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第四十八話:正義の嘘


それから。

その日のホスロの行動は早かった。

文筆家の如き速度で、パッパと頭領達への書状を書き、クレアに相談の謝礼金と一緒に握らせると、自身はすぐにエレノアが座する、マドラサ城の玉座へと向かった。

会議の開催の提案をする為である。


新築したホスロ屋敷から城までは、かなり距離がある。

そのため、少し駆け足気味になった。

タッタッタッ、と小気味よく靴の音が鳴る。

マドラサの土は赤い。そのため駆けるごとに細かい赤土が、さらに粘着し靴底にへばりつく。

注視する暇はないが、赤白青と、様々な色形の家々を通り過ぎ……


タッタッタッ……ドンッ


だが、途中で正面から左右に揺れ動きながらやって来た、商人らしき男とぶつかってしまい、よろけた。

まったく、どこに目を付けて居るのやら。


「ッててて……ちょい、気を付けてや……」


「あぁ、悪い悪い……おん?」


裕福そうな男は、騎士を目の前にして悪びれもせず、そのままホスロの顔面を無礼にも、じっくりと良くよく見たあと


「……アンタ、公国のホスロとか言う将軍様だろ、前に立派に馬に乗って回ってるのを見たぜ」


「おお、そうじゃ」


(意外とこの街の人達は物覚えが良いのかな)


いや、商人だからかなぁ、とホスロは頷く。

それにしても、やけに大らかささを感じる人だ。


「……やっぱ意外と子供なんだな、まぁ、頑張れよ…少なくとも"俺は"今の所公国に悪い気持ちは持ってねぇぜ」


男は、その後は何も言わず、フラフラと去ってゆく。

多少酒臭かった。


それにしても、なんというか、先の男の発言からも、ホスロに遠慮するような。自分があまり歓迎されていない様な……悲しい気持ちに少年は陥った。


(おえん、こんな事で気が滅入っとったら)


評価は追々付くものだ、とホスロは気を取り直し、そのまま駆け続け、登城する。


マラレルの本拠地、カロネイア城と比べると小城だが、それでもこの地域では一番の良城。

最上部まで長い。足に魔力を込めて走ったものの、数分間は掛かった。


大門を開けドシドシと、早速入って直談判を……と思ったが、どうやら……


確かに玉座の間にはエレノアが座っていたが、なんとも居心地が悪そうで、それに貴族階級らしき人々の話を聞いていた。

何故貴族かと思ったか。それは、服装が、そうであった。

アレは普通の市民に買える代物ではあるまい。


取り込み中とあらば、豪胆なホスロでも流石に憚る。チラリと横目で確認した後、そのまま部屋には入らず一個隣の控室のような部屋へと狙いを定める。

エレノアと貴族集団との話し合いが終わるまで待つらしい。


だが、その控室さえも一人にはしてくれないようで。

ギィィ、と、両面開きの大扉を自ら開けると、なんと中にはアステルドが居た。

仕事が無いのか、暇そうに剣を磨いでいる。


(コイツいつも剣いじってんな……)


と呆れつつも、「おい、アステルド」と言いながら少年は近づいた。

向こうも狐耳をピンッと張りつつコチラを一瞥したが、すぐに視線を戻して剣に向き合う。


そのまま


「おう青二才、どうしたんだ、エレノア様に何か用か?」


「あぁ、そんな感じじゃ、所で、あの列をなして並んどる偉そうな人らは誰なん?」


「アレか、アレはな、マドラサの主要な貴族達だよ」


(やっぱそうか)


