第二十八話
「……先に言っておく。
俺の女嫌いはくだらん事が原因だ。
もう一度言っておく、くだらん理由だ」
「は、はい……」
どうしてこんなに僕は念押しされているのだろう。
ジナムさんに全部話して、まさかあっさり許してもらえて、
じゃあ何故か彼も僕に隠している事があると。
だから今度は僕が話を聞く事になったのだ。
真剣な彼の表情に思わず背筋が延びる。重く息を吐いて彼は語り始めた。
「俺の故郷は長い歴史を誇る女帝国家でな。
そしてその国で俺は両親と三人の姉を持って生まれた。
家族は皆健康な中、俺は未熟児に生まれかつ病弱だった。
成人まで持たないと言われていたんだ」
今思えば魔力のせいなんだろうな、と呟く。
彼がそれまで知らなかった所からして、
ジナムさんのご家族も原因がわからなかったのだろう。
「それを聞いた父は俺をいつも気遣っていた」
何もできず大事な息子が苦しむ姿を見るのはさぞ辛かったはず。
お腹を痛めて産んだお母さんとなれば、いっそう悩んで。
「……だが父以外の家族は、ならいっそう厳しく鍛えようと」
「えっ」
「日々母には激しい修行に付き合わされ、上の姉には体に良いからと虫を食わされ、
中の姉にはこき下ろされ、下の姉には手心無しに使い回されてな。
こうして心身共に鍛えられ、俺は次第に健康体へなっていった。
今でこそ感謝しているが……何度死の淵を彷徨ったか」
通常病弱に生まれたならば甘やかされがちだというのに。
本気で鍛錬だけだったんですね。これは真似できない。
驚きすぎて無口になる僕。語るジナムさんの目は濁っていた。
顔色も明らかに青い。その時の事を思い出してるのか、彼の顔が引きつっていた。
「あの、もしかして……ジナムさんの女嫌いって」
「……母と姉の影響だ、女は恐怖だと刷り込まれている。
特に四人のような筋肉質で、暴力的で、気の強い女が苦手だ」
女嫌いというより恐怖症じゃないですか、それ。
ああだからツェリさんをあんなに避けてたんですね。
前者二つはともかく最後の一つに関してはピッタリ当て嵌まる。
ほらくだらんだろ、と自虐的に言うジナムさん。逆に笑えなかった。
「女帝の影響だろうな、俺の国ではとにかく女が強い。
だから俺の周りの女はみんな恐怖対象だった。
耐えきれず俺は剣技を父から受け継ぐと同時に国を出た」
聞き終えたみたいだが最後までくだらないなんて感じなかった。
幼少期のトラウマはなかなか拭えないと知っているから。
むしろ話してくれた事を嬉しいと思う。
話した時間は短いのに、随分とジナムさんは疲れているようだった。
「辛い事なのに……話してくださってありがとうございます。
ジナムさんの隠し事、僕絶対に誰にも言いません」
「ここからが本題なんだが」
立てた誓いはあっさり流される。
ジナムさんの謎は女嫌いしか僕は浮かばなかった。
なんだろう?興味津々の僕にジナムさんは少しだけ躊躇ってから口を開いた。
「この国に来て、俺は地方の闘技場を転々としていたが、
視察に来ていた支配人に招待され、中央闘技場へ身を置いた。
国営だけあって対戦相手のレベルは格段に高く、
強い相手を求めていた俺は張り切っていた……だが次第に行き詰まってな」
理由は何となく分かってしまった。
あの闘技場はランクが高い選手ほど強さと人気が必要になる。
ジナムさんは腕は有り余っていたけれど、
花形とも言える女性選手との試合ができず、話題性に乏しかった。
だから彼はいつまで経ってもランクが足りず、なかなか強敵に恵まれなかったのだろう。
「この体質に負ける己が情けなくなり、剣闘士を辞めようかと考えた頃。
……支配人から一通の手紙が渡されたんだ」
これだ、と懐から取り出された封筒には見覚えがあった。
だってそれは正しく僕が初めて贈ったファンレター。
物持ち良いんですねジナムさん!でも僕捨ててほしかったです!
