第二十五話
おかえり~、とにこやかに僕らを出迎えてくれたハイドさん。
ジナムさんに運んでもらった女を彼に預ける。
気絶による魔法解除で老婆になっているにも関わらずあっさり承諾された。
異邦者が姿を変えるのはよくあることらしい。
それから待っていてくれた二人に中での出来事を説明した。
話し終えた後、事後処理の為ハイドさんは先に帰る事に。
処分については追って連絡すると、女を抱えハイドさんは僕へ告げて去っていった。
「で、結局どんなからくりだった訳?」
ツェリさんの転送魔法でギルドまで帰らせてくれる事になった。
詠唱を始めるのかと思いきや、質問が渡される。
そういえば中から戻ってきた時、ツェリさん結界へ夢中になっていたなあ。
魔法への好奇心が旺盛な彼女は色々気になって仕方無いんだろう。
たぶん話すまで帰ろうとしない気がする。どこから話すべきか。
「姉が主に使っていたのは覚醒魔力作用型ですね。
結界しかり、変装しかり、中で相手した蔓や土人形もそうです」
「ああ、だからわざわざ夜に仕掛けていったのね」
ツェリさんは納得してるが、ジナムさんは現時点で疑問符を浮かべてる。
功績者なのに事情がわからないままというのも気が引ける。
ありがた迷惑かもしれないけれど一から説明しよう。
「生物、非生命体関わらず、魔力は色んな所に宿ってます。
姉が使用したのは意識あるものの魔力に反応して発動する魔法だったんですね。
この時間なら殆どの生物は寝てるので、土と植物相手ですみましたが……」
「……昼間だと敵が増える、その解釈でいいのか?」
「はい。操るのは思考回路が単純じゃないとできないので……たぶん虫がわんさか」
それは気持ち悪いな、とジナムさんが遠い目で言う。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
姉は昔からこの魔法が得意とし、操って作りだした魔法生物を使うのが趣味だった。
だから子供の頃はよく色んな物をけしかけられたのである。
普通はトラウマものだと思う、でも僕は逆に虫やら爬虫類への耐性が付いた。
その二つは魔術で材料となる事が多い為、助かっている。
だがやっぱりびっしりと集団で来られるのは怖い。
「それなら幻影に関しては納得行くけど……結界の仕様がよくわかんない。
魔力に反応するならリヒト弾かれるでしょ。
あれって中から出るのは簡単だけど、外から入るのは術者以外できないじゃない。
というかジナム効いてないのが一番の謎だわ……解除方法なんて知らないわよね?」
「ある事すら知らん」
断言するジナムさんに頭を抱えるツェリさん。
きっと彼女の頭の中は複雑な理論や式で埋め尽くされているのだろう。
でも実際は物凄く簡単な話。
「不本意ですけど、僕あの人と魔力の形も一緒なんです。
結界が反応しなかったのと幻影にかかったのはそのせい。
あの人ナルシストだから自分にもかけてたんですよ」
「そういえば、し……姉弟だと被る確率上がるのよね、それでも珍しいけど」
「おそらくジナムさんに効かなかったのは……」
基本的にどんなものも産まれた時点で魔力を持っている。
だが魔力の形が被るよりも遙かに低い確率で、本当にごく稀にいるのだ。
それは姉の天敵であり唯一の弱点。
「ジナムさんには無いんです、魔力」
そりゃ効かないわねとツェリさんが言う。
思い返せば異常なまでの魔法耐性の低さという兆候はあった。
けど気付けるわけがない、ジナムさんの体質が珍しいのもあるが。
「……魔力は生命力と深く関わってます。
だから成人までに八割が亡くなり、それを越えても寝たきりが常。
なのにどうしてそんなに強いんですか……」
「鍛えたからだろう」
「そういう問題じゃないです!そういう問題じゃないんです!」
叫ばずにはいられない、魔術師なら皆そうなるはずだ。
この腹筋六つに割れてる(ゲイルさん談)ムキムキ筋肉質バリバリ肉体派前衛剣士が、
あの脆弱体質と誰が思うのか!未だ特効薬すら見つかっていないのに!
彼はさらっと流しているが、これは凄いとかそんな言葉で済まない事である。
「リヒト、追求するだけ無駄よ。ジナムは嘘言ってないもの。
種明かしありがと、でもねリヒト」
合点がいかずしょぼくれていた僕、その肩をツェリさんが握る。
何故だろう。笑顔が妙に怖い。ああ目が笑ってないんだ。
にっこり、と口だけ浮かべられたそれに嫌な予感しかしなかった。
「なんでそういう大切な事、先に言わないのよ!
あの結界が覚醒魔力作用型だって知ってたら解けたっつーの!
てっきり未知の形式かと思ったから変に警戒しちゃったじゃない!
よくも高括ってくれたわね!それとも何?私の加勢はいらないって事?!」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「おい落ち着け、ツ」
「私とジナムに殺されんなって言っときながら、
ジナム来なかったら死んでたとかふざけんじゃないわよ!
アンタがちゃんと話してりゃ、そんな目合わせなかったんだから!」
がくがく前後に揺さぶられ、大声を浴びせられる。
その迫力に負けて反射的に謝ってしまった。
ジナムさんの説得も虚しく続行されたそれは次第に力を失い、
心配したんだから、と弱々しい声で終わった。
それを見て沈黙していたジナムさんも口を開く。
「……俺が辿り着いたあの瞬間、生きた心地がしなかった。
お前の忠告を無視したのは悪かったが謝れん。
誰でも良い、もっと頼れ、ツェリも俺もいる、ギルドの仲間でもかまわん。
お前は一人じゃないだろう」
二人の言葉に熱くなる胸、対して思考は静かに動く。
己の唯一でもあると知らず、僕の唯一を死に至らしめた姉。
自ら孤独を選んだくせ、僕を取り戻そうとした貴方を憐れには思う。
でもやっぱり僕は貴方にはなれない。リヒトとしてこの優しい人達と生きていきたいから。
ごめんなさいと、ありがとうを、ありったけの想いを詰めて二人に贈る。
「……わかったらならいいわ、帰るわよ」
「ああ、そうだな」
「よろしくお願いします」
ツェリさんが詠唱を始める。
僕らを包みこむ光。飛ぶ直前、僕は森を見て心の中でさよならと。
それは姉と故郷と過去に向かって告げた別れだった。




