↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/105

第六十三話:決戦前夜


____ぴちゃり、ぴちゃり……と、雫が垂れる。

何故雫が垂れるのか。ソレは凍った外套が、暖かい室内に入った事により、溶け出した為である。


「…クレア、戻ったぞ」


ホスロはそう言いつつ、扉を閉める。

ここはヴォルセリアのある宿泊施設である。

一応ホスロは高官の為、ソレ専用に部屋すら作られた。

ただ、いいとこの坊っちゃん貴族であったホスロにとっては、現場で即席の家を建てて貰える事など当然と思っている節がある。しかし、コレは傲慢では無く、生まれつきの性質なのだろう。


「お帰りなさいませ、無事そうでなにより」


「……クック、思ってないじゃろ」


顔を見れば分かる。

無関心な面をしてやがる。


そう。クレアは暇そうに、両手を暖炉に向けていた。

ホスロの参謀のため、しぶしぶ彼女も同じ宿に泊まらされている。


__アーディルとはぐれ、レマナと別れた後も、ホスロは雪の中、一夜を越え尚も魔獣を狩り続け、吹雪が更に激しくなった後に、終了した。

恐るべき根性と体力である。


着ていた黒外套は返り血で真っ赤に染めあげられ、剥ぎ取った魔獣の心臓や、骨は、数え切れない。


「……我が主よ、ご帰宅早々なのですが…お伝えしたい事が」


「なに?」


ホスロはバサリと下着も脱ぎ、上裸になりつつ聞く。余程血まみれの肌着が気持ち悪かったのだろうか。

もう片手で、普遍魔法『水』を唱え、少し長めの手拭いを湿らせていた。


「マドラサ貴族の中に、どうやら一人、危険な人物が居まして」


「ほほぅ」


びちゃり、とその手拭いで、背中、続いて脇の下をゴシゴシと拭いた。

痛々しい事に…ところどころ軽い傷があり、そこから血が噴き出ているので、瞬く間に手拭いが赤みを帯びてゆく。

ただ面白い事に、ホスロは気にしていない。随分と痛みに鈍いらしい。


「名をグリヴェルと言い、マドラサの下級貴族です」


「グリヴェル、グリヴェル……ふ…むぅ……うん、全く知らん」


「その、下級貴族が、なんじゃ、切れるんか…どうせ頭とかがエエ感じなんじゃろ?」


この女にとっての危険人物とは、きっと知将に違いあるまい。

しかし…(いくら頭脳が良くとも、結局は力よ)との思想を持つホスロにとって、あまり関心が無いのかも知れぬ。半笑いしながら聞いてやっている。


「上下問わず若い貴族衆からの信望が厚く、民衆からの評判も中々良いです」


「加えてマドラサ領内で起きた反乱を収めた実績があり、指揮官としても優秀かと思われます…なにより、恐らく彼は我が主殿の野望を__」


「武力は?」


クレアの丁寧な説明を遮って、ホスロは目を輝かせる。


「…はい?」


「武力は、グリヴェルとやらの個としての強さはどんななん?」


「……はて、分かりません」


だが、まぁ反乱鎮圧の指揮官として選ばれる程なので、中々なのだろう。マラレルでは騎士爵(実際に指揮権を行使出来る最低レベル)を授与される実力が、大抵宮廷魔術師上位か、一等騎士候補以上と決められている。マラレル統治下で反乱鎮圧を任されたとあらば、ソレ以上は確実なのだ。


(まぁアステルドやヨナタンと同格くらいかな)


