第八十四話:魔女の箱庭
マラレルは負け戦が上手い。
全力で逃げつつも、隊列はある程度維持するのである。
指揮官を殆ど喪い、諸隊長の位置さえ分からぬのに、兵が各々判断し退却出来る部隊…と言うのは、貴重なモノだろう。
よって、戦は、一日も経たずに終わった。
斬獲した首は、一等宮廷魔術師以上が三。一等騎士候補が二(焼失したモノも含む)。それ以外が、四百二十二。
勝ったにしては、すこし少ないが……上記の理由に加え、そもそも、敵が逃げたのも、恐怖に依るものであった為である。
「ダマ・ユユ、被害は、どれくらいなん?」
剣を優しく拭きつつ、ホスロは付近に立っていた部下に、ぶっきらぼうに尋ねた。
「はっ、我が軍の指揮官に戦死者は居りません…しかし、五百の兵の内、八十が死に、百十数名程が怪我をしております」
(…は……損耗率たっか…負傷者を置き捨てといて良かったわ……)
己の判断を褒めると同時に、内心驚いたが、ホスロは無表情を貫く。
「…そうか、で、ダンテの方は?」
「分かりませぬが…あまり、良い状況とは、言えませぬなぁ…」
ダマ・ユユの報告は、曖昧であった。
その為、同僚の頼り無さを見つつ、ギベリンが代わりに報告した
「若様、病院騎士団は、戦死者が、二百数名に登ると思われます……それに、ダンテ殿の親衛部隊も、幾人か心音が止まっているのを確認しました」
「ほほぅ…ギベリン殿、把握が早いな」
自分を押しのけて報告したのを、不快に思ったのか……ダマ・ユユが、せせら笑う。
「うむ、お主のように、戦働きだけを考える脳筋とは、脳の造りが違うからな」
「……おう?」
故に、少し、険悪な雰囲気になったが……
「まぁまぁ、よし、では……怪我人は本陣に運び込め、元気な者には、哨戒を怠らぬ様に申し付けよ」
(まだ、ネロを討ち、追い払ったとは言え…南方哨戒部隊を壊滅させた訳では無い……)
数日で再集結し、反転…攻勢を仕掛けて来るやも知れぬ。
なにせ、ネロの本陣には、王家の霊剣のモノと思われる旗印が立っていた。その人物が、未だ死んでいるとの確実な報告が入って来ていない。
油断は、禁物である。
(勝って兜の緒を締めよ……)
東洋の言葉だ。ネロが昔、良く言っていた。
__見渡す限りの草木が、血で染まっている。
ローデルヴィレイ川は、普段ならば、綺麗な、透き通った水が、草の根元まで染み込み、反射し、鏡のようである。
今日は、それが真っ赤に染まり、さながら地獄のよう。
ホスロの好きな匂いがする……懐かしい、香りが。
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「博士、博士、ザルク博士?」
ガラリ…と場面は変わり、寂れた、柱が何本も立てっている、灰色の石造りの…迷宮の様な、廃墟のような場所である。
所々ひび割れた石すら横たわり、欠けている。
そして、「博士…」と少女が、石柱の上にちょこんと座り、誰かの名前を呼んでいる。
「はいはい、ここに居ますよ、ゲラマド殿」
「聞き給え博士、ついさっき、私の本の所持者が、死んだ」
その少女は、黒いフードを被りつつ、口をツーンとしながら、言い放つ。
「そうですか、ああ……あのぉ、ネロとか言う?」
「ああ、そうだ」
ザルク。五老杖、人形造りの棺。その姿は、まるで枯れ木の様である。骨人族の血でも、混ざっているのだろう。
今日は白衣を纏い、やけに丁寧な口調で、魔道士ゲラマドと対話している。
「心が、痛みますかな?」
ザルクは、コツコツと喉を鳴らした。
「いんや」
「大した才でも無かったしなぁ」
