ましい顔立ちだ。


 彼らに守られる格好で、球体の《魔導駒》らしきものに引かれる人運車があった。そこにはとても華やかなドレスに身を包んだひとりの女性が乗っている。


 おそらくルシュカ王女だろう。

 淑やかに手を振って民衆の声に応じている。


 残念ながら王女の顔は遠くてはっきりと窺えない。

 ただ、纏う空気感から別世界の住人のようにしか見えなかった。


「やっぱりね」


 そう口にしたのはイメルダだ。

 彼女は険しい表情で続ける。


「第一王子の側近も幾人か混ざってるわ」

「そんなこと、わかるのか?」

「衣装の模様が少し違うのよ。……下手に中止にすれば恐れをなしたとみなされるし、実際に襲撃が来れば大事にされるしで王女は完全に板ばさみ状態でしょうね」


 継承権の争いに関してはよくわからない。

 ただ、思っていた以上に王女の状況は悪いようだ。


 そうして不安な気持ちで行進を眺めていると、カヌハが両手で頬をぺちんと軽く叩いてきた。さらに頬を粘土のようにこねくり回してくる。


ふぁ()っ、ふぁひふふんふぇふは(なにするんですか)っ」

「王女の身はわたくしが守ると約束したでしょう。だからあなたたちが心配する必要はありません。それよりほら、奉還の儀が行われるわ」


 首を動かされる格好で向けられた視線の先。

 王女が正門前に辿りつき、人運車から降りていた。


 迎えた学園長のノアズが片膝をついた。

 べつの教師から受け取った横長の木箱を王女へと差しだす。


「あれって……」

「世界に初めて魔素を生み出したとされる大樹ミズルヤヌヤ。その枝から作られたと言われる杖が入ってるの。もちろん、あれは儀式用の偽物だけど」


 イメルダが即座に説明してくれた。


 その最中、王女が受け取った木箱をそばの騎士に預け、中から杖を取りだしていた。


 古びた樹をそのまま杖の形にしたように見える。

 ごつごつとして洗練された感じはまったくない。


 王女から再びノアズへと杖が戻された。

 魔法の使用を許されたといった意味合いを持つのか。


 ノアズが立ち上がると、杖を掲げた。

 打ち上げられた一筋の光が、空に巨大な花を描きあげる。


 一度目のパレードよりもさらに大きなものだ。

 そのおかげか、民衆からは大歓声と盛大な拍手があがっていた。


「何事もなく終わりそうね」

「ま、取り越し苦労だったってことだ。さっさと戻ろうぜ。先生に見つかったらたぶんうるさいぜ」


 イメルダとファムが早々に緊張を解いていた。

 気持ちはわかるが、まだ同調できなかった。

 いまも頭に当てられている、カヌハの小さな手がこわばったからだ。


「……さて、それはどうかしらね」


 そんな声をカヌハがこぼした瞬間だった。

 大通りのほうから一筋の影が猛然と迸った。

 向かう先は正門――それも王女に直撃する進路だ。


 ルカは声をあげる間もなかった。

 できたのは、ただまぶたを跳ね上げることのみ。


 そんな中、影が王女へと激突する――。


 直前、影が弾け飛んだ。

 突如として王女の前に現れた分厚い氷壁が行く手を塞いだのだ。


 誰が生み出した氷壁かは一目瞭然だった。

 氷壁が溶けるように形を崩し、人の形となる。


 髪を2つに結った可愛らしい少女。

 カヌハ・ブリアトーレその人だった。


 ルカは慌てて自身の肩に手を這わせた。

 先ほどまで肩に乗っていたはずだ。

 いつの間にあそこまで移動したのか。


 誰もが驚愕して場が静まり返る中、カヌハが王女へと恭しく頭を下げる。


「王女殿下。お会いできて光栄ですわ」

「……カヌハ・ブリアトーレ」

「わたくしの魔法はお気に召していただけましたか?」

「まったくあなたらしいですね」


 続けて王女の口元が動いた。

 ありがとう、と言っていたように見えたのは気のせいだろうか。


 演出かどうかをはかりかねてか。

 民衆が騒然とする中、騎士から荒げた声があがる。


「なにを言っている!? いまの魔法はどう見ても殿下に向けられ――」

「さあ、このカヌハちゃんがお祭りをもっと盛り上げて見せますわっ!」


 騎士の言葉を遮り、カヌハが陽気に叫んだ。


 まるで踊るように振られた彼女の指先。

 呼応するように地面のそこかしこから氷がせり上がってきた。


 氷は瞬く間に学園と同規模の城を形成。

 さらに幾度も四散しては形を変え、様々なものを描いていく。


 形を変えるたびに四散した氷が小さな粒となって民衆へと降り注ぐ。陽光を受けたそれらはきらきらと輝き、雪よりも美しい光景を作り出していた。


 こうなることを見越して、カヌハは王女からあえて離れて警戒していたのだろうか。


 民衆はすべてが演出だと判断したようだ。

 都市全体が揺れるかのような歓声が沸きはじめる。


 ルカは彼らと同じように思わず見入ってしまいそうになったが、はっとなった。王女の命は守られたが、まだ犯人は捕まっていない。


「あ、おいルカ!?」


 ファムの声が飛んでくるが、ルカは構わずに駆け出した。

 学園から離れる形で民衆の間を縫って大通りを進んでいく。


 犯人捜しは危険だからとやめるよう言われた。

 だが、犯人が捕まらなければまた王女の命が脅かされる可能性がある。


 もちろん交戦するつもりはない。

 せめて顔でも確認できればという考えだ。


 3つ目の交差点に辿りついたときには民衆の数も減っていた。


 影の正確な出所についてはわからない。

 ただ、この辺りだった気がするという勘だけはあった。


 辺りを見回してみたところ、早速あやしい人影が目についた。

 大通りからそれた通りで<ウィンドウォーク>を使って走っている。


 その人影は右に折れる形で路地へと入っていった。


 ルカはあとを追って同じ路地へと向かう。が、距離があったこともあり、辿りついたときには人影を完全に見失ってしまっていた。


 警戒しつつ、路地を進んで人影を捜索する。

 そうして角を2つ曲がったとき。


 路地の先に、背を向ける格好で立つひとりの男を見つけた。


 ルカは思わず目を見開いてしまった。

 後ろからでもわかるほど恰幅のいい、この体型は――。


 ごくりと唾を呑み込んだのち、恐る恐るその名を口にする。


「……モンドリーク先生?」



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