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第二十九話:向かう所は皆同じ


場面は移り、アッディーン公国『カーヒラ』。

尤も、王が討ち取られ、完全な終戦後の廃都となったカーヒラではあるが。真っ黒い煙が一面から立ち上り、ただ、無惨に何か分からぬ破片が散らばっている。


ある古ぼけた民家のヘリで、女性…と言っても少女だが。が、少年に治癒魔法を施している。煤だらけの地面に構わず、高貴そうなその、令嬢が纏う衣装を汚しながら。汗を垂らしながら、拭いもせずに。


色白で、細く切れ、怜悧そうでかつ、何処か抜けた様な瞳の、身長は百六十程である。

髪は白色で、一つに纏めて垂らしている。

そのため年若くはあるが、大人の気品がある。


「痛みますか…?…アーディルさん」


「えぇ…少し」


対して、治療を施されている少年の方も、その快活で、いかにも青少年と言った顔をクシャリとはにかませながら返した。


「斥候の報告に依ると幸い、マラレル兵士は既に退いた様子です、私達はヨナタンが来るまで待ちましょう」


下手な笑みは逆に相手を不安にさせる。少女は心細げに、そうポソリと言った。


「えぇ…エレノア様の御心のままに」


少年、アーディルは静かに続けて返す。


アーディル・アッディーンはホスロの実弟であり、れっきとしたアッディーン伯爵家の一員である。

あの城館襲撃事件時、身を寄せていたアッディーン家贔屓の騎士家の計らいにより、何とか追手集団から身を隠す事が出来たそうな。

ただ、いざマラレル本国から逃げる途中、国境配備の一等魔術師と交戦してしまい、散々に魔法で身体を嬲られつつ、重症を負いつつも何とか公国にたどり着き、庇護下に入った……が、逃げ込み、受け入れられたは良いものの、亡命した二日後にはコレである。

つくづく運が無い兄弟だ。悪い所も似たのだろうか。


そして、そんなアーディルに『再生』の治癒魔法を施している少女は、王家唯一の生き残りで、このアッディーン公国の公女である。

次兄達は既に聖都奪還作戦で皆殺され、長兄に至っては一家心中を遂げた。

父王や母にも先程先立たれ、残る血縁は、今となってはホスロとアーディルしか居ない。


続けて、少女は魔法を施しつつ


「我が国は、何処で誤ったのでしょうか…」


「エレノア様……いえ、決してお父上は、ホロロセルス様は間違って居られませんでしたよ」


アーディルは青い顔で、そう小さく、語り掛ける様にして安心させる。


「全ては時勢です、時の運と勢いがお味方申し上げなかっただけ」


「何も、公国のみが悪い訳ではありません」


「しかし、現に……」


少女は尚反問するが


「えぇ、現に我々は生きて居ます、まだ、まだ大丈夫、これからゆっくりと再興すれば良いでは有りませんか」


「アーディル殿……」


少年は、その鷹の様な眼に目一杯光を含ませながら言った。この時の表情は兄であるホスロに良く似ており、兄弟味を感じさせる。コレは良い点だろう。


そして、ふと前を見ると、黒い地面に散らばった瓦礫を蹴り巻きながら、頭鹿族の騎士、ヨナタンが供回りを五人程引き連れて、獣から下馬しながら近付いて来た。


「アーディル殿下、エレノア様、付近にマラレル兵は見当たりませんでした、もう、移動して良いかと」


「有難う、ヨナタン」


エレノアが凛とし、変わらぬ姿勢のまま感謝を伝える。


「ヨナタン…さん、ならば、すぐにでも」


「えぇ、しかし、アーディル殿下、傷の具合は?」


ヨナタンは顔面蒼白のアーディルを見て、すこし心配そうになるが、少年は強情にも


「全く、問題無いです」


「……お強い方だ」


思わずホスロを想起させると、ヨナタンは満足そうに頷き、付近に散らばる、主を失った馬や魔獣を配下に集めさせた。


公国兵はその大半が討ち取られ、今や公女であるエレノアの近辺を固めている者はヨナタンを含めて三十名足らず程。大国の令嬢の護衛の人数としては、恐ろしく少ない。

その上、その全員が満身創痍と言っても良い程の状態で、恐らく行軍速度は亀の様に遅くなるであろう事が予測される。追いつかれ、包囲されれば殲滅される可能性さえある。


苦渋の決断をせねばなるまい。


「エレノア様、元気な者だけで先を急ぎましょうか」


当然、そんな事くらい、戦慣れし、地獄の戦場を生き残った兵達は十分に承知している。

ヨナタンの進言を聞いて、覚悟を決めた様に腰に帯びたロングソードを引き抜き、その場に座そうとした者が出始めた……が、すぐにエレノアが声を張り上げて


「そんな愚かな真似は止めなさい!!」


「臣下をみすみす見殺しにして、どうして王族が名乗れましょうか」


高貴な女性らしくも無く、眉を上げ、髪を振り乱して叫ぶ。


「しかし……お嬢様、ヨナタン殿も申す通り、我らは既に立って歩くどころか、乗馬する事さえ難しゅう御座います」


「構いません、馬車に乗れば宜しい、ゆっくりと行きましょう」


「お嬢様……しかし…………」


「これは命令です、付いて来なさい」


いい歳をした騎士達が、彼女の言葉を聞いて、顔を覆って数人その場で泣き始めた。

僅か十四の少女に諭されて、情けなくも有ったのだろう。同時に、少女の成長具合を感じ親の様な気持ちにもなったろうが。


「……承知致しました、では、参りましょうか」


ヨナタンは一連の問答を聞き、進言を取り消すと、直ちにアーディルやら負傷兵を、魔獣に引かせる荷車に積んでゆく。

感染症にならない様に、大きめのモノを特に選んで乗せた。


一応隊伍は組む。総兵二十六名だが、動けそうな者は僅か八名程。その八名で、形ばかりに荷車隊を囲み、歩いてゆく。


エレノアは流石に馬上だ。ヨナタンと馬頭を並べて列の先頭を切る


「ヨナタン、ヨナタン、行き先は当然…」


「ははっ、『オアシス村』です、開戦前にお父上は、既に兵達の家族や残兵に敗れた場合はソコへ向かう様に指示して居られました」


当然、向こうもアッディーン市民の保護を承知済みなのだと。マラレルとの関係の悪化もあるのに、剛毅な事よとヨナタンは改めて感心する


「有り難いですね」


「えぇ、全く」


ガラガラ…と二匹の立派な馬に惹かれる様に、後ろから車輪の音がする。


ただ、性格的にアーディルは世話になりっぱなしの自分が許せないらしい、どうにかして、うーん、うーんと起き上がろうとし、何度も頭を上げようとする。


「アーディル殿、安静にしなさい」


先程からその様子を眺めていたエレノアに注意されるが、アーディルは嫌な汗を掻きながら


「いえ…いつ……マラレル兵が……現れるか…アッディーン家の…………騎士たる者が…休んで…ばかり………」


「アーディル殿下、休まれよ」


ヨナタンもヤレヤレと馬を近付かせ、少年を諭す。


「休むのも立派な騎士の務めです、何より、マラレル兵が現れても問題あるまい」


見せつける様にヨナタンは背中に背負った大剣を、ズズ……と重苦しい音を立てながら引き抜き


「王宮騎士ヨナタンが、全て斬り伏せましょうぞ」


公国の王宮騎士は純粋な強さだけで選ばれた猛者達、末端の騎士でもマラレルの一等魔術師やマラレル騎士団員に匹敵する。

加えてヨナタンは頭鹿族ペリュトンである。

生まれながら圧倒的なフィジカルと、種族に多く発現する固有能力『操力』を持つ。

遠距離から魔法を連発されれば怪しいが、近距離の殴り合いに持ち込めれば王家の霊剣クラスでも優位に立ち回れるかも知れない。

ただ、当の本人はあくまでも策を用いぬ戦闘を好む……その脳筋さ故に五十将に選ばれなかったのだが。


「ヨナタン……自信が有るのは良いですが、なるべく戦闘にはならない様に移動しましょうね」


「勿論で御座います…お嬢様」


ハッと気付き、即座に鹿男は大剣を鞘に収める。すぐに頭に血が上る性格は、母国が滅んでも変わらぬ。


「それにしても、アーディル殿、お腹が減っているのでは?」


そんなヨナタンを横目に、エレノアはげっそりとヤツレた感じのアーディルをまじまじと見つつ、下馬し、別の配下に馬を率いさせると、自身はのそりとアーディルの荷馬車に乗り込んだ。

