◆第九話『苦渋の選択』
翼と火球。
そんな意味のわからない芸術的な<アーツ>を描いていたからか。終始、奇異の目を向けられていたが、それもようやく終わりを迎えた。
人々が再び動きだした中、ルカはため息をついた。
ファムにいたってはその場にぐったりと座り込んでいる。
「あー、終わった終わった。こんだけ嘲笑の的にされたのは生まれて初めてだ」
「でもこれ、まだあと1回あるんだろ?」
「ああ、いまのが前座で、次が本番」
「王女を迎えるとき、だよな」
「面倒だし前座いらないだろって思うけどな」
ファムが悪態でもつくかのように言った。
そんな他愛もない会話中、ルカは先ほどのこと――。
王女への暗殺予告のことを考えていた。
ファムが細めた目を向けてくる。
「……ルカ、お前まだまだ引きずってんのか?」
「引きずってるっていうか、気になるっていうか」
「ま、大丈夫だろ。なんたってキアラ先生がいるんだしな」
キアラの実力を疑っているわけではない。
ただ、どうしても脳裏を過ぎってしまうのだ。
魔力の枯渇で倒れてしまった彼女の姿が――。
「なに辛気臭い顔してるの」
それは聞き慣れた声だった。
声のほう――左方に目を向けると、そこにイメルダが立っていた。
「イメルダ? どうして……連れ去られたはずじゃ」
「隙を見て逃げてきたのよ」
言葉どおり必死に逃げてきたようだ。
彼女は肩で息をしながら乱れた髪を整えている。
「それで、なにかあったの?」
「……いや、べつになにも」
口止めをされたわけではないが、内容が内容だ。
あまり言いふらすようなことでない。
「あやしい……なにを隠してるの?」
イメルダがぐいっと顔を寄せてきた。
問い詰めるようにその大きな目で覗き込んでくる。
「イメルダ、顔近いって」
「……それって教師の数が少ないことと関係してたりする?」
そう訊かれた途端、反射的に目をそらしてしまった。
「ふーん、当たりなんだ」
イメルダが得意気に笑いながら離れた。
隣からファムの大きなため息が聞こえてくる。
「……ルカ、お前は顔に出過ぎなんだよ」
「いつも不機嫌顔のファムに言われてもな」
「ボクはもとからこーなんだ」
言って、ファムがすっくと立ち上がった。
それからおどけるような口調で話を続ける。
「ま、話してもいいんじゃねーの。ってかイメルダのことだ。話さなかったらなにしてくるかわからないぞ」
「それはたしかに」
「……ちょっとあんたたち、あたしをなんだと思ってるのよ」
イメルダが不満顔で睨んでくる。
と、少し拗ねたように顔をそらした。
「まあ、どうしても話したくないならいいけど」
「いや、話すよ。たしかにイメルダなら話しても大丈夫だと思うしさ」
それに優秀なイメルダのことだ。
なにか王女を守る有効な手段を思いついてくれるかもしれないという淡い期待もあった。
「そ、そう……ならいいんだけど」
面食らったように目をぱちくりとさせるイメルダ。
普段、あまり動揺を見せないこともあって意外な反応だった。
ルカは早速かいつまんで事情を話した。
イメルダが神妙な顔で「なるほどね」とこぼす。
「教師の数が少ない理由にも納得がいったわ」
「でもなぜか祭典を中止にしないんだ。王女の命がかかってるっていうのに」
「まあ、無理もないわ」
イメルダは理由について心当たりがあるようだ。
「ルシュカ王女にとって今回が初公務だから何事もなくすませたいのよ」
「でも、なにかあってからじゃ遅いだろ?」
「それはたしかにそうだけど、縁起っていうの? そういうのをとても大事にするのよ、王族は。あと王位の継承権にも響くしね」
イメルダの言いたいことは理解できる。
ただ、王族と感覚がかけ離れているのか。
どうしても命を危険にさらしてまで得るものではない、と感じてしまう。
「警備の件についてはあたしもキアラ先生と同じ意見ね。こんなに多くの魔導師がいる中、犯人がルシュカ王女に危害を加えられるとは思えない」
「同じーく」
ファムが気だるげな声で同調した。
イメルダが周囲を警戒したのち、声を潜めて続ける。
「大体、キアラ先生がいるなら安心でしょ。なんたってあの<極地の賢聖>だし」
「でも、できれば先生は正体を隠したいみたいだったからさ」
キアラの魔力が少ないことはファムもイメルダも知らない。
そのため、本心を隠してそう理由をつづった。
イメルダがじっと見つめてきたのち、呆れ気味に息を吐く。
「わかったわ。あたしがなんとかしてあげる」
「本当か? でもどうやって……」
「ま、最終手段ってやつよ」
言って、イメルダが「お母さま!」と叫んだ。
ただ、なにも反応がなかった。
苛立ったように顔を歪めたのち、再び大声をあげる。
「カヌハちゃん!」
「――なにかしら、メルティちゃん」
いつの間に接近したのか。
カヌハがイメルダの背後からひょこっと顔を出した。
イメルダが顔をしかめつつ頭を抱える。
「……やっぱり近くにいた」
「メルティちゃんが必死に逃げるさま、なかなか楽しませてもらったわ」
言って、意地の悪い笑みを見せるカヌハ。
対するイメルダは屈辱を堪えるように下唇を噛んでいた。
あのイメルダが手玉にとられているさまは新鮮だ。
ファムにいたっては「さすが母親。娘を上回る性悪だな」と感心していた。
「それで、必死に逃げていたかと思えばわたくしを呼んで……いったいどうしたの?」
カヌハが話を促してきた。
イメルダが気持ちを切り替えるように息を吐いた。
一呼吸を置いたのち、真剣な顔で話しはじめる。
「祭典中、ルシュカ王女に危害が及ばないよう護衛をしてほしいの」
なるほど、とルカは思った。
カヌハは見た目こそ幼いが、王国に5人しかいない賢者のひとりだ。彼女の協力さえ得られれば王女の安全がよりたしかなものとなるのは間違いない。
しかし、カヌハの表情は億劫そうだった。
「これはまた急なお願いね。いったいどうして?」
「王女を暗殺しようとしている人がいるらしいの」
周囲に聞こえないよう声量を抑えて言った。
王女暗殺なんてひどく物騒な話だ。
しかし、カヌハに驚いた様子はなかった。
それどころか、ふむと頷くだけだった。
「情報の出所については置いておくとして。警護なら充分な数がついているはずよ。それもた~~っくさん」
「だから、それでも無理な場合ってこと」
よほど娘を信頼しているのか。
それ以上、カヌハはイメルダに確認をとることはしなかった。
「いいわ。わたくしも望まないところではあるし、なにより可愛いメルティちゃんの頼みだもの。もしもの場合、このわたくしが責任を持ってルシュカ王女を御守りします」
「本当ですか!?」
ルカは思わず食い気味に訊いてしまった。
カヌハが驚いたように目を瞬かせる。
だが、それも一瞬。
時折、イメルダが見せるものと同様の、悪魔を思わせる笑みを浮かべた。
「……ええ。ただし、相応の見返りはいただくけれど」