そうであれば良いなぁ、とこの男は、期待感で一杯となった。


「とにかく、グリヴェルにご注意を」


…おや、ご注意か……この場合のご注意を、とは「当日、殺さぬ方が良い、との意味なのだろうか」

ホスロはクレアの次の言葉でふと迷い、実際に聞く。


「殺せば、民衆から反感を買うな」


「はい…一部の地域では、英雄として慕われてすら居るらしく……殺せば、本来流さなくても良かった血が、流れてしまう恐れも」


「うむぅ、よしよし…なるほどな、頭に入れとくわ」


なるほど、にしても、グリヴェルか。


「クックック」


「どうしたんですか、急に…気色の悪い」


ホスロが、体を赤い手拭いでピシャリと拭きつつ、一人で笑うので、クレアは大袈裟に気味悪がる。


「いや…毎回辛辣じゃなぁお前は」


「気付かんか…グリヴェル、随分と派手な名前じゃがな」


「…?」


クレアは不思議そうである。

この女でも知らん事があるのか、とホスロは何処か誇った気分となり、説明を始める。


「グリヴェルはな、グリフォンのマラレルなまりの呼び名じゃ」


元マラレル王国統治下と言っても、マドラサにはアヴェルナ教徒が多かった為、自然と…マラレルでの魔獣の言い方など知る由もないのだろう。


「きっとグリヴェル殿のご両親は、というか生家は、純粋たるマラレルの出身じゃな」


クレアはソレを聞き終え、意外とホスロが冴えている事に感心しつつ


「なるほど、"グリフォン"ですか……ふふっ、ならば益々殺し辛いですね」


と、続けて


「グリフォンは、アヴェルナ教では神聖な獣として崇められており……傷を付ければ、天罰が下ると教典に記されています」


「ほぅ…そうか、天罰が…なぁ」


天罰…考えてみる。

天罰を受ける基準は何なのだろうか。生き物を殺せば罪が下るのか、望まぬ大望を抱き、周りを巻き込んでもソレを押し通そうとする傲慢さに下るのか。


いずれにせよ…


「俺には遅かれ早かれ、来るモノじゃな」


ホスロは、何とも可笑しそうに笑うクレアを見つつ、皮肉めいた口調で言った。


「クレア、俺は、その天罰が下る前に、成さねばならん事がある」


「一世一代の、大仕事じゃ」


クレアは、雰囲気の変化を察して黙った。その沈黙は、思慮深さ故だろう。


「改めて、俺を輔けよ」


「まぁ…逆らえば家族を殺されますし、そりゃ頑張りますよ」


「……お前にとって…俺の覇業の手助けは、やり甲斐の無い仕事か?」


クレアがあまりにもどうでも良さそうな顔だったので、ホスロはニヤニヤと意地悪気に聞く。

既に体は拭き終わり、新しい布服を纏っていた。


「はい」


「この先、俺の…三千を超える公国兵を従える、護国卿の参謀として……その戦術腕を遺憾なく発揮出来るのにか?」


「……」


「お前に期待しとるのは、そもそも戦術面でのアレコレじゃ」


「もし……マラレルを打ち破ったならば、お前の名前は……クレア・ドールの名は、この先一万年を経ても色褪せる事は無いじゃろうな」


その言葉に、甘美な響きに、クレアの耳がピクリと反応し、頬は緩んだ気がした。

ホスロは心得ているらしい。部下に、どんな言葉を掛ければやる気が出るのかと言うことを。


(やはり…軍人は"こう"なのだな)


アステルドやヨナタン、オルレアンもそうだ。

良き敵と戦い、自分の名を刻むために儚い命を戦場へと運んでいる。


(コイツも…結局は俺と…俺達と同族)


功名心は抑えきれぬ。エルフの耳が長い様に、ドワーフの体が大きい様に、戦士とは、そういう生き物なのだろうか。


「なぁクレア、多少は……やる気でも出たか?」


「はぁ……全く、野蛮な貴方の価値観を押し付けないで下さい、私は別に、そんな事で勇んだりはしませんよ」


「その割には…」


するとホスロはゆったりとクレアの眼から、唇へと視線を移し


「随分と、嬉しそうじゃな」


青髪の少女は微笑んでいた。ソレも、何とも幸せそうに。


「…はっ、貴方のこじつけには呆れますよ、本当に……では、そろそろ失礼しますね、いつまでも貴方と同じ空間に居たくないので」


「あぁ、我が軍師殿、良い一日を」


どこまでも正直に言わない頑固なクレアに苛ついたのか、ホスロはわざと抑揚を効かせつつ、敬うような声で、クレアを行かせた。


きぃぃ…ガチャリ、と、その鉄で四隅を補強された木の扉が、歪な音を立てる。


不愉快な、音である。


「ヴォルセリア公国議会は……もう、明後日か」


ガタガタガタ…と、またもや、その木の扉が震えていた。今度は外の風が強くなったのだろう。


__明後日の議会で、来たる戦場で、全てが決まるのだ。


「『将たる者、迷うなよ』」


いつぞやの言葉が、何度も、何度も、しつこくホスロの脳裏に描かれた。

ドアは揺れている。吹雪は、一段と強まっている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。