ゲラマドの発言…「大した事は無かった」ソレに、ザルクは驚きつつ
「そうですかな?」
「あの娘、難しげ気な魔法も覚えていた気がするが」
それに対し、ゲラマドの方も、多少笑いつつ
「博士、アレは努力の人間さ」
「少なくとも、私が好むタイプでは無い」
「まぁ確かにね、凡人よりかは、才能があったやも知れぬが……うん、つまらん仔だよ、我が血を引いた生物だと思いたくないなぁ」
「まったく…無駄に戦って死におって、ラドリアの名に泥だけ塗って……」
ザルクはそれを聞き、角張った顎を、またカツカツと触る。
「所で、ゲラマド殿、ゲラマド殿、戦争も始まりましたし……もう、リュクリーク王には会わぬご予定で?」
「うぅん……別に、私は、あの無能な脳筋男自体に関心がある訳では、無かったからなぁ」
「実験は…まぁ、失敗だろうしねぇ、もう、当代の王の利用価値は薄れてしまったよ」
「おや、失敗…とは?」
「始まったばかりですよ」と、ザルクが、更に問う。
「私がねぇ……アヴェルナを、あの勇者並の生物を、もう一度見てみたかった…と言う目的と好奇心の下に、考案した計画を実現させる為に、君を五老杖に推薦した事を覚えているかい?」
「えぇ、多少の感謝はしております…お金をたんまりと稼げましたしね」
ザルクは、手で金貨のポーズを作り、カラリ…と目を細める。そして、ゲラマドの言葉に、続けて耳を傾ける。
「戦争は、英雄を生む」
「私はねぇ……期待していたんだよ、ニクスキオン朝の皇帝でも無く、南方の長……ゼノンなんたら…でも無い…」
「あの子…ライオリック・ノルマンドに」
ザルクは、二度ほど、深く頷く。
「だけど、アレの底は、正直北方戦争(今同時並行で進んでいる、マラレルとニクスキオン朝との戦争)で知れてしまった」
「ライオリックは、強い…私よりも、ずっと」
「……だけど…あの程度じゃ、勇者とは呼べんね……感動はしなかった、残念だよ…至極ね」
「さぁ博士、もう私達の協力関係も終わった、後は何処にでも行き給え」
今度は、更に高い位置にある、割れた石の柱に登り、小さな背の大魔道士は、とても冷めた声で言い放つ。
「ふむ…?私はまぁ………所で、ゲラマド殿」
「うむ」
ザルクは、また、優しい声音で、大人が子供に諭すように
「いやぁ…この先、戦争の結末も見届けぬのですかな?」
それに、「ケッケッケ」と、魔女らしく、ゲラマドは低く声を上げて笑うと
「博士は真面目だねぇ……また、興味が湧き次第、私は表舞台に上がるさ」
「ほう、何故……この戦争の末で、アヴェルナが生まれるかも知れない…そもそも、この実験自体、蠱毒の性質を秘めていたのでしょう?」
「いんや、いんや、アヴェルナは、今回は生まれない」
「何となく、分かるんだよ」
「今現在、この世に生を受けている者共は、総じて人間の範疇を出ていない」
「実験動物ばかりだ」
どうやらゲラマドは、気分屋である。
「アナタは本当に…くだらん偏見だなぁ……研究者らしくない…すぐに物事を諦める……うむ、変わっている」
一度は納得しかけたが、どうやら、余程モヤモヤとしたらしい。ザルクは、再び
「……ゲラマド殿、勿体無い…本当に……何十年と時間を掛けて、結末も見ずに籠るなど……」
何故、あぁ何故…結果も見ずに去るのだ…と、少しザルクは、ゲラマドを憐れみつつ、腹を立てる…が。「去るよ」と言った、少女の足は、もう止まらない。
「またね、博士、次会う時は、もっと格好良い変名を考えておき給え」
「ザルクは、なんかヤダぁ」
ふらふらと石柱の迷宮を去ってゆく少女の背を見つつ、白衣を纏った骨人族は嘆息した。




