第三十話:継がれる名と杖
「変わり無い様で何よりだぞ、殿下」
「あぁ、お前もな」
二人はアーディル達がガラガラと、大通りを堂々と進んでいる後方で立ち止まり、手を握り、再開の喜びを分かち合う。
「それより、あの荷馬車に乗っとったのって……」
「うむ、お前の弟君のアーディル殿下だ」
「ほぅ!!そりゃ、そりゃ」
ホスロはやはりと笑みを浮かべ、手を叩き、その場で小躍りした。余程嬉しいらしい。
「殿下の方こそ、レマナ殿は如何した」
「占い師さんなら、宿舎でぐっすり休んどるわ、魔道士に長旅は辛かったんじゃろ」
ポータルも使えんしなと、ホスロは眉を落として言った。彼女の体調が少し心配なのだろう。
「元気で無いにしても、まぁ、二人共生きてるなら、安心したぞ」
ヨナタンの特徴的な鹿の頭を見つつ、ホスロは、何度も横目で弟のいる隊列の方にウズウズと目を遣る、余程会いたいのだろう。
娯楽を得た少年の様にイソイソと土を踏んでも居た。
「ヨナタン」
「フッ、会ってやれ」
許可を得るまでもなく、ホスロはそのまま足に魔力を込め、ズドンッと突っ走り、イノシシの様に大通りを進む馬車隊に追いつくと。
「アーディルッッッ!!」
ドーン、と思いっきり弟が横たわる荷車に突撃した。それも結構な勢いで。左右に居並び、隊列を迎えていた民衆や村長達も何事かと、少しアワアワした。
(はしゃぎ過ぎだ……)
ヨナタンは思わず引きながらその光景を後方から見続けている。
突っ込まれた馬車の方は横転し、食料やら人やらがボトボトと転げ落ち、騎士達で囲んでいた隊列も乱れる。
「グッ……グアッッ!」
「エレノア様、敵襲やも知れませぬ、ここは私が__」
そして砂埃が大いに巻き上がり、視界が覆われる。
が、アーディルは直ぐに体制を立て直すと、剣を構えた。
「……おい、アーディル」
「えっ……」
しかし、そんな行為を嘲笑うかの様に、煙が晴れると少年の眼に、いきなり燃える様な瞳を持つ、実兄の姿が入る。
いきなりの連続で、アーディル含め周りの人達は硬直してしまっていた。
それにしても、剛毅で何ともホスロらしい再会だ。
「兄…上」
「おや…ホスロ殿………粗相が過ぎますぞ」
だが、ソレを近くで見ていた村長は、流石に注意をする。
「失礼仕つった、少々驚かせたかったので」
「いや驚かせるドコロか、実害出てるんですけど!?」
同時に、アーディルと一緒に荷馬車に載せられていた青年が口を開いたが、ソッチの方はホスロは黙殺し
「おうアーディル、カッカッカ、そうじゃ、お前の兄……ホスロじゃ!!!」
「……」
余りの乱雑さと、横暴さにアーディルすら暫く硬直していたが、やがて体を小刻みに震わすと心底困った風に笑う。
「フッフッ……ハッハッハッ」
「手ぇ出しんちゃい、無事で何よりじゃ!!」
「ハッハッ………いやはや、本当に………兄上こそ、お変わり無く、ご無事な様で」
兄弟はガツンッと殴り合う様に拳をぶつけ合わせると、また大きく笑う。
「アーディル殿もあんな顔、出来たのですね……」
二人の会話を眺めながら、エレノアは、そう微笑みながら髪を整えた。
美しい白髪がフラリと揺れ、動く。
そして、それに呼応するようにホスロがそのまま、フラフラと近付いて来た。
ホスロであろう事は誰もが感づいていたが、一応、エレノア麾下の騎士達が彼女の周囲を守り、槍や剣を構える…が、少女はスッと穏やかに片手でソレを制して。
「はじめまして、ホスロ・アッディーン殿、私はアッディーン公ホロロセルスが娘、エレノアと申します」
「おや、ご令嬢でしたか、失礼致した」
ホスロはすぐに先程の非礼を詫びると、パッパと服に付いた土塊を払った。そして少しピシッと身だしなみを整える。
ソレを見終わると、エレノアがまた口を開き
「既にご存知かと思いますが、数日前に我が公国は……」
だが、ホスロはこんな少女に言わせるのは酷と思ったのか
「えぇ、その話については既に聞き及んでおります、しかしながら勝敗は兵家の常、それに、また再興すれば良いでは有りませんか」
「ふふっ、アーディル殿と同じ事を言われる」
「あの子も…」
そう言い、弟の方を見ると、頭をポリポリかき、すこし照れ臭そうにしている。
そして、エレノアはコホンと咳き込むと、ホスロにまた面して、少し神妙に
「ところでホスロ殿、このまま、我らと共に新たに公国を立ち上げるお手伝いをして下さらないでしょうか」
「まぁ、そりゃ、別に行くアテも無いので、有り難いお誘いですね」
「そうですか、ならば良かったです」
年相応の若い声を上げ、エレノアは喜ぶと、待ってましたとばかりに馬から降りた。
そして、パンパン、上品に手を叩き、ヨナタンに杖を持って来させる。前から用意していたのだろう、やけに手際が良い。
そしてヨナタンが持ってきたのは、鉄製の杖で、片手で持つタイプらしくホスロが今所持している仕込杖『ラヴェンナ』と比べるとかなり小さい
「殿下よ、陛下は生前、殿下に『サラーフ』の名を継ぐように仰せられた」
代々、公国では、その守護者たるべき存在が、初代公王であり勇者でもあったサラーフ・アッディーンの名と杖を入れる事になっている。
守護者は王の時もあれば、一介の将軍であったりもした。
故に故ホロロセルス王はローズバリアに鉄杖と名を当初は与えたがったが、彼は断ったそうな。
だが、そんな名誉ある報酬をホスロは
「居らん、杖ならもう持たん、ラヴェンナが居るけんなぁ」
(それに、俺は守護者なんて大層なモンじゃない、所詮…家族すら守れん情けない男じゃ)
「ホスロ殿……」
「エレノア様、杖の方はアンタが継ぎんちゃい、俺にゃ荷が重い」
「殿下、良いのか」
ヨナタンが流石に割り込むが
「……まぁ、でも、サラーフの名は、確かに公王から賜ったのであれば、有り難く貰う、じゃけど、杖は別じゃ」
それに余所者の自分が襲名ばかりか杖まで賜ったとなれば、反発も起きるかも知れない。
ホスロにしては、冷静に判断したつもりなのだろう。
「寡欲な人ですね…」
「いんや、いんや、寡欲じゃのうて…それに、貰う程の大した事をしとらん」
だが、エレノアは尚食い下がって
「あなたがレマナを守りながらここまで来たのを、先程村長殿より聞きました、そのお礼として杖の方も__」
「お断りします」
ヨナタンもエレノアも、少し笑い、そして残念そうに顔を見合わせ
「全く、殿下は……意思が強くて敵わん」
ヨナタンは単眼を面倒そうに瞑った。
「……では、杖の話は置いておいて、サラーフの襲名を後で行いますから、良いですね」
「ははっ」
だが、今度はホスロは畏まり、軽く会釈をする。
そして、何を思ったかそのまま弟の方を向き
「アーディル、お前、エレノア様に気はあるか!!」
といきなり、民衆に聞こえるくらいの大声で言い放つ。急な行動に、その場に居た全員が思わず呆気に取られた。
当然、アーディルは驚くと、えっ、と同時に赤面し、エレノアも鳩が豆鉄砲を喰らったように目を見開いた。
「な、ななな…兄上、いきなり何をッ……」
「言い方を変えよう、エレノア様の伴侶となり、彼の人の杖を代わりに執るつもりは有るか」
「兄上……長旅で頭をどうかされましたか…?」
突然の言動に民衆すら少し笑い、同時に困惑している
ただ、ヨナタンのみは、少年の真意に気付いていたようで
(エレノア様に、王としての責任が降り掛かる事を恐れているのだろうな)
なら自分が成れば良いでは無いか、と思うのだが、それはどうにも違うらしい…不器用であると共に、不思議な男だと、ヨナタンは思う。
それにしても「伴侶となる覚悟はあるか」と問うたのは面白い。
(親友や、家臣となって支える、という言い方でも良い物を、殿下は経験が浅いのかもしれんな…あぁ見えて)
「ホスロ殿、アーディル殿は……」
エレノアが何かを言おうとしたが、ホスロは上品に遮り
「アーディル、お前にとってエレノア様はどういった存在だ」
「……それは……」
「今、この場で応えよ!」
更に声を大にする、声が無駄に良く、四方に反響し、木霊す。
「ッ……それは、主…の様なモノで__」
「はっきりとッ!!」
「はいッ…私の、唯一無二の主君であります!!!」
「たった会って数日の相手がか」
ホスロは急に冷静そうに聞いたが
「騎士たるもの、放った言葉を取り消す様な事は有りませぬッ!!」
「うむ、うむ、重畳重畳、ならば、伴侶になれとまでは言わぬ、だが、良くエレノア様の政を輔けるように」
つい勢いで言わされた感があるが、大衆の面前で、これでアーディルも腹を決めるしか無くなるだろう。
ホスロは試したかったのだ、弟が、その人生を賭してまで自分と志を同じくするか否かを。演出は功を奏した。賭けに、ホスロは成功したのだ。
「……アーディル殿もお可哀そうにな」
ヨナタンは恥ずかしそうに膝をつき、俯くアーディルと、満足そうに腕を組んで笑うホスロとを交互に見つつ、単眼を細めてそう呟いた。




