第三話
僕が男装を始めたのは三年前、故郷から離れたのがきっかけだった。
異界に渡った今も女に戻るつもりはないが、
ハルモニアの人達はもし告白した所で許してくれるのだろう。
……ただ一人を除いては。
『女だったのか、リヒト』
脳内で始まる最悪の未来図。
ジナムさんは極度の女嫌いである。幼児と老人以外は全て対象。
多少は慣れているはずのギルドメンバーですらあの態度だ。
彼が語りたがらないから原因は知らない。
でもきっと過去によほど酷い目にあったのだろう。
それを踏まえ、もう一度考える。
相棒でいられるのは僕が男であるから、恋仲になれたのも同じ事。
彼がこの世界の生まれで僕が欺いているせい。
もし女だと知られたら、彼は。
『なら、もうお前なんていらない』
◆◆◆◆◆◆
「っ!」
寝台から飛び起きる。真っ暗な視界、見慣れた部屋。
起きたばかりの脳は現実と夢の境があやふやだ。
でも乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返すうち、
あの光景は悪夢だったのだと理解する。
夢に叩き起こされるのは初めてじゃない、子供の頃から頻繁にあったことだ。
何度体験してもこの不快感は慣れやしないけど。
魔具は耐性の無い人の傍に置けないからと、
一人部屋にしてもらえたのが幸いだった。
既定通り、コンビで同室にされていたのなら、
きっと気配に敏感な彼を起こす事になっていただろうから。
(……ベタベタだ)
体に張り付く布が気持ち悪い。このままでは眠れそうもなかった。
こんな汗だくなら着替えるだけでは二の舞だろう。
寝起きの鈍い体でのろのろと備え付けのシャワーへ向かった。
◆◆◆◆◆◆
『……細いな。同じ男とは思えん』
告白、そして抱擁がほどけた直後の一声。
あの発言には随分ヒヤっとさせられたものだ。
思わず魔術師はみんなこうなのだと誤魔化し、
それに彼が納得してくれたおかげで事なきを得た。
ただそれはあながち間違ってもいない。
魔術師適性があると能力が魔力関連に流れてしまう為、
肉体的な成長に恵まれない傾向にある。女だとそれが特に顕著だ。
その良い見本が僕だろう。身長といい体格といい貧弱の一言。
湯上がりの肌を拭きながら改めて実感してしまった。
見るから悪い事を考える、己の体は自分の目にとって猛毒か。
ならばさっさと隠してしまえば良い。
畳んだローブの上、丸めて置いてあった布に手を伸ばす。
「リヒト、机に頼まれてたの置いといたからー」
「?!」
持った布を広げた瞬間だった。
脱衣所と部屋、それを遮る扉の向こうから声。
考え事をしていたせいだろうか、全く足音に気付かなかった。
確かにツェリさんへ急ぎで薬を作ってもらっていたけれど、
まさかこんな夜中に届けてくれるとは。
おそらく部屋の明かりを付けていたから入ってきたんだろうけど。
ひどく驚いた僕は手に持っていたそれを離してしまう。
落ちていく様が走馬燈のようにゆっくり映った。
屈んで取ろうとしたがそれよりも先に上半身へ当てるはずだった布端が足首に触れる。
それは瞬時に僕の両足へ巻き付き一つに縛り上げた。
当然ながらバランスを崩した体は後ろへ傾く。
「うわあっ!」
「どうしたの!リヒ……ト……」
派手な音を立て倒れてしまったからだろう。
慌てた様子でツェリさんが入ってきた。
足に布を絡めた僕を見て固まる彼女。
ただでさえ大きな瞳が零れそうなぐらい見開かれている。
下は履いていた、だがそれは気休めにもならない。
一番見られてはいけない所を見られてしまった。
両腕とも空いていたから使ってみても何の効果も無く。
気まずい。お互い言葉が見つからずうろたえている。
しばらく絶句した後、沈黙を破ったのは。
「……っくしゅん!」
僕のくしゃみだった。そういえば今の僕はほぼ全裸。
立ち上がろうにも足が動かない。焦ってるうちにまた口から一つ。
その音で我に返ったツェリさんが布にかかっていた魔法を解いてくれた。
これなら自分でもどうにかなる。感謝を述べつつ彼女の方を見やる。
「すみません、部屋でお待ちいただけますか」
「……わかった」
了承したツェリさんが部屋の方へ。
それを見計らって僕は急いで着替えを始めた。




