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第二十八話:いざオアシスへ


コンスノープルの外れに位置するであろう洞窟での生活も二日目、遂に二人は抜け出した。流石にマラレル兵も、これだけ時間も経てばこの辺まで捜索範囲を広げそうなので、移動はなるべく早いに越したことは無い。

兵は神速を以てせよとも、高名な戦術家の言葉もあるではないか。


ただ、洞窟からの前進、それは少年にとっては多少なりとも希望はあるだろうが、レマナにとって見れば、失意と絶望の中で前に進み続ける事を選択した、辛く暗い行動となる。


「占い師さん、どうじゃ、気分は」


「……」


何も返さない。ばかりか、そっぽをフイッと向く。


(…拗ねてやがるな)


まぁそうだろう、と見当はついて居たものの、流石にこれ程とはとホスロは驚く。

一日寝れば晴れるだろうと思って居たのだが、そんな事は無かった。見通しが甘かったと言わざるを得ない。


だが、黙ってばかりも居られないので、ホスロは努めて明るく


「こっから南に下って、アヴェルナ教圏の更に奥の方……トイトブレル砂漠の……何て読むんじゃろか、『オアシス村』に行こうや」


「……」


「ええか?」


「………」


レマナはずっと口を深く閉じて、銀髪に隠れて、悲しそうな目をしている。


「はぁ……もう、ええ加減に……確かに昨日の言い方は悪かったわ、じゃけど、現実的に考えりゃ_」


言いながら、また口論になるかも知れないと危惧したのか、ホスロは続けて喋らなかった。

ぐぐっと息を吸い込んで


「……腕、まだ痛むんじゃろ」


話を変えて、レマナの荷物を多少持つと、さっさと砂漠目指して歩き始める。

多少は器も大きくなったのであろう。昔のホスロであれば、ここで怒って仲違いをしていたかも知れない。

そしてレマナも渋々と言った感じで、無言で後から着いてくる。

こうして二人の南下は、最悪なムードの中で始まった。


______


雪原地帯であるコンスノープルから砂漠まで、かなりの距離がある。

それに、未だ領地内にマラレル兵が徘徊している可能性もあり、油断は一切出来ない。

マラレル兵一兵であろうとも、他国の魔術師二十人程に相当する。それ程、マラレルは下っ端に至るまで精強なのだ。

当然、人口が純粋に多いという理由もあるが。


そのため、出来るだけ隠密に、隠密に。戦闘にならないように。

通れるならば森を抜け、草原地帯に出たとしてもなるべく草の高く生い茂った場所を選んで進んで行った。まるで敗残兵の如き行動に、魔道士であるレマナはいざ知らず、生粋の武家かつ名家であり、騎士道精神やら魔術師道精神を叩き込まれたホスロにとっては歯がゆいドコロの騒ぎでは無かっただろう。

