第四十三話:心理効果
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城から何千という大小さまざまな矢の雨が降り注ぎ、平原を駆け回る騎士達に容赦なく降り注いでいる。
鍛え上げられた個々の剛腕から放たれる矢は甲冑を砕き、肉を露出させ、骨に達する。
険峻のごときマドラサ城は、寄せ手の戦意を奪うには十分であった。
元々ダンテの闘志に引き摺られるようにして布陣した病院騎士団はおろか、燃え上がる炎のように士気猛々しかった公国兵ですら意気消沈している。
だが、依然、攻めている。それしか戦法が無いからだ。ホスロがジルレドを…敵の総大将を討ち取る、今はただ、耐えに耐え、吉報を待つのみであろう。
「青二才はまだか、青二才は!」
アステルドは、味方の兵達が脳を射抜かれ、胴に矢が束のように刺さっている中でも、殆ど無傷であった。
戦場を走り回り、逃げ腰の兵を叱咤し、意地でも城壁に張り付こうと、何度も何度も追い返されながら、前進する。
そして、中軍で指揮するダンテに再々まだか、まだか、と、尋ねる相手が違うだろうに、催促を繰り返した。
当然、ダンテは同じく兵達を指揮しながら、煩わしそうに
「知らぬわ、ホスロ殿が勝とうが負けようが、今の我らには関係ない、目前の敵を倒すのみよ!」
「知らぬとはなんだ、それでも共に戦う仲間かッ!」
言いつつ、隙を見て城より打って出てきた敵兵をいなし、傷を付ける。
全く、マドラサ守備隊は強い。
引けば矢や魔法の雨を降らせれ、近づけば城門から士気鋭い精鋭兵を率いた上将に追い落とされる。
その、マドラサ城からの決死の突撃隊を先刻から率いているのはアウラング・ルノーであり、巨大な処刑斧を両手で持ち、先陣を切ってバッサバッサと、病院騎士団員の首を跳ね飛ばし、胴体を両断する。
彼が斧を振るう度に味方の兵は逃げ、二丁程退却してしまうのだ。天下の勇将とは、アウラングの事を指すのであろう。
きっと、彼は公国病院騎士団連合の引腰を見て、(敵は弱い!)と思ったに違いない。
すると、流石に中軍の苦戦を見かねたヨナタンが右翼より離脱し
「ダンテ殿、アステルド、喋る暇があれば……あの将を撃つぞ」
というか敵中のど真ん中で呑気に喧嘩してんじゃねぇよ、と角を揺らしながら加勢しに来た。
きっと、大斧使いさえ撃てば、逆に敵の方が四散する。
「応」
と、人狐騎士と、騎士団長はヨナタンの言葉を尤もであるとし、それぞれ、後ろ向きであった馬首を返し、三人一緒に塊となって、逃げる味方と逆流するように猛々しく突っ込んだ。
一応、ヨナタンは大剣、アステルドはロングソード、ダンテは双剣と、それぞれ扱う武器種は異なる。
ちなみにダンテの双剣は、刃の付いたレイピアの二本持ちである。中々珍しい。
それもそのはず、メフメルの一族の伝統的な武器であり、専用の剣術も存在する。とても軽く、あまりパワーでどうこうよりは、極致の技量が求められる。
初代勇者の右腕、戦士長であるルーナ・メフメルは非力であった。されど彼女は親友の隣に立ち続ける為に努力を怠らなかった。レイピアの双剣という、非常に扱いにくい武器種の鍛錬を。
そして、か細く弱弱しい戦士は、いつの日か……勇者様から黄金造りの甲冑を与えられた。
それは正式なる神の兵の証であり、大地を駆ける戦士の象徴となった。
メフメルの当主、ダンテ・メフメルを先頭に、三人は馬に跨り、雄叫びを上げてアウラングに突っ込んでゆく
「……少しは骨のあるヤツも居るか」
アウラングは少し嬉しげに笑うと、自身も処刑斧をブンブン……フォンフォンフォン……と回し、次第に速度を増していき、回転の勢いのまま、横から回り込み、挟み打ちにしようと、思い切って馬の横腹を叩いて疾走ったヨナタン目掛けて振り下ろす。
ガキンッ、と受ける………が
バキッ……と、『操力』を最大出力にし、恐らく王家の霊剣レベルであっても力比べならば負けないような彼の剣撃を、アウラングは嘲笑うかのように、真っ向から粉砕する。
押し切られ、頭鹿族の、特徴的な出っ張った肩から、腰の辺りまでかけて薄く切られた。
プシッと少量、出血する。
「ぬぅ……ッ…アステルドッ、待て!」
斧を振り切った隙を見たのだろう、ヨナタンを気にしつつも、アステルドとダンテがほぼ同時に剣を突き出し、飛ぶようにして駆ける。
が、アウラングは尚も冷静そうに、鋭利な瞳を更ににいっと細めて
「『操魂』」
と、唱えると……ブワァ、と己の体表を取り巻く魔力を増やした。
ビキビキ…と彼の全身から血管が浮かび上がり、目も血走る。
そして、先程と段違いな程の速度と重さで、しかし軽そうに斧を横に振り払い……
(嫌な予感がする…!)
