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「わたしの願いは……わたしを人買いに売った母を、処罰してもらうことです」



 大広間は一瞬、静寂に包まれ、やがて遠慮がちなどよめきが起こった。

 報償として求められるものはおおかた、金銀財宝、約束された地位、もしくはそれをもたらす婚姻の相手などと相場が決まっている。


 勇者キリエの望んだものは、大広間の誰も予想していないものだった。


 ざわめきは収まる気配がない。

 キリエは好奇の目を向けられるのがわずらわしくなり、続けて言葉を口にした。


「わたしの望みは叶えていただけませんか?」


 キリエの言葉を聞いて、あっけにとられていた王が口を開く。


「……いや、叶えよう。それが、そなたの望みでいいのだな?」


「はい。それ以外に望むものはありません」



 キリエは深々と頭を下げると、そのあとの言葉は聞かずに大広間を後にした。

 噂話でも話し合いでも、あとは勝手にやるといい、と思った。






「キリエ、どうしてそんな顔をしているの?」


 王城の中に与えられた部屋のベッドで寝転がっていると、上からキリエの顔を覗きこむ者がいた。

 人の背丈よりも高い位置に浮かんだ相手に、キリエはめんどくさそうに言葉を返す。


「……そんな顔って?」


「もうすぐ、長年の望みが叶うんだろう? もっとうれしそうな顔にならないの?」


 無視してもよかったが、きっと無視すれば納得のいく答えが返ってくるまでしゃべり続けるだろう。

 キリエは仕方なくベッドから体を起こす。


「わからない」


「キリエはいつも言葉が足りないね。私がキリエの守護者でも、伝えてもらわなくてはわからないこともあるよ」


 言葉が足りないと言いながらも、キリエの顔を見て微笑む。

 宙に浮かぶのをやめて、隣に腰かけた存在をあらためてキリエは見た。

 そばにいるのは人間ではない。


 守護者。神から遣わされたもの。

 キリエのように特別な力を持った者のために存在するもの。

 パートナーを守り、心を通わせるもの。


 キリエは母親によって人買いに売られ、命がけで逃げる際に力を発現させた。そしてその時に守護者に出会った。


「なにがわからないの、キリエ」


 いつだって人の入らない森の奥にある湖のように静かな表情の守護者。――だからアクアと名付けた。


 アクアの視線から逃れるようにキリエは目を伏せる。


「……なんだか、もやもやしたままだ」


「君のことを教えて、キリエ」


「なんで」


「私はキリエの守護者だから」


「……もう魔王討伐は終わった」


 守護者が守護対象のことを知ろうとするのは、守護者の使命をまっとうするためだ。対象のことを知り、一心同体となって魔王を討伐するため。

 神から遣わされた守護者は、その使命をまっとうするために行動している。


 だが魔王は討伐された。

 大きすぎる犠牲をともなって。


 仲間の最後の姿を思い出して、キリエは知らず拳を握り締めた。


「魔王は討伐された。……もう、わたしのことを知ろうとしなくてもいいだろ」


「そうだね。キリエのことを知りたいっていうのは守護者としてではなく、私の希望かもしれない」


 アクアはどこか遠くを見つめるようにしてつぶやいた。


「魔王は討伐された。だから、守護者である私もほどなく消えるだろう」


「そう……」


「その前にキリエのことを知りたかったんだ。なにせキリエは、いつだって言葉が足りないからね」


 家族よりもそばにいて、ずっと一緒にいるのが当たり前だった。

 ずっと共にあると思っていた存在から聞かされた別離の予告に、キリエの心臓がはねた。


 自分の口から出ていきそうになる言葉をキリエは自覚した。


 だからといってどうなるというんだろう。

 ずっと一緒にいてと頼んだら願ったとおりになるなんて思えなかった。


 いつだってキリエの希望なんて聞いてくれず世界は進んでいってしまう。


「今すぐ消えるというわけではないよ。君の望みの行く末は、見届けることになりそうだ」


 アクアが再びキリエに向き直って微笑む。

 キリエは「うん」と短く返した。




 キリエの母親がすでに死んでいるという連絡が来たのは、三日後のことだった。




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