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第二十七話

「その……これが、僕の嘘です……」


固まったジナムさん、それは僕がこの談話室に入った時から。

僕の名前を呼びかけて途中で止まったものだから、

口が半端に開いている。初めて見る表情だなとかぼんやり考えた。


部屋で布を外して僕はここにやってきた訳だが、

ここまで停止されるのは少し予想外だった。

沈黙が痛い。彼が硬直している為、口を利くのは憚られた。


「…………女だったのか、リヒト」


それはいつか見た夢と同じ台詞。

この後の言葉を思い出し、恐怖からか声が出なかった。

でも頷く事で肯定する。ならばお前も座れ、と促された。

話をするならと彼と向き合える前の席へ着いた。


「……話してくれ」

「は、はい!」


思いっきり声が裏返る。少し落ち着こう。

深呼吸を繰り返すが、なかなか緊張が解けない。

覚悟していたのに。話そうと思っていた事が全て吹き飛んでいる。

どうしようどうしよう、俯いていたら手に温かな感触が。

指を絡め取り握り込んだそれはジナムさんの手だった。

それだけで嘘のように心は凪ぐ。もう一度息を吐いて彼の目を見つめた。


「僕の一族はしきたりにより一子のみ持つ事になっています。

 以降の子供は生まれた時点で殺される。

 でも半身として産まれた場合だけは例外なんです」

「半身……双子か?」

「はい。だから僕はセルザーク第二王女として生かされました」

「ちょっと待て……王女?」

「一応そうなります」


お前はさらっと驚かせるな、と彼は額に皺を寄せる。

そんなつもりは無かったんだけれども。

すみませんと謝りつつ、続けさせてもらう。


「でも僕は王位はおろか名前すら与えられてません。

 本来はいないはずの存在、ただの二番目、姉の為の道具だから。

 姉と同じ教育を受けましたが、それ以外の時はいないものとして扱われました。

 城の者達には徹底的に無視され、姉には虐げられ、母には姉と同一であるよう強いられた」


でも、そう呟いて思い出した優しい笑顔。

僕を撫でた温かな手、褒めてくれた穏やかな声、同じ色だねと喜んでくれた瞳。

たった一つ僕の心を支え続けた記憶。懐かしさに涙を堪えながら唇を動かす。


「女王とは政略結婚にも関わらず、

 父様だけは僕を認めて、普通の子供のように愛してくれました。

 あの残酷な世界には似合わない優しい人でした。

 邪険にする姉すら可愛がる情の深い父様が僕は大好きだったんです」


今も大好きな人。この気持ちは一生変わらないだろう。

だからこそ唇を強く噛みしめる。憎しみのままに。

仇は討った。でもこれも生涯心に残ってしまうのだと思う。


「けれどそのせいで父様は死んだんです……実の娘である姉の手で。

 姉と僕を同等に見た。それに姉は激怒し、

 父様を許してほしいと必死に懇願する僕の目の前で殺したんです。

 姉の仕打ちはそれだけに留まらず、父様と関連するものは全て壊しました。

 でも一つだけ、僕は父様の形見を引き継げたんです」


父が使っていたローブも、魔術書も、杖も、

いつかあげると交わした約束ごと知らないうちに奪われていた。

公的な記録からも消された父はまるで最初から存在しなかったように。

そうやって僕を絶望させたかったんだろう。でも僕は諦めなかった。

形ある物は残らず、ならば自身に刻もうと決めた。


「『リヒト』か?」

「……どうしてわかったんですか?」

「あの女がごちゃごちゃ言った中に、あの男の名が云々と。

 お前の話を聞いてる限り、それしか浮かばん」


僕には名前が無かった。だから受け継ぐならばそれしかないと。

あの時の事は怒りで記憶があやふやだけれど、

そういえばそんな事を言っていたな。

リヒト、意味は光。僕の心を照らしてくれた父様にはぴったりだ。

ここまで来れば話はもう少し、終わりを目指して再開する。


「この一件を境に僕は姉をひどく憎みました。

 元々好きでは無かったけれど、逆らう気は無くて殺される時はその時だと。

 でも父様を奪った女の思い通りになりたくないと思い始めた。

 油断を誘うため従順なふりをしてチャンスを窺っていた時、

 運良く僕はこの異世界へ繋がる道を見つけて逃げたのが三年前です。

 そして男装をし、リヒトと名乗り生き始めました」


それに彼は逃げる為かと尋ねてきた。

結果的にはこれのおかげで姉を攪乱できたのだけれど、

理由はもっと感情的なものだった。


「……姉と同じ姿が嫌だったんです。

 だから髪を切って、男物のローブを着て、一人称と口調を変えました。

 それに少しでも父様に近づきたかったんです」


これで僕の話は全部です、その言葉で締めくくる。

ジナムさんは瞳を閉じている、じっくり考え込んでいるようだった。

しばらくしてゆっくりと金色が僕を見る。それに僕は。


「殴ってください」

「……なんだいきなり」

「僕が付いていた嘘はジナムさんにとっては残酷極まりないものでした。

 貴方を最悪の形で騙していました、言い訳はしません。

 ジナムさんの気が済むまで好きにしてください」


自己満足でしかないけれど、僕ができるのはこれぐらいだ。

強く目を閉じる。姉にはよく殴られたけど、いつまでもあの痛みは慣れなかった。

体が震えるのは襲い来る痛みへの恐怖なのか。全然違う、でもそんな事言える権利は無い。

まだ拳は入っていないけれど既に胸は酷く痛んでいた。


「おい、リヒト」

「大丈夫です、覚悟してましたから」

「リヒト」

「何も気にせず……」

「別に俺は怒っていない」


その一言に僕は瞼を開けて彼を見やる。

彼が言った通り、そこに怒りは無かった。呆れてはいるけれど。

何で怒らないんですか、ジナムさん。その呟きに彼は提案してきた。


「俺の話を聞いてくれ」

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