「アステルド殿……止まれッ!」
思わず前に前にと疾走る馬を懸命に抑え、ダンテは長髪を揺らし、叫んだ。
やはり途中で止まって正解だったらしい。
ザンッ、と見た目以上に斬撃が伸びる。
斧を振った勢いで発生した空気さえも、刃のように四方八方飛び回るのだ。
距離を作ったおかげで、ガキンッ、と流石に騎士に叙せられるレベルの二人である。全部弾く。
しかし…アレを何度もは厳しいだろう
「ふぅ……ダンテ殿、あの固有魔法…」
アステルドは生身のどうこうよりも、刃こぼれをしなかったか気にしつつ、パンパン、と嫌そうな顔で体に付いた土を払って、思い出すように言った。
「うむ……アニマ、と唱えていたな、確か……殺して奪った人間の魂を消費し、一時的に身体能力を高める魔法…よく処刑人の一族に出る」
流石は騎士団長、数年戦ってきただけはある。中々固有魔法には詳しい
「……短時間の爆発力のみならばヨナタン殿の『操力』より上だな……このまま三人がかりで挑んだとしても…二人は死ぬであろうよ」
真顔で、ダンテは炯々と目を光らせて、言った。
「……ダンテ殿のあの、メチャクチャ強い小娘…連れて来れんか?」
「あぁ…左衛門尉か、アレは今単独でマドラサ守備隊二十名程相手に、壁に張り付いて攻防している」
ダンテはさらりと言った。
「…俺達より状況は悲惨だな」
他の仲間も、それぞれなんとか城に登ろうと四苦八苦している最中であるらしい。
三人は、覚悟を決めた。
覚悟、相打ちになってでも、敵将を持ってゆくという覚悟である。
そして、アウラングは嗅覚が鋭い、目の前の男達の顔相が変わり、死士と化した事を悟った。
通常、死兵とは殺らぬ。だが、敢えて処刑人は斬首斧をズリリ…と音を立てて引きつつ大馬を歩ませる。
不思議と、口角が上がっていた。
ズリ……ズズ………ズズズ…
処刑人の馬が進む度に、斧を引きずるため土に跡が刻まれる。
アウラングが今まで貯めてきた魂の数は千と少し、夜に渡る長期戦になったとしても十分耐えうる量である。
「ダンテ殿、ヨナタン、敵将との距離が二十歩程になれば散開するぞ」
アステルドが、黒い狐鼻をスンスン、と湿らせ汗を垂らしながら言った。
命令を受けた二人も、恐怖故だろうか、無言で素早く頷く。
ジリジリ……と
アウラングも、三人の将も、双方いつでも飛びかかれる体勢であった。
だが、そんな緊迫感を打ち破るかのように、突如、上空から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
その声は、空気を打ち破るかの如し。
少年らしい快活さで、それでいて低い声。
おーい、おーい、と何度も前置きをして
「マドラサ守備隊、よぅ聞け、お前らの総大将ジルレド殿は討ち取った、最期の一兵まで戦うならいざ知らず、じゃけど城を明け渡すんなら殺しはせん!!」
来たか、と、全員思わず見上げると、案の定、ホスロが『操槍』で出した大槍にレマナと一緒に跨っている。
左手にはジルレド・アキナスのモノと思われる首を携えており、ポタポタと、新鮮故に掌が血塗れだ。
間の悪い沈黙が流れたが、暫くすると、徐々に。
神からのお告げの様な戦報を聞いて、病院騎士団、公国軍から驚きと困惑と、開放感でどよめく様な歓声が上がった。
「……その首……誠か」
反してアウラング含め、突撃隊として城から離れ、平原近くまで進出していたマドラサ守備隊は少し、ポカーンとして見つめたが、特にアウラングはすぐにバサッと斧を振り上げて
「阿呆めが、総大将を討ち取られて怒り狂い、戦う兵はあっても、逃げる兵などマラレルには居らんわ!!」
大馬をどうどう、と前足を上げさせ、「降りてこい小僧、一騎討ちじゃ」といって、左右に怒ったように揺れ動く
「……マジか………全然戦意衰えんがな…」
アウラングの激高ぶりに思わずホスロは、頬を掻きながら槍の後ろに乗るレマナの方を向く。
「まぁそりゃ、ホス君だって私が討ち取られたら、やる気無くす前に怒ってしまうだろう?」
「う~ん、多分逃げると思うわ」
パンッ、と思いっきり空中でレマナに肩を叩かれたが、すぐに気を取り直して、再び「隊列を整えよ、前方の騎士団を突き崩し……皆殺しじゃぁあ!!」と叫び、狂い、乱れるアウラングを見つめた。
