第七十五話:道中の雑談
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マドラサ攻略から、半年程経ち、エレノアはドラグーン皇国へと向けて、ある程度整った新兵達に囲まれつつ、輿に乗り炎路をすすんでいた。
皇国までの行程は、一度ホスロ達首脳陣が往復したことも有り、障壁を避けつつなので、案外順調である。
「うぅ…熱い…ですね」
だが、魔術師としても、武人としても研鑽を積んでいない上に、まだ十四、五の少女であるエレノアは、汗を垂らし、目に見えて暑がっていたが…その都度アーディルが『風』の普遍魔法を唱え、和らげてやっていた。
「はっはっは、見よクレアよ、エレノア様は我が弟を手足の如く…気に入られておるわ」
その光景を、ホスロは行列の中盤、馬上から見上げつつ……何故か、満足げである。そのまま輿の上で、アーディルと話すエレノアを見て、何度も目を瞑りつつ頷いた。
「へぇぇ」
だが、クレア・ドールは、この、青髪の軍師は、真顔で聞き流しながら周囲の環境に目を遣っている。
「所で、炎樹林に豊富に横たわる資源の山々は…これまた、研究に使えそうですね」
「お前は…興味ない話になると、話題変えがちじゃなぁ」
「例えばほら、『炎々円鉛』」
クレアは、まるでホスロの声が耳に届いていないかの様であり、ひょいっ、と馬上から魔法を唱え、真っ赤な石を拾うと、縮れた青髪を自慢気に振り、にヘぇ……とキメ顔で続けて
「コレは鉛の一種なのですが、加工し、武具にするのには向いていません」
「されど粉、粉末状に削り、イネ科の植物と混ぜてから、湯と共に飲めば、溶け出した成分が脳の細胞を刺激し、継続的な快感と全能感が得られるのです」
「この一面の炎樹林の大半の地面の下に、本来なら埋まっているハズです」
「ほぅ…」
しかし、少女は思い出すようにして
「あぁ、しかし、かなぁり中毒性が高いので、実際に使用するのはオススメしませんね」
「まぁ……ふふっ、製法を伝えた所で、我が主殿は不器用そうなので、そもそも、その粉自体を作れなさそうですけど」
「あははっ」
この細目の女は、どうも一言多い。
主従揃って、全く、似ている。
しかし、ホスロはソレを聞き
「その粉、戦争になれば、役に立ちそうじゃな」
「……麻薬を買うより、それは安上がりか?」
「まぁ、安いでしょうけど……まさか、冗談ですよね?」
「いや、お前が思っとる内容の、まんまじゃ」
少し、クレアは黙る。二度ほど、エレノアの輿の方をぎこちなく向き、また戻り、考えつつ
「のぅ、クレア」
「なにせ我が軍には、時間が無い」
「いくら獅子とて……狩りも経験したことの無い幼体が、鹿を恐れないか?」
「いや、恐れるだろう、自分の潜在能力を察せず、きっと、そのまま取り逃すだろう」
ホスロは、やけに饒舌であり、何処か強気だ。
「毎日、毎日な」
「例えば……ほれ、今訓練しておる元山賊やら、これから召集予定の民兵やらに与える食事に一振り、一振り…撒こう」
「すると、どうなるか……恐らく彼らは快感と全能感が、常時備わる、「俺は無敵だ、たとえ化け物が襲って来ようと、負けるはずがない」」
そして、少年は、少し言いにくそうに頭をポリポリと掻きながら
「実は、前から考えとったんじゃけど……」
「未だに俺に反発しとる貴族が居るじゃろ、そいつらの家臣丸ごと攫って来てな、その……俺の麾下になる予定の新兵らに……初めての殺しを経験させときたいんよ」
「薬で頭ぶっ飛ばしといたら、躊躇なく殺れるじゃろ、いやはや、良い話をしてくれたな、クレア」
対して、クレアは「うーむぅ」と宙を見つつ思案して
「なるほど…良いと思いますよ……帰ったら兵舎に置いている料理長に、鉛粉の製法を伝えておきますね」
「あ、分かってるとは思いますが、気を付けて下さいよ……くれぐれも…エレノア様達に勘付かれないように」
コレ以上問題行動を起こせば、擁護をして貰えなくなるかも知れない。
だが、ホスロは……
「はっはっは、馬鹿を申すな、隠し通せる訳が無かろう」
何故か開き直っており、クレアを馬鹿にし、笑った…が。
「護国卿、公国貴族が多く居を構える北方には、最近よく氷飛竜が出没しております」
「アレは獰猛な個体で有名ですよ……それこそ、一家が皆喰われたとて、周囲が納得する程の」
その言葉に、嘲笑で半開きになっていたホスロの口は閉じ、口角が上がった。
「ほぅ…まぁ、聞かなかった事にする」
タイミングが悪く、後方より、ヨナタンが馬を寄せに来ていたのだ。
角付の黒馬に跨り、大地を抉りつつ、ホスロの黒馬に並べた。
「なんだなんだ、殿下、アイスワイバーンの話か?」
「やはり君は人の話を聞かないな、あの竜は公国の北部にしか生息して居らん」
「はぁ…ヨナタンにまで言われたわ……のぅ、クレア」
「はは……」
少し、無言の時が流れ、そして、ホスロはヨナタンに向けて
「ヨナタン将軍よ、ドラグーンとの同盟が締結されれば……頼りにしとるで?」
「……君が、この前に見せた決意は、良く分かったよ……まぁ、エレノア様に殉ずる覚悟を持ち続ける限りは、協力を約束しようか」
(言いよるわ、嘘をつけ、お前もどうせ、名を挙げたいだけだろう)
この単眼の鹿男の言葉に、思わずホスロは手を叩いて、踊りたい気分である。
きっと、ヨナタンの、エレノアに対する忠誠心は本物なのだろう。だが、現時点で、この場で……彼も、ホスロに従うと明言した以上、未来を見通す力は皆無であると言わざるを得ない。
誰も、公国を生かすという事を第一の主題に置いていないのだ……君主であるエレノアでさえも。
真に"公国の生存"の為だけを思うのであれば、公国議会が開かれる前にホスロを殺しておき、その後、オルレアンとレマナ、それに公国兵の残党を指揮する権限を渡して貰うようにエレノアに請願するか、又はエレノア自身が指揮し、そのままアッディーン騎士団を攻め、マドラサから追い出せば良いのである。
ホスロを滅ぼした後は、マラレルから逃れる為に更に南下するか、身を低くして、マラレルにアーディルかホスロの首を捧げる事を条件に、許しを請えば良い。
比較的現実主義者であるヨナタンでさえ、「もしかすれば、公国の領土を取り戻せるかも知れない」との幻想まで抱いていたのは、驚愕すべき事実だ。
誰もが、甘くて、危険な夢の中に居るのである。
そして、ホスロのみが、その夢を見させてくれる。
「殿下、もし我らが北上すれば、真っ先に……マラレルの南方哨戒隊と衝突するだろう」
「勝てる見込みは、あるのか?」
「ある」
ホスロは、響く声で、小さく叫んだ。
そして、自分自身に言い聞かせるように
「勝てる、勝てるさ……案ずるな」
「ドラグーン、オアシス村の連合に加え、もしかすると東洋の国々からも援軍を募れるやも知れぬ」
「あそこも、一部地方をマラレルと隣接しておる、この機会を逃すまい」
「なるほどな……しかし、確か貿易協定を結んでいる、西洋諸国がマラレル側に加われば何とする」
ヨナタンは長い歯をギラギラとさせて
「クハっ、あの、黒槍部隊が山を越え、谷を越え……黒色一丸となり、攻めてくれば」
「ヨナタン、ヨナタン」
「その時は、総力戦じゃ、世界中の国を巻き込んだ」
「楽しみじゃなぁ、楽しみじゃなぁ……」
北のニクスキオン朝と、南の連合…それだけでなく、東西の国々も加われば、ソレこそ……
「神話の時代の、再現じゃ、再現じゃっ」
ふとクレアの横顔を見れば、武者震いでピンク色になり、耳も赤くなっていた。
やはり、皆、楽しみなのだ。
そして……弾むようにして、ホスロとヨナタンは、皇国行きの行列の先頭に躍り出ていく。巣立ったツバメの雛のように。