そして、ごそごそと食料を後ろに乗せていた袋から上品に取り出す。


鈍感なアーディルにも、彼女のしようとしている行為が分かる。


「いえ…大丈夫です、エレノア様……暫く食べなくと…んグッ」


喋る口に少女は手で砕いた木の実をググッと押し込むと、その上から無理矢理水を流し込む。


「あの…エレノア様…んっ……いえ、その、自分で……もゴゴ」


「静かになさい、食べ物が入らないでしょう」


「アーディル殿下、エレノア様は悪気無くやってんだ、受入れな」


「お嬢様自ら食べさせてくれるたぁ、アーディルさん、アンタ光栄な事だよ」


そんな少年の情けなく抗議する姿を見て、周りの家臣達がニヤニヤしながら茶化す。


一行は、兎に角進んだ。

その後も、彼らは首尾よく進み続け、その日は無事に首都カーヒラからは移動出来た。



後述形式となるが、ただ、抜けたすぐ後、哨戒役と思われるマラレルとばったり休憩中に見つかってしまうのである。


当然、戦闘になった。


敵兵は雑多の兵士に加え、正式なマラレルの宮廷魔術師が二名程。暗闇で正確な数は分からなかったが。

当初敵兵は公女の姿を目視し、喜び勇んで杖を構えた。恐らく王族を討ち取れば領主にでもなれるのだろう。軽率な動きと共に彼らは襲いかかって来た。

しかし、そんな浅ましい希望も、頭鹿族によって瞬時に打ち壊される。

ヨナタンが剣を抜き、ブゥぅんと横一文に振っただけで、上記の宮廷魔術師二名に加え、後方に隠れていた兵士の何人かの上半身と下半身が血柱と共に別れた。


それだけ、それだけで、敵は逃げ散った。ライオリック直属の騎士達とは比べ物にならない軟弱さである。


特筆すべき戦闘は、これくらいであった。後の行軍はあまり敵兵にも出会わず、真っ直ぐにオアシス村へと進んで行けた。


ところでオアシス村は村と銘打ってあるものの、人口、文明、規模からして明らかな国家である。

なんでも、数百年前に龍竜人族の侵攻からこの世界を救った"勇者"が最初に立ち寄り、拠点とした時から名称を変えて居ないらしい。

その名の通り、トイトブレル砂漠のど真ん中に湧き出るオアシスを中心に栄え、政は議会の多数決によって定められる。このご時世としては非常に珍しく、君主を置かぬ、民のみの議会制の国家となる。


アーディル一行は暑い暑い砂漠地帯を荷馬車を押し、あえぎながら砂に足を取られつつも、進む。

進む以外に無いのだから。


時に魔獣を蹴散らし、蟻地獄にズボッとハマり。



だが、アヴェルナの神は一行に味方したのだろう。

一人の犠牲も出せず、無事にオアシス村の風景を眺める事が叶った。


「おぉ、エレノア様、ご覧あれ」


馬に乗り、砂に足を取られつつ、ヨナタンが若やげに叫ぶ。


「えぇ、無事に到達出来て、まずは何よりですね……」


だが、思ったよりエレノアは冷静で、それでいて王らしい。横たわり、辛そうな表情を続けるアーディルの額に手を当て『氷』の普遍魔法を唱えながら、感慨に多少浸ってはいたが、至極当然のように淡々と言い切る。


「では、続けて前進しましょう」


彼女の言葉を聞き、暑さと疲労で緩みかけていた隊伍が再びキチりっと正される。村入りは、せめてもの威厳は出しておきたいのだろう。今は無いとは言え、公国の名に恥じぬ為にも。


村の大門を通って一行は、民衆の大歓声と共に入国を果たした。

魔獣が多発する地域と言うのに、どうにも民衆は穏やかである、肝が座っているのだろう。

やはり村に入っても、季節は冬である筈なのに、異様に暑い。否、砂漠地帯の為に季節という概念がそもそも無いのかも知れないが。


そして、そのまま大通りを凱旋式の様に進んで行くと、オアシス村の村長達が出迎えてくれた。

皆、白いローブに純白の靴。

そして『ミトラル』と呼ばれる聖職者が被る帽子を着けている。


「お出迎え、感謝する」


そんな彼等を前に、ヨナタンは真っ先に下馬し、礼を述べた。騎士という立場上、位自体は彼等より遥か上であるが、影響力が天と地程差がある。

流石に、エレノアまでは下馬し無かったが。

まぁそもそも、すれば村長達の方が恐縮していたであろう。


「当然の事です、それよりも、既に公国の方々は六千人程逃ております、どうか顔を見せてあげて下されエレノア様」


エレノアはやはり返さない。が、コクリと馬乗で頷くと、そのまま民が左右で手を振る大通りをカッポカッポと進んで行った。


代わりにヨナタンが礼を重ねて言う。


「マラレルと関係が悪化するやも知れぬのに、本当に、頭が上がりませぬ」


「いえいえ、我が村は昔から公国のお世話になっておりましたので」


「それに……勇者様のお血筋を遺すのは使命で御座います」


村長の一人が進み出てヨナタンと面した。


「所で騎士様、あの方にはお会いになりましたかな?」


「……あの方…………?」


「えぇ、そう、同じアッディーンの方ですよ、貴方の事も探しておいででしたよ」


その言葉を聞いて、ニヤリとヨナタンの口角がぐにぃと上がり、喜色が見えた。

(やはり、来ていたか)


そして、聞き終わらぬ内に、後ろから声がする。


「……おう、やっぱ来とったか、ヨナタン」


敢えてゆっくりと振り返る。


「うむ……殿下!!」


男たちはガシリと強く握手を交わすと、満面の笑みで笑い合った。



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