ホスロは内心、あんないかにも……という服装でノコノコやって来た貴族衆がおかしかった。


「エレノア様にどうしても目通りしたいんだとよ」


だが、それにしてはチラリと見ただけでも、どの人達の顔にも明らかな慢心と余裕感が漂っているでは無いか。


「…アステルド、アイツら……多分、エレノア様が幼いし…それに、なんか柔らかい雰囲気見て舐めとるなぁ」


「……まぁ、確かに、舐められてはいるだろうな」


「やはり…父君……ホロロセルス様と比べると、まだまだ王として足りん」


アステルドは幼い頃、ホロロセルスが膝の上に載せながら「ほれ、狐坊主、将来は騎士か?」と可愛がってくれた事が未だに忘れられないらしい。

ソレを思い出すようにして、彼女と故王とを重ねてみる。


ホロロセルスの、あの、おおらかさと、時に果敢な決断力。


きらびやかな容姿や外交力、軍事的才能、そして戦闘力は無かったものの、彼は王として相応しい、と見る人が思わず認める覇王の雰囲気を持っていた。


「ハッキリと言えば、エレノア様は甘いな、なんというか……見ただけで分かる」


「……ほぅ、歳を食えばそういう能力も育つんか」


そういう、人をみる目が。


アステルドは大きく頷き、ホスロを連れてそそくさと控室から出た後に、また玉座の間を一緒にチラ見しながら


「うむ、仕草だな、ほれ、見てみろ…エレノア様は堂々としておられるが、頭を下げがちで視線をたまに外してしまう」


「「俺は王だ、皇帝だ」と根っこから思っているヤツは、相手への関心やら興味は忘れぬが、自信故に態度と姿勢が曲がらぬモノよ」


「そういうモンなんか」


「あぁ、そういうモンだよ、青二才」


ヨナタンに聞いても同じ事を言うのかも知れないな、とホスロは聞きつつ一人で合点する。


そして、ダラダラと「あの貴族は福耳だなぁ、あの人は強そうだなぁ」としゃべっていたら、どうやらエレノアと貴族達との対談は終わったらしい。ホスロはようやく部屋へと通された。


何故かは知らぬが、途中で玉座の間から出ていく貴族達に冷たい目で見られる。が、コチラも睨み返しつつ、エレノアの前までやって来た。


彼女の玉座の隣にはレマナもおり、大分疲れている様子。


「おや、ホス君じゃないか……また何か頼み事かな?」


レマナが、「また変な物を作らせに……」と警戒するように、エレノアの後ろに隠れようとするのを


「いや、ちゃうわ、エレノア様に進言を」


「……おや、何でしょうか」


「はっ」


「エレノア様、早急に…一月以内にでも、諸将、マドラサ貴族を招集し、議会を開いた方が宜しいかと」


レマナはエレノアの玉座横で聞きつつ


(一体何を言い出すかと思えば……この子、公国の王政が中央集権的……強固であったことを知らないのかな)


と魔術師帽子をやれやれ、といじりつつ「馬鹿を言うんじゃないよ」と反論しようとしたが、エレノアは静かに制して


「何故ですか…?」


「新たな軍団の編成や、兵達に与える報酬、更に財政政策などを早急に進めとう御座います」


「皆で知恵を出し合い、時に斬新なアイデアも出せる議会制ならば、この時期にはうってつけです」


取り敢えず公国の政治機構をしっかりとさせねば。とホスロは目をつむりながら、低い声で言った。


「なるほど、それは……そうですね……分かりました」


「…!」


「エレノア様ッ、公国の代々の統治制度に、議会などと言うものは…」


レマナが思わず口を挟む…が


「レマナ、制度は時代と共に変わって行くものです、近隣の諸国…マラレルでさえも、議会制に似た方式で国家運営をしているそうな……私たちも変わるべきでしょう」


「それに、このマドラサを落とす計画を建てた時は、現に皆で話し合って決めたではありませんか」


エレノアは顔色を一切変えず、水のようにしてスラスラと述べる。


(……え、公国ってそんな王権強かったん………?)


一方のホスロは公国が意外と前時代的な制度であった事に困惑し、少し焦った。


(こりゃ、オルレアンや公国従来の高官達が反対するかもなぁ…説得に骨が折れるわ)


ホスロの案と知られれば、反感を買う可能性がある。

が、勿論エレノアはそんな事は知らない。


「ホスロ殿……きっと、公国の実情にも詳しい貴方だからこそ……言い難い提案だったのでしょう…有難う御座います」


私はなんて仲間に恵まれているのか、と目を湿らせながら言った。


「エレノア様、多分ホス君何も分かってな__」


「いえ、エレノア様の御聖断、感謝致します」


そして彼女はその場で貴族達への招待状を書くことを約束し、ホスロには彼直々に、諸将への議会参加の通達と説得をするように命令した後に、席を立った。

やるべき事が多いのだろう。


公王の部屋には、ホスロとレマナだけが残る。

アステルドは……いつの間にか消えていた。恐らく娼館にでも行っているのだろう、アソコは彼の趣味の一つである。


完全に二人だけになったのを確認後、レマナはゆったりと、十分に間を取りつつ近づいてきて


「ホス君は、議会を開いて……責任者兼招集者として何を提案する予定なんだい…?」


(ホス君め、余程改革を進めたいと見える)


それはそれで良いのだが、悪い方に行かないと良いが……と、不安げな表情をしている。


「うん…?」


「……いや、さっきエレノア様の御前で言った通り、国政に必須な色んな事じゃ」


「それだけ……じゃな」


「……へぇ」


(この子、何か秘めているな)


魔女は、少年の顔が一瞬罪悪感で曇った事を見逃さなかった。


だが、少年の視点からでも、レマナがやけにスパイのように、先程から瞳を煌煌とさせて見つめて来る事を気味悪がっていた。


だのに、思わず、引き寄せられるようにして、口が開いた。

彼女の目を、逸らすことが出来無い。


そして、物理的に。彼女は、更にスッスッ……と猫のようにして近付き、ホスロの耳元まで来て、囁く。何を言っているのかは分からぬ。呪文だろうか。

耳に、スゥぅ……と甘い吐息が掛かっている。


ホスロは彼女の行為に抵抗せず、そのまま、ボー……と。意識は、確実に有る。


「……財政を………いや、ただ課税の提案をな、するだけじゃ」


「…ほぅ、君は通るとでも思っているのかい?」


耳の穴を抜けて、鼓膜を直接魔女の息が湿らしていた。


「するとしても、そもそもマドラサの戸数は、把握しているのかな」


「…それは………追々数える」


「そうかい、でも急に税を課せば民衆は不快感を得るんじゃないかな?」


「……いんや、大丈夫…じゃ」


ずっと、夢の中のよう。


「分かっている、さぁ、目を覚ませ」このままでは、何か嫌な予感がする。そう、脳が危険信号を発していた。今すぐ彼女との話を打ち切りにせねば。


(この女…!口が止まらん……)


あぁ、なんとも歯痒い。

頭では分かっている。

肉体と精神が分離した様な感覚に、ホスロは陥っていた、何かの魔法だろう。


脳みそのみが、狂ったように抗おうとするが、体がそれの動作に移らない。

彼女との会話に全体力を傾けてしまっている。


そして、まるで、操られているかのように、ペラペラと喋ってしまう。そう、意識は確かにあるのに。


不幸な事に、そして


「………だって…最近傭兵連中がなぁ、…活発化しとるがな」


それを追い払うためにも、金は必要じゃろう。

そう、言ってしまった。


「ふーん、まだそこまで大きな被害報告は出てないけどねぇ……」


「それに」、と相変わらず小声で呪文を唱えつつ、更にレマナは至近距離で、耳の穴の中まで舐めるようにして


「それに…山賊野盗からマドラサを守る為に諸隊長に国境を警備させてるのは……君じゃないか」


「……それとも…」


「今から、出てくるのかな、課税を納得させるような実害が?」


「……あ、いやぁ、そう……思った…だけ………」


もう、耐えきれん。

このままでは夢が遠ざかってしまう。


バッ!と舌を噛み切らんばかりに歯で傷付け、魔力を込めた。

そしてバチッ…、と何か唇に刺激が疾走った気がする。


「ヤレヤレ、解けてしまったか、まぁ、なんとも大した精神力だよ……で、"我が弟子"よ、エレノア様に、くれぐれも失礼の無いようにね」


解けるや否や、顔を合わせるようにしていたレマナは離れて、部屋の隅に置いておいた杖を取り、睨みつけるような顔と共に奥へと去ってゆく。

猫のような、鋭い瞳に変わっていた。

「エレノアを無視し政治を独占すれば、殺す」と言いつけられた様にも感じられる。


そうして、少年は広い玉座の間で、ポツンと一人になった。

不思議な罪悪感と、どうしてだろう、後悔心が後になって来て脳の大部分を占めてゆく。


(俺の行為は…公国の為じゃ、マラレルを……倒す為じゃろう)


(改革に犠牲は付き物じゃ、そもそも、金が足りんのは周知じゃ、皆納得するハズ)


みんな、願っているハズだ。

みんなマラレルが憎く…一刻も早く復讐したいはずである。


「……折れるな…「迷うな」」


ジルレドの最期の言葉を思い出した。


「ああ」と少年は、何度も首を、されどゆっくりと……小さく縦にふる。



「俺の策には……"義"がある」


決して下劣な手では無い。

そう少年は右手を小刻みに震わしつつ…言った。


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