第三十三話:マドラサ包囲案
都市『マドラサ』は言わずとも知れる、マラレル王国の直轄地である。
土地は決して肥えているとは言えないものの、小河に面しているため、農業は問題なく出来る。
加えて、飛び地である為に厳密にはマラレル教圏でないという、今のホスロ達にとってはこれでもかと言う程の環境。
精強をもって知られるマラレル兵が守っている…点を除けばだが。
昨日はそのまま宿屋で一日寝た後、ネロからの地図を片手に、ホスロは起きてすぐ諸将を招集して、演説を始めた。勿論、場所は変わらぬ円卓。
諸将、と言っても騎士に叙せられるレベルの者はヨナタン含めて三名しか生き残って居ない。
王宮騎士に至っては、あの日ホスロの護衛であったため、戦役から遠ざかっていた彼以外、誰も残らなかった。
皆、聖地で公族とともに殉じたか、カーヒラの決戦にて死に絶えた。
王宮騎士の決意の凄まじさをコレでもか、と各国に知らしめた事だろう。
ただ、もう少し命を大切にして欲しいと、特にエレノアは深く思っているかも知れない。何せ、単独でマラレルの一等宮廷魔術師に相当する猛者達であった。
それに、今、この状況では戦力は一人でも…喉から手が出るほどに欲している。
しかしながら、今いる人数で遣り繰りするしか道はない。ホスロは続けて大いに語らっている。
「現在動ける魔術師、騎士、総員六十三名を以てして、王家の飛び地、マドラサを包囲陥落させるべきだ」と。
「ヨナタン含めた、公国生き残りの将、加えて我が弟アーディルよ…貴公らには、それぞれ十五名ずつを率い、マドラサ正面の大門を数に任せ力押しに、押してくれ」
恐らく城兵の大部分はソコに集中するだろう、とも言う。更に
「その間俺はレマナと共に城壁の裏側、ここの突起部分」
ホスロはネロからの地図を再度指差し、バサッと円卓に広げて、見易い様に囲わせた。
なるほど、マドラサの城壁は単なる輪の形でなく、正面と背後でそれぞれ突出した、輪ゴムを横に引っ張った風な形となっている。
「ここならば城壁を渡り、救援を送るのにも時間が掛かるし、なにより…大方の城塞は、後方までにも反魔法が掛けられていないのが殆どじゃ、レマナの大魔法で破壊後、単独で俺が侵入できる」
ホスロは何度も、高椅子にゆったりと両手を置き、美しく俯きながら座る、エレノアの方を見ながら言い終えた…が、少女は至って冷静であり
「なるほど、マラレル王国の領土から奪うのであれば、私からはもう、何も言う事はありません……ただ、ホスロ殿…あなたの案で確実に堕ちるかどうか」
公女はわざとらしく、ヨナタンを始め、公国諸将の方を向いた。
軍事の専門家達に、何かホスロの案の不明な点を指摘して欲しいのだろう。
当然、スス…と丁寧に内一人が進み出て
「……ふむ、ホスロ殿がローズバリア閣下程に強ければ、文句無しにこの案を承認していたがなぁ……あまりにも不安過ぎる」
ホスロと同じく、ロングソード(ホスロの場合は仕込杖だが)を帯び、公国騎士の衣装に身を包んだ人狐族の男が返した。
人狐族は、その名の通り人と狐のハーフの様な見た目で生まれてくる。太古の昔…龍竜人族が魔族と蔑まれていた時代は、同じく似たような混ざり物として忌み嫌われたが、異文化交流が進んだ今では然程でもない。
一応、亜人にしては珍しく、各個体によって見た目が変わる。
頭部だけがキツネの者もいれば、尻尾だけとか。
この男の場合は上半身が黒キツネであり、尻尾は生えておらず、ただ下半身の方も多少は黒毛が鎧の間から出ており、全体像としては、まんま人狐族として整っている。おまけに背も高く、少し見上げねばならぬ程だ。
キリッと細長く額を走る眉が白いため、その黒顔をより際立たせてもいた。
「は……そうか、不満か、アンタの目には、俺がそんなにも弱ぅ見えるんか?」
男の言葉に、思わずホスロは言い返す。
「いや、レマナ殿やヨナタンから君がマラレルの一等宮廷魔術師並の力量を持つとの報告は受けてある……が」
続けて
「単独でマドラサに入城する役、この、人狐騎士、『黒星』アステルドこそ相応しいだろう!」
ちなみに、その種族の名を冠する騎士というのは中々居ない。公国内という狭い範囲になるものの、その内であれば種族の特異点として正式に認められる事となるからだ。
まぁただ、頭鹿族として唯一公国の騎士になったヨナタンの場合は王家というよりも、王直属であるため頭鹿騎士として叙せられなかったのだが。
あと単純にホロロセルスから「う〜む、頭鹿騎士……か、なんかダサいからヨナタン、そのまま王宮騎士を名乗れ」
と言われたから、というのもある。
「お゛ん?、このキツネ野郎……ホンマに俺より強いんか、試してもええんか?」
ホスロが驚くほど純粋にキレた。実力は伸びても、煽り耐性は未だ皆無らしい。
「ほぅ、模擬戦か、勝負にならんとは思うが致し方あるまい……一応王家の方であるため、手加減くらいはしてやろう」
「いや止めて下さいよお二人共ッ!!」
すると、すぐに横槍が入る。
見れば、二十代前半くらいの、茶髪を束ねて後ろに垂らした、若い女の騎士がアワアワしながら困った顔をしている。
顔中に刃傷があり、目はキリッとしているものの、なんだか和やかな風貌。
ただ、片手に短い槍を握っており、ソレが何故か微妙な威圧感を感させている。
「君は…あのとき、なんかアーディルと一緒に俺に吹き飛ばされた」
「えぇ、アレはびっくりしましたよ……急に突っ込んで来るもんだから敵襲かと……いや、そうじゃなくて戦の前に将軍同士で争うなんて初めて見ましたよッ」
「アステルドさんも自重して下さい!」
エレノア様の前ですよ、とも。優しそうな雰囲気から一転、魔力を纏い目を怒らせながら言った。
ソレを見て、黒狐はヤレヤレと先程までホスロとの模擬戦の為に、抜いていた光り輝くロングソードをツゥ…と鞘に収める。
「ふぅ……こんな青二才にムキになってしまった俺の責任だな、確かに……お見苦しい所を、エレノア様」
黒狐も、今度はエレノアの方を向き、丁寧にお辞儀した。
「こ…このキツネぇ……テメェの体毛全部毟り取って俺の枕にしちゃろうかぁ……?」
「落ち着け殿下、というかそんな寝具使いたく無いだろ」
ホスロが余りにも苛ついているので、ヨナタンは思わず目を閉じたまま突っ込んだ。
「…ヨナタンは、この青二才の案で良いのか?」
下げていた頭を申し訳無さそうに上げたまま、アステルドは尚不満そうに聞いた。
ヨナタンより先に、ホスロが口を挟む。
「青二才て…アンタも見た感じ……若いじゃろ」
「ホザケ小僧、俺は二十五だぞ」
「えぇ……意外と年食っとったんか………」
「全くですよ、もう、いつまでも血気盛んな少年なんですから……」、と槍をコトリと地面に伏せた、さっきの茶髪の女騎士もフォローを入れる。
そして、ヨナタンはアステルドの黒毛の顔をまじまじと見つつ
「うむ……まぁ、殿下の案で異論は無いかな、正面からの城壁突破、中々燃えてくるでは無いかッ!」
「ふむ…まぁ、君はやはりそう言うか…」
続けてアステルドは、もう一方の同僚にも
「オルレアンも、それで良いかな?」
「勿論、別に代案も出せませんし」
茶髪の女騎士…オルレアン。
彼女もホスロ案に賛成らしい。
一連の流れを見て、広い会議室に響き渡る声で、エレノアが