それにしても、元気すぎやしないだろうか、とホスロはどうしようもなくアウラングの一人芝居を眺めていたが……やはり、マドラサ城からドオォン、と魔太鼓の…恐らく撤退の音が聞こえてきた。
そもそも、自然の流れだろう。ジルレドの首が戦場に現れてから突撃隊の八割が戦意を喪失したようで、明らかに動きが悪かった。
撤退も覚束ないらしい、各々、めいめい指示にマトモに従わず城へと戻ってゆく。
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「何故じゃ、ヴァレンシュタイン将軍、ジルレド様が討たれたとて、このまま籠城を続ければ、勝てる!」
どうして撤退させた、と、アウラングは、辺境騎士ヴァレンシュタインに詰め寄る。
急遽招集された将軍たちの前で、続けて彼は血相を変え、唾を飛ばしながら言った。
どうやらソルタナ・ラエリウスや、一緒に防戦指揮を執った諸将も同じ気持ちらしい。
今にも剣を抜かん様子。
だが、どうしてか、ヴァレンシュタインは長いヒゲを触りながら、ゆったりと椅子に座ると
(若いのぅ…勝てはせぬ、軍の中核を成す将を二人も失えば無理だ、特にジルレド将軍は……)
「お二人や諸君らは王都からの派遣の将軍故に、マドラサの民心を省みておられぬ」
「何を……」
アウラングが口を開こうとするのを、更に、ヴァレンシュタインは目をいからして
「ジルレド殿が居たからこそ、マドラサ守備隊は……要塞都市マドラサは保てたのだ、きっと、あの方が居なくなった上に、街が囲まれていると知られれば反乱が起きるぞ」
元々、マドラサは飛び地故に本国からの干渉が少なく、色んな宗教の民が住んでいる都市である。勿論、アヴェルナ教徒も。
名将、ジルレド・アキナスが治めている、という理由で大人しくしていた領民共の気が変わらぬとも限らない。否、きっと変わるだろう。
なにせ、ジルレドがいるときですら、反マラレルの不穏な動きがあった。どころか、実際に鎮圧部隊を送り、戦闘状態になったらしい。
理由は…続く。
「ここの守備隊は、皆、ジルレド将軍の下であるからそこ来た、という者達も大勢いる」
傭兵とは違い、金目当てで無く、天下の名将の下で戦えるという栄光目当てなのだ、とヴァレンシュタインは悲しそうに語った。
コレが傭兵ならば、契約期間が生きる限りは"要塞都市マドラサ"の兵である。が、残念な事に実際のマドラサ守備隊の大半は、王都から、ジルレドに特に付けられて、自治を許された状態で配備され、何年か苦楽を共にした……言わば実質的なジルレドの私兵であった。
一応、アウラングやソルタナ麾下の十数名程の騎士は居るが、その程度の数では防戦どころか民衆の反乱を抑える事すら危うかろう。
「……」
一座、沈黙している。
まさか、まさか蛮征騎士ライオリックの魔法顧問ともあろう男が、二十にも満たぬ小僧に討たれるとは……
「王都から派遣された諸将は…一時的に本国に要請し、今夜だけポータルを繋いで貰う」
帰還し、ジルレドが討たれた旨を陛下に申し上げよ、と逆に堂々と言い付けた。
「……」
諸将の内、誰かが
「…ヴァレンシュタイン将軍は………如何される」
「都市を挙げて降伏し、なるべく……領民や兵士の安全が誓われた後に…まぁ、首を斬られるであろうな」
ここに残るのだと……本人も言うように、見せしめとして公開処刑となるだろう。
国際法には、一応敗将には、騎士の礼を以てして接せとはあるが、斬るなとは書かれていない。
大抵の場合、捕えた兵士達の士気を完全に折るという目的に加え、民衆にその地を治める王が変わった事を誇示するために公衆の面前で斬られる。
ソレが皆、分かっているからこそ……ヴァレンシュタインに全部丸投げして、自分たちはおめおめと帰るのか、と、アウラングがそれはならんと言って、自分も残ろうとしたが
「アウラング殿、近々ニクスキオン朝連合が攻めて来る、貴殿らのような勇猛な諸将が皆マドラサで無意味にも散れば、悲しむのは陛下ぞ」
「しかし…ジルレド殿やシモン殿の仇も討たずに……」
「また、いずれ戦う、その時に返せばよい」
ついでに、俺の分も忘れるなよ、とヴァレンシュタインは大声で笑った。
だが、すぐに切り替えて。
ささ、準備されよ、私は今から公国側との交渉を考える。
と、辺境騎士は、その一身に責任を負ったようである。