4話
離れの戸を開ける音がした。
離れは今、幼馴染の健太郎君に貸している。
畳敷きの部屋なので、空手を教えるのにちょうどいいらしい。
「おーい、ハナー。」
「開いてるよー。」
「無用心だな。」
「健ちゃんが来ると思って、空けといたんだよ。」
「それでもお前、鍵かけとけよ。」
「ハイハイ。」
ハイハイじゃねーとかなんとか、ブツブツ言いながらダイニングテーブルに座った健ちゃんにお茶をだす。健ちゃんは2つ上で、平日は親の不動産会社を手伝っている。おばあちゃんが亡くなった後の、不動産関係の手続きは全部健ちゃんがやってくれた。
おばあちゃんが亡くなるひと月前に、名義変更を頼んでいたらしい。
手続き完了とほぼ同時に、おばあちゃんが亡くなった。なんか期する事があったのかな?
おばあちゃんが亡くなるまで、私はおばあちゃんがビル成金だと知らなかった。
生活は慎ましかったし、書道教室にはそれなりに生徒さんが集まっていたから、子供の頃はその収入で食べているとばかり思っていた。
今考えると着物や帯はいいものばかりだったので、それに気づかない私がぼんやりしていただけなんだろう。
「それにしても、派手な辞め方したな。」
思わず、ブーっとお茶を吐いた。
「な、なんで知っているの!」
「有名だぜ、昨日の話。」
布巾でテーブルを拭きながら恥じ入る。
一晩たって考えてみたら、あまりに軽率だったことは否めない。
「お前、昔っからそういうとこあるよな。」
「そういうって、どういうところよ。」
「短絡的っていうか、おっちょこちょいというか。」
・・・・まぁ、否定はしない。よくおばちゃんにも諭された。
でも、辛抱したと思うよ?苦情が入るほどのパワハラに耐えたんだから。
「あの、田中っていうのな、支店に飛ばされんぞ。」
「情報早っ。しかも人事の情報なのに。」
「まーなー。」
「いやー、怖いわ。情報保護も何もあったもんじゃないわね。」
「お嬢ちゃんにはわからない、大人の世界のお話だからー。」
「何が、大人の話よ。」
「・・・お前、よくがんばったな。あのパワハラに。」
今、それを言うか。健太郎。不覚にも泣きたくなるじゃない。
お茶のお代わりを勧める振りして、台所へ逃げ込む。
ここは私の安全地帯だ。だれも簡単に踏み込ませない。
「いいにおいしてんな。」
って、おい!簡単に踏み込んでんじゃなーいっ!
「ちょっとー、台所に入んないでよ。」
「イトさんはいいっていってくれたのに、ハナのケチ。」
「そんなこというなら、味見させてやんない。」
「ばーか、お前なんか隙だらけで、簡単に味見できるもんねー。」
言った側からオレンジを空けて、中の里芋を略奪された。
「お、イトさんの味っぽい。」
「おばあちゃんほど美味しくありませんので、今後は味見をお控えください。」
「マズイとは言ってねぇ。」
「旨いとも言ってない。」
「旨い。ハナっぽい味。俺は好き。」
「今更?お世辞は結構です。おばさん達に分けようと思ってたけど、やっぱりやめる。」
噛み付く気満々で健ちゃんの答えを待っていたら、思いがけない提案をされた。
-------お前、カフェで働いてみる気ないか?