「それでは、アッディーン公女の名に於いて告ぎましょう」
と、再度
「王宮騎士ヨナタン、人狐騎士アステルド、公槍オルレアン、魔道士レマナ、加えてホスロとアーディルの六名は、それぞれ麾下の兵を率い、明朝、マラレル領地マドラサに侵攻後、願わくば…彼の土地を公領とせよ」
と声高らかに言った。
アーディルなどは、特に深く片膝をつき、手を眼前で合わせて畏れ、拝命している。
ホスロはそんな姿を見て、真面目な男よな、と顎をしゃくりながら。
そんな細かい行動まで、弟の性格が好きである。
「所でアーディル殿下、貴公は随分とお若いな、兵士を率いたご経験は?」
同じく片膝を付いていたアステルドが不意に聞く。
「一応、騎士見習いとして十四の時…二年ほど前ですかね、戦場には何度か出ましたが…実際に兵を率いた事はありませぬ」
「ほぅ、ならば指揮官としての実務は此度の戦が初めてとなりますな、であらば、この道の先人として色々と教えましょうッ」
このアステルドが、と黒狐はドンッと胸を叩き、己が如何に頼もしいかと、誇示する。
それを見てアーディルは純粋に目を輝かせ、はいッ、宜しくお願いします、と元気よく返した。
「なんで皆…俺にはタメ口じゃし……厳しいん?」
「ふむ、殿下がなんというか、生意気だし……心がアーディル殿と違って邪悪というか……」
ホスロの悲しい独白にヨナタンは当然だよ、と諭す様に言って、後ろの小さな椅子に腰掛けていたレマナも、ウンウンと大きく頷く。
ともあれ、部署割と作戦は決定された。あとはマドラサ目指して進軍するのみである。
一応、オルレアンが
「ホスロ殿、補給の方は如何するつもりで」
「そのぉ…実は、マドラサまでの道のりが過酷過ぎて、荷馬車が通れんらしいんよ、なんで……腰兵糧……三日くらいで落したいなぁと」
ソレを聞き、アステルドとヨナタンは、三日も掛からんわ、と勇んで、脳筋らしく躍起したが、反してオルレアンはジト目になって
「………本当に?大丈夫ですか、三日で確実に落ちるとお思いで?」
「ま、まぁいざとなればレマナの転送魔法で食料を……」
なぁレマナ、と後ろを振り返るが、レマナも困った風に
「いや…ちょっとアレ使うの疲れるし……それにあんまり大量の物資は運べないよ?」
だが、何も聞かなかったかの様に、ホスロは尚明るく一瞬で切り替えた。
「うむ、エレノア様の仰る通り、我らは明朝、マドラサに向けて進軍する、各員今日は……まぁ、解散じゃ」
多少賭博の気が多い作戦だが、そうでもせねば八方塞がりである。
博打、博打だ。しかし公国の存亡は、この一戦にかかっていると言っても良い。
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「ザルク様、ホスロへのマドラサ攻城の誘導、完了致しました」
暗い、屋敷の中。外観は分からぬ。なにせ既に屋内で会話しているのだから。されど不思議な空間。再度言うが、屋内のハズである。
少女が長椅子にゆったりと横たわり、眠る人物に何事かを報告している。
「そうか……、…様もさぞかし喜ばれるであろうな」
「…?、」
「いや」
「それにしても、ホスロ達……あの"堅牢"マドラサを攻略出来ますでしょうかね……」
ネロは感情の籠もってなさそうな、やけに機械的な声音である。どうでも良さ気な。
「ほっほっほ、分からん、だが落とせなければ、せいぜいその程度の男であったと言う事よ」
「城主ジルレド・アキナスには、申し訳ないが……かの少年の登竜門となって貰うかね」
相変わらず暗い部屋の中で、男は愉快そうに、そう、言った。