じっとり汗ばむ手を隠すように握り込む。
「そこには俺の試合に関する感想が熱烈に書かれていて、
これからもずっと応援しているという言葉で締め括られていた。
誰も俺など興味無いと思っていたからな。単純に嬉しかった、何度何度も読み返した」
おかげで暗唱できるな、と何という死刑宣告。
初めてのファンレターに加え、真夜中の妙なハイテンションが手伝って、
物凄く恥ずかしい事を書いた覚えしかない。ほぼ告白みたいだった気がする。
一刻も早く消し去りたい過ちに落ち込む僕と比べ、
さっきの女嫌いの理由を語っていた時とは打って変わって生き生きしているジナムさん。
その明るい表情にどんどん僕のHPが削られていく予感しかしなかった。
「この事をきっかけに辞めようなんて気は起こさなくなった。
手紙の主の為にも全力で立ち向かおうと。
それからも定期的に届く手紙は俺を励ましてくれた。
もらった手紙は一つ残らず保管している。今でも時折目に通すな」
「そ、そうなんですねー」
自分でも片言だと突っ込んでしまう位お粗末な返しだった。
想いを込めて書いているのだから大切にしてもらえて嬉しいはずなのに、
さっきから色んな意味で精神的に辛い。
「ある日、ふと送り主が気になって支配人に聞いた」
「っお、教えてもらえたんですか……?」
「いや断られた」
ぶわっと汗が噴き出た気がする。変に背中が寒い。
でも支配人はちゃんと約束を守ってくれたんだ。
彼にばれないように安堵を漏らす。ありがとう支配人、今度なにか贈ります!
「だが後日、支配人が手紙を渡されている所を見た」
「………………え?」
「お前が贈ってくれてたんだろう、この手紙」
ちゃんと人目が無い事を確認してたのに。
そうだ、ジナムさん気配も足音も消すくせがあった。でもあの時は知らないそんな事。
僕が女だと告げたときのジナムさんと同じ位、硬直した。信じたくない。
けどこんなしっかり見つめられた状態で否定できるほど僕の肝は据わってなかった。
小さく頷く。ほんの僅か傾いただけ、でも彼は見逃していなかった。
羞恥心から泣きそうになる。この苦行はいったい。騙していた僕への罰なのか。
「続きいいか」
「ま、まだあるんですか……」
「別にこれは隠し事じゃないからな」
言うぞ、と僕の意志とはお構いなしに合図が。
これは覆せないなと確信して、僕は腹を決めた。
「お前が隠しているようだったから追求はしなかった。
だがいつか礼を告げようと思っていた……けど急にお前は居なくなっただろう」
「……ハルモニアに引き取られた時ですかね」
「ああ、だが支配人に尋ねても引き抜きにあったとしか言わん。
だから俺は剣闘士を続けながらお前を捜していた。
お前の居場所を突き止めた俺は剣闘士を辞めてハルモニアに入った」
それじゃまるで僕がいたからここに来たみたい。
小さく漏らした疑惑を彼は間髪入れず認めた。
驚いたけど更なる謎が湧き上がる。
お礼を言うだけならそこまでする必要は。
「偶然などではない、俺はお前に辿り着くしかなかった」
ぼおっとしてて僕は伸びてきた腕に気付かなかった。
抱きしめられる、耳のすぐ傍に彼の唇が。
そして曇りなくそれは告げられた。
「一目惚れだったんだ。
元々好意は募らせていたが、初めてお前を見た瞬間、
今までの情とは比べものにならない想いが湧いた」
僕もきっと一目惚れだった。初めて目にしたあの瞬間から心奪われて。
情景だった、尊敬だった、そして恋慕を抱いた。
ファンレターと称していながらあれはきっと恋文だった。
「あともう一つ、お前が男だと知ったのはギルドに入ってからだ。
それまでずっと女だと思っていた。
……これが俺の隠していた全てだな」
「で、でもジナムさん、女嫌い……なんです、よね?」
そうだな、と彼はごく普通に肯定した。
言い淀む事も、ごまかす事も無い。
僕の問いに彼は黙りこむ、と思いきや静寂はほんの一瞬だけだった。
「理屈なんぞ知らん。お前相手だと関係無かった。
そもそも男だと知らされても気持ちは変わらなかったんだ。
かなり葛藤はしたがな、それでも……俺はお前が欲しかった。
だからお前が女だった事には驚いたが結局は同じなんだ、言っただろう」
お前の想いがあるならばそれでいい、と。
それは僕らの始まりの言葉。たまらず彼を抱き返す。
始まりへの喜びに震える心は彼の熱にあたためられていく。
「……受け取ってくれるか、リヒト」
腕の力が緩む。体は離れても視線は僕を捕らえて離さない。
そして再び差し出される煌めく羽。
今度こそ僕は迷わず手に取った。礼と共に捧げるのは偽りの無い笑顔。
「すごく幸せ、幸せです、ジナムさん。僕、」
運命を憎んでいた、境遇が怖かった、自分が大嫌いだった。
でもそれは貴方に辿り着く為の道。きっとこの瞬間に繋がっていた、ならば。
僕の想いの全てを愛する貴方に捧げよう。
「貴方の比翼として生まれてきて本当に良かった」
明日更新の二話は後日談、本編はこれで終わりです。




