第十九話
「……リヒト」
一人意気込んでいたならば、呼びかけられじっと見つめられる。
ばっちり合ってしまった視線。そこにあったのはひどく熱の籠もった瞳だった。
懐から彼が何かを取り出す。受け取ってくれ、と僕の手に置いた。
「……きれい」
それは一枚の羽だった。
水色の上に薄く七色の光が輝いて何とも美しい。
さながら芸術品のようだ、知らず知らずのうちに感嘆の息が漏れる。
触り心地からして本物のようだがこんな美しい鳥がいるのか。
いつか見てみたい。思い馳せながら彼に礼を告げようと彼を見つめる。
「……俺の故郷では求婚でこの羽を贈る」
その一言に思考が頭から吹き飛んだ。開きかけた形のまま口が止まる。
僕の聞き間違えでなければ。彼は緊張感を纏わせ、真剣そのもの。
あ、とも、う、とも言葉にならない声しか唇は作れなかった。
「これは生涯同じつがいと過ごす鳥でな。
この風習はそれにあやかっているらしい」
風習には嫌な思い出しかない。
ずっと僕はそれに振り回されてきた。あの頃は破れば死が待っていたから。
僕の世界にあるのは魔術を極める為の昏いしきたりだけ。
だからこんな素敵なものがあるなんて知らなかった。
一向に落ち着かない心臓、そんな中ふと頭に過ぎった単語が口から出た。
「比翼の鳥……」
つがいで一羽となり、伴侶を永久に愛す幻の鳥。
子供の頃、一番好きな物語だった。でも覚えていられなかった。
忘れていたのは果たせなかった約束を思い出してしまうから。
「……知っているのか」
「亡くなった父が教えてくれたんです。
異界の伝承だと。でも……実在してたんですね」
ジナムさんの反応からして、この羽こそ比翼の鳥で間違い無いらしい。
父様が話してくれたのはこの世界の事だったのか。
飽きることなくねだる僕に父様は何度も語ってくれた。
その代わりと父様は僕に願いを託したのだ。
「いつか比翼を見つけてほしい、と父はいつも言っていました。
でも叶う前に父が死んでしまい諦めていたんです。
父との約束を果たさせてくれて……ありがとうございます、ジナムさん」
優しい微笑みを思い浮かべ涙ぐむ。
最近泣いてばかりだ。父様が亡くなってからは涙など枯れていたのに。
昔の泣き虫だった僕に戻ってしまったかのよう。
ジナムさんの手が頬に触れた。彼の親指が目の下を拭ってくれる。
鍛えているせいか、少し固い肌。薄い皮膚には少し痛いが嫌じゃなかった。
すみません、と謝った所で彼が眉間に皺を寄せている事に気付く。
泣いた事で気分を悪くさせてしまったんだろうか。
おどおどと言葉に迷っているうちに彼が手を止めた。
「違う」
「え?」
「鳥の事じゃない、比翼は」
途端、抱きしめられる。まるで元から一つだったかのよう強く。
彼のその行いにようやく悟った、父様が言っていた意味を。
「お前の比翼は俺だ」
澄んだ眼で彼は語る、否定は浮かばなかった。
彼が望んでくれたなら認めてかまわないのだから。
比翼は二人で一つ。僕を彼の半分に、そして彼も僕の半分に。
僕と彼が真逆なのはそうやって互いを補う為なのだと腑に落ちた。
ジナムさんは僕の欲しい言葉を全てくれた。
必要だと言ってくれた、僕の為に生きてくれると誓ってくれた、
そして今、僕を比翼として求めてくれた。
けど僕は何も話してない、全部秘めたままだ。
それでも全て受け入れるつもりで求婚してくれたのだろう。
だからこそ、返答は。
「まだこれは受け取れません」
体を離してもらい、彼の方へ羽を向ける。
両手を添えてジナムさんの掌へ乗せた。今なら言える。
数日前までの恐れは嘘のように無くなっていた。
「僕はみんなを騙しています、その中にはジナムさんも含まれている。
何もかも隠したまま、僕は逃げようとしました。
けれど、そんな弱い僕を貴方は比翼だと言ってくれた。
その貴方の強さと想いに僕は応えたい」
ジナムさんに向き合った僕は視線を合わせて笑む。
強がりなんかじゃない。心からの表情だった。
「今夜の戦いを片付けたら嘘も真実も全て話します。
ジナムさんには本当の僕を知ってほしい。
だからどうかそれまでこの羽は預かっていてくれませんか」
必ず受け取ると強く言いきる。
何とも身勝手な提案。だが彼は快く承諾してくれたのだった。