第四十七話:謀
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ドール家訪問から一日経ち、ヴァレンシュタインの娘は確かに、マドラサ城にやって来た。
「よし、約束は守ろう、よぅ来てくれた」と労うと、ホスロは一応エレノアに挨拶させた後に、新しく魔法で急造した自分の屋敷へと娘を呼び込み、銀を二キロ程手始めに与えた後に、更に進ませ奥に作った謀議室まで案内した。
防音と不可視の結界が張られ、中の情報の一切が漏れ出ないように設計されている。ちなみに作ったのはレマナで、「一体こんな部屋……何に使うんだか」とぶつぶつ言いつつも、仕事はする人である。
ここならばどんな相談をしても安全だろう。
さっそく、娘はススス…ガチャリ…とドアを開けて部屋へと入り、静かに片膝を立ててホスロの前まで来て、止まった。
ホスロも、座っては居る。
椅子は無い。魔法の効果を高めるために、あらゆる物品は取り除いていた。
娘の服装は昨日と違う上に、年頃の子たちが身につけるドレス類ではなく、いつでも、鎧兜を上から被れるように設計された革服であった。
「……今日から俺は、君の知恵に大いに頼ろう」
「………」
娘は何も言わない。ただ、片膝を立てているのみである。
ホスロは、ソレを冷ややかに見て「では」と言って
「…早速質問じゃ」
今度はあぐらをかき、腰に佩びた剣を触りつつ
「今、エレノア様の評判はどんななん?」
軽く口を開いた。
「……聖女様がやって来た…と、オルレアン公叔殿と合わせて、"お二人に"対する民衆の評判は良いですね」
だが、「ただ」と娘は前置きし
「我が主の評判は、それはもう最悪です」
我が主、と敢えてホスロと呼ばなかった。名前では呼びたく無いのだろう。
「品性が無く、大声で人を呼び回り、運が良いだけの愚物と呼ばれております」
「クックック……そりゃ、君の主観で歪められたホスロ像じゃ」
「いえ、結構マジです」
「……え、いやいや、流石に盛っとる__」
「実際に変装し、そこら辺を歩いている人に聞いてみては如何です?」
きっと、私と同じ事を言うでしょう、と娘は少し嬉しげに言い放った。
目はまっすぐコチラに向いている。きっと真実なのだろう。
当然、ホスロは多少しょんぼり、としたが、姿勢を直して
(だが、この娘……この短い期間に…情報収集力はあるな)
耳としても使える、と内心ほくそ笑んだ
「まぁ、評判に関しての話は一旦」
そして、今度は娘の顔をしっかりと見て
「我が公国は、兵が少ない」
今の最大動員数は、五十余人である。とホスロは憎々しげに語った。
「兵が無ければ民は従わん、民が従わなければ作物も、金も取れん、金が無ければ物も買えん」
軍事力の低下は悪循環を産む、と少年は焦っているようである。
先の戦いで得た賠償金だけではすぐにソコをつくであろう。とにかく、公国には色んなモノが足りない。
が、娘は、「何を困っているのか」、と不思議そうに
「えぇ…普通に課税すれば良いでしょうに……」
そして面倒臭そうに返した。
(課税……か、所詮この娘もこの程度の考えしか浮かばんのか、こりゃ買いかぶり過ぎたかな……)
「駄目に決まっとるじゃろ、そんな簡単に出来るモンじゃ無いわ」
「…我が主殿は頭が弱いらしいですね」
「……あ゛?」
一瞬キレかけるが、「短気はいかんな」、と、黙って娘の言葉に耳を傾けた。
すると、娘は更にホスロに近付いてゆき、一応防音室ではあるが、周囲の音が完全に消えるのを、埃すら舞わなくなるのを確認してから
「今、領主が変わったばかりのマドラサ領内には、大量の野盗やら傭兵が蔓延っており、民は不安がっています……」
「そのような輩を、不安のタネを取り除く名目で課税し、義勇兵を募れば、自ずと民も協力しましょう」
サラリと言った。
「……君の方が阿呆じゃな、そんな、野盗も追い払えん公国など、弱いと思われ見切られ……反乱が起きるぞ」
「そうなればそうなったで良いではありませんか、反乱民の首魁達を皆殺しにし、市中に首を置いて回れます」
「公国は……いや、エレノア様ではなく、我が主は逆らう市民に容赦が無い人物だと思われ、畏怖されましょう」
「その後に課税を行えば、蜂起する元気は有りますまい」
「……むぅ………ふむ」
更に、娘はホスロの耳に顔を近付ける。
「兎にも角にも、課税の案を、エレノア様が出席する会議で通しなさい」
「上手くいくか分からんで、まだ慣れん民に税を課すなど不義じゃ、と言って反対されるかも知れん」
「何を心配なさる」
娘は得意そうに続けて
「全ては金が足りぬ事に行き着けば良いのです、金が足りぬから兵も置けぬ、兵が置けぬとならば反乱が起きてしまう」
「どちらにせよ、貴方の望む方に転がりましょう」
だが、コレには策が要る。
野盗山賊の類を、マドラサ(主に農民が多く住むマドラサ城外)で更に積極的に活動するように促す策が。
「……君、そう言えば…そろそろ名前を言え、話辛くて敵わんわ」
「けッ、まぁ、一応仕えたので教えましょうか……クレアです」
「クレア・ドール、ジルレドの弟子に御座います」
クレアは、では、自己紹介も終わったので。
話を戻しましょう、と前置きして
「我が主よ、族の頭領達に『騎士に叙する』との書状を書いて下さい」
「……なんでなん…?」
「彼等頭領分は、子分達とは違い衣食住には窮しておりませぬ、名声と権力を欲し、新たな主を求める者が多う御座います」
「『マドラサ全域への課税が決定されれば、逆に士分とし、召し抱えてやる』、という条件ならば嬉々として領内を荒らし回り、更に領民の危機感を煽りましょう」
「……元々その族共を駆逐するのが建前なのに、召し抱えれば批判されんか?」
「何を仰います、血を流さずに治安が良くなるのですから、コレ以上の事は有りますまい」
「もし批判する者が現れれば……」
とポツリとクレアは言ったが、ホスロには聞こえなかった。
「……なるほど、なぁ………中々ええなぁ」
じゃあ、頼むで、頭領達への説得。
と言ってすぐさまホスロは書院へと赴き、早速任官書を書こうとする。
が、クレアは呼び止めて
「……主よ、『騎士に叙する』のは貴方様の名前にしなさい」
「………ほぅ……俺の私兵にするんか」
「えぇ、最高指揮官が一人の兵も持っていなければ、命令に従わぬ者達も出てきましょう」
「従わん……者達か」
誰が頭に浮かんだのかは分からぬが、「そうじゃなぁ…」と懐かしげにホスロは言うと、書状の最後に自身の名を書く事を約束した。
少年は、マラレルを倒す為の計画をやっと始められるのだ。そのためだろうか、嬉々として……昔はあまり得意で無かった、字を書く、という行為が、余程楽しいのだろうか。
多少、微笑みながら部屋を出る。




