小話:フォルクスの外れ子達
「シモン様、おめでとう御座います、これでようやく貴方も……役目を」
「そう……ですね、イサベル」
男女が城の塔の上で会話をしている。
城。カロネイアの城である。大国マラレルの本拠地にして、教王リュクリークが座する椅子。
__女はレンガで作られた窓に手を置き、男はそんな彼女を支えるようにして、後ろにゆったりと立っていた。
支えられないと、立つことすら叶わんのだろうか。
足が、悪いのかも知れない。
「しかし、一等宮廷魔術師……私には重すぎる称号だと感じてしまいますね」
「そんな事は無いですよ、シモン様、あれだけ努力したんですから!」
イサベルはそっと振り返りながら、優しく言った。
ソレどころか、もっと高い位を貰っても相応だと目をキラキラとさせる。
「はっはっは、努力……ですか」
だが、どこか、当のシモンは寂しそうに笑い、遠くの鳥を見つめる。
大きな鳥である。何処へでも飛んで行けそうな。
「イサベル、努力とはね、その人の……主観的な物ですよ」
「私程度の努力など、同じ一等宮廷魔術師は当たり前のように行っているでしょう」
きっと、父や姉に自分の日課を「努力である」と言えば笑われるだろう、と男は寂しそうに言った。
「いえ、シモン様は他の方々に負けないくらいの凄い人です!努力家です!!」
だが、娘には何を言っているのかサッパリ、といった様子であり、不思議そうに、落胆する男を励ます。
「………フフッ、私は…良い臣下を持ちましたね」
被っていた仮面を取ると、反対の手でシモンは娘の頬を撫でてやる。
__不思議だ。実家の人々が、親兄弟のみならず、使用人でさえも。彼に厳しく当たると言うのに。
(この娘にも、私を疎む権利があったはずだ)
大衆と一緒になって、フォルクスの外れ子の私を貶せるハズだ。
固有能力も弱く、家中でも大して強くなく、特等魔導士(魔術師)にすらなれない。
フォルクスの基準だからだ、というのは十分分かっている。他家ならば、きっと自分は宝物のように大切にされるであろう事も、現実主義者かつ、密かに自信家のシモンは分かりきっていた。
だが、だからこそ、この娘は…一応家中の人間であるのに私に優しくする理由が無いではないか。
「やはり…シモン様は、私の憧れです」
イサベルは、少し赤くなって、告白するように、唐突に語る。
「私が当家に奉公に来た時、誰も……異民族の娘だと、蔑んだのに……貴方だけなんです」
「「やる事が無いのであれば、掃除でもして下さい」、と人間らしく扱ってくれ、部屋に入れて下さったのは」
だが、シモンはまた小さく笑って
「いえ、それは使用人の誰も__」
「それでもです、それでも、貴方は私に話し掛け、指令を出してくれました」
その寛大な心に、自分は惹かれ、救われたのだ…と娘は恥ずかしそうに言い切った。
疎まれ者同士、二人きりで小さな塔の上で…楽しそうに。
「シモン様ならば…五老杖にさえも…なれますよ、貴方様ならば」
「…全く……姉上が聞けば、笑いますよ」
だが、男は怒る事は無く、そればかりか心底嬉しそうで、それでいて安心している様である。
二人は……この瞬間、家に居ない間だけは、声を上げて笑い合えるのだから。
本編に挿入予定だった、シモンとイサベルの小話です。