第二話
「ただいま戻りました、マスター」
「……帰ったぞ」
依頼を無事に終え、ギルドの扉を開ける。
出迎えてくれたマスターはカウンター上で頬杖。
そして呆れたような目で私達を見ていた。
「相変わらず熱々ね、あんたら……」
視線の先は繋いだ手、照れから離そうとすれば逆に握られた。
嫌じゃないが恥ずかしくて俯く。
そんな中、彼はいつもの無表情だが耳が赤い。
積極的なように思える彼にも若干の抵抗はあるようだ。
「……僕達、男同士なんですから」
自重しましょうと訴えて、ぶんぶん腕を振り……回せない。
魔術師の細腕がこの筋肉の塊に敵う訳がなかった。
嘆願の意味を込めて見つめれば目を逸らされる。
その頬は耳と同様赤くなっていた。何だか僕までつられるように照れてしまう。
「……見てるこっちが恥ずかしいわ、アンタら。
まあ別に良いけど、慣れてるし。
アタシも後でルッカにベタベタするから」
困っている私を見かねたマスターがきっぱり言い切る。
後半は凄い笑顔だった。幸せそうで何よりです。
彼は離す気が更々無いようだ、マスターの言葉に甘えて諦める事に。
これが最近までは必ずギルドに入る前に離していたのだけれど。
というのもその時点ではマスターが絶賛片思い中だったから。
結ばれた今でこそ、カップルに寛容だが、
前は見つかる度、絶対零度の視線が向けられた。
あの目を前に平気で睦み合える程、図太い神経は持てやしないだろう。
そう、僕らが咎められていたのは単なる嫉妬であって偏見ではない。
メンバー達に報告したときも「おめでとう」「爆発しろ」とあっさり受け入れられた。
同性愛含め年齢差、身分差、種族差……障害を抱えるはずの恋がこの世界にはありふれている。
異界人の僕には信じられない事実だった。ここには差別という当然の文化が存在しない。
だから僕らの恋が叶ってしまった、ここじゃ僕は男だというのに。
恋心に気付いた時は不毛だと諦めようとした。
けれど彼へ想いが通じてしまった今じゃもう手遅れだ。
本気で外そうとしないこの手が何よりの証拠。
「ねえ、マスター。例の調査結果なんだけど」
「あら早いじゃない。ありがと、助かるわ」
後ろから飛んできた声に、びくりと彼の体が強ばった。
そして次の瞬間には彼が声と反対方向へ逃げ出す。
あれほど強固に結ばれていた手はあっさりと解かれてしまっていた。
寂しさからか、自由になったそれは勝手に握り込まれる。
「……あ、ジナムいたの。悪いわね、驚かして」
そう彼へ謝ったのはツェリさん。
このギルドで一番の魔術師であり、僕らの先輩だ。
ギルド『ハルモニア』の看板コンビの一人でもある。
「相変わらずね、アンタ」
「……すまん」
ツェリさんの問いに、ジナムさんは挙動不審になりながら答えていた。
これでも会話が可能になっただけ、
一年前……ここに来た当初と比べれば進歩したのだけれど。
引け腰な態度に彼女は不服そうだった。
「ツェリ、こっちも報告終わったぞー」
「いぎゃあっ?!」
「今日も抱き心地最高だなー、ツェリは」
「離しなさいよ、ばか!!変態!!」
そうこうしている間に次の乱入者が。
話に割り込み、ツェリさんの背後を取ったその人は彼女の相棒ゲイルさん。
抱きつかれながら頬ずりされているツェリさんは、
嫌がる素振りを見せているものの、声が浮ついている。
この態度でどうして人の機微に敏感なゲイルさんが気付かないのか。
どうも彼の恋は盲目、ただし逆方向に働いているらしい。
マスターはいつの間にか退場していた。
ツェリさんが持ってきた報告結果の詳細確認か、
もしくは先程の宣言を実行する為に婚約者の元へ行ったのだろう。
「あー……やっぱいいねえ、女の子は。
こんなに可愛いのに苦手なんぞ、おっさん考えられねーわ」
「……理解できん」
未だ距離感を保ったままのジナムさんへ聞こえるよう、
ゲイルさんは独り言をしみじみと呟く。
それに対するジナムさんの応酬が胸に刺さった。
騙している僕が傷つく資格なんて無いのに。
罪悪感は日に日に増していく。
その都度、羨むのは理想の関係を保つ先達二人。
両思いだが踏み出せず、けれど険悪でもなく、むしろ仲睦まじい。
僕らも少し前まではそうだったのに。
贅沢な願いだとしてもこの距離で留まっていたかった。
目の前に広がる憧れについ目を奪われたまま、重い息が漏れる。
「……リヒト」
「えっ、ああ……ごめんなさい。ぼうっとしてました」
いつの間にか僕の近くに戻ってきていたジナムさん。
何故か険しい顔をしていた。やっぱり女性の傍は居心地が悪いのか。
ずきずき、痛む心。抑えた胸の上から更に僕は手で押さえつける。
こんなもの無くなってしまえばいいのに。
広がっていく鬱々とした気分を悟られぬよう、笑みを作った。