事実、移動中何度も指の爪を噛み、手首を掻き毟り、地面を踏みしめた。

余程悔しかったに相違あるまい。覚悟を決めて南下を決意したとは言え、体験と想像の乖離が激しかったのだろうか。


ただ、途中、そんな嫌な気分も紛らわすように、様々な美しい草花や魔獣とも出会った。


洞窟からかなり離れ、草原地帯を歩いて居た時の事なのだが、突如として四メートルはあろうかと思われる巨大な犬の様な生物の群れがあちらこちらで見え始めた。

頭は犬そのものなのだが、胴体は馬の様に体高が高く、なんとも奇っ怪でいて、それで恐ろしい。



ただでさえマラレル兵に見つから無いようにと神経をすり減らしているのに、魔獣対策までせねばならんとは、とホスロが目をピクピクと痙攣させながら思案していると

レマナが小さな声で


「あれは『大犬馬オオイヌマ』だよ、龍竜人族ドラドラの里やらこういう草原地帯とかの、比較的外敵が少ない場所に好んで棲む草食魔獣でね、近くで見れば中々可愛いものさ」


だが、言い終わってから、ハッとして口を閉ざした。

魔道士の帽子を深く掴み、被り、プイッと顔をホスロから背ける。


「ほぉ…そりゃ、良い情報を」


たむろし、不思議な動作をする彼らを見れば、確かにこちらの動向を逐一伺っており、なにやら怯えている節がある。

図体の割に随分と臆病な。


しかしこれは僥倖。地元でないマラレル兵は逆にこの事を知らない可能性がある為、ホスロは喜び勇んで、今度は堂々と大犬馬が生息する草原地帯を進んで行く。


後ろに付くレマナは変わらず不機嫌そうだが。


「そう言えば、そろそろかな」


草を分け、進みながらふとホスロは腰袋から小さな瓶を取り出し、開けた。左右や頭上には大犬馬が相変わらず聖像の様に立っている。

が、そんな光景とチグハグの様に、優しい雰囲気でキュイキュイと出てきた小さな精霊は、何やら主人に訴え掛けた。


「コノサキ…ナントウ……ソウゲンチタイ……ヌケル」


「おん、南東か、有難うなレマロナ」


一行程の言葉を喋り終えると魔力が無くなったのか、すぐに瓶に逆戻りした。意外と可愛い声で、透き通る様な響き。慣れていないのか、もちろんカタコトだが。


「驚いた……たった三日程で極短時間とは言え、精霊と会話するとは………」


通常であるならば4ヶ月は必須らしい。

もしかするとホスロは魔術師よりも精霊研究者として暮らした方が大成したのかも知れないと、思わずレマナは心の底で羨ましがる。


「レマロナが優秀なだけじゃ」


当の本人も密かにその事について残念がるように、自分の才能では無いと思いたいらしい。それだけ不名誉な事なのだ。殊に、魔術師に於いては。


というのも、精霊を宿しながら戦う戦士を多く見てきたのだが、そのどれもが大した強さをしていなかったと言う話を、幼い頃から散々オドアケルやらアッディーン騎士団から聞いていたのだ。


「同時に残念だねぇ、精霊宿しの戦士は大体弱いよ、才能が吸われてるからねぇ」


単純に魔力量を補う為に精霊を使う者が多いせい、というのもあるが、そもそも精霊が好む人物と言うのは大体戦闘センスが無い者や、善良な性格を持つ人物である。


「……けっ、言ってろ、俺は天才じゃ」


「………さっさと砂漠に行くで」


ホスロはさも不機嫌になってぶっきらぼうに言い放った。

だが、レマナもレマナとて、思わずホスロと会話してしまったと言う事実を受け止めて嫌そうな顔をする。

全く面倒くさい魔術師達である。


その後二人は再び一切喋らず、大犬馬の群れの近くを通りながら、無事にコンスノープルを抜けた。


抜けた。は、いいものの、この先は今度は一気に砂漠地帯に突入する。ここから先が本番、と言える程に長く、険しいらしい。

まだ本格的に砂一面…という訳では無いが、いずれそうなるであろう。


既に草木は数える程しか見えない上に、付近に水場もないので動物は一切歩いていない。

もちろんホスロ達自体は固有能力で『水』を産み出し飲めるので困りはしないが。


そして、二人がこのまま向かう『オアシス村』は数少ないアッディーン公国に友好を示してる地域で、今のところ一番安全だと思われる。

アヴェルナ教圏の国家の中でも、過激派でなく、王や皇帝が統治している訳でもないので、亡命し易い。


「あっつ…」


それにしても、何と言う寒暖差。

体感で三十度程一気に気温が変わった気がする。


だが、そんな中でもレマナは動じて無い様子…憎いが流石は魔道士、と思って後ろを振り返ると


メチャクチャ暑そうにタレ目を更にダラーンと垂らし、汗をダラダラ流しながら銀髪をしおしおにし、左右にフラフラしながら歩いているでは無いか。


率直に、今にでも倒れそうな相である。


(そういえばこの人……純粋な魔法使いだったな……)


なるほど、見るからに体力は少ないらしい。


そこでホスロは提案して、ジャリ、と砂の上に屈んで


「はぁ…占い師さん、おんぶしちゃるけん、『風』の普遍魔法ずっと流しといて」


「馬鹿に……してるのかい……この……公国の……研究者たる……レマナが…君みたい……な……青二才の助けなんか」


口ではそう言いつつ、レマナは自然とホスロの大きな背中にスポッと収まり、すぐに「風よ満ちよ」と唱えて涼しい風を纏い始める。

あー、と気持ちよさそうな顔になりながら


「ぐぬぬ……小癪な子だよ全く…」


「……」


意外と遠慮無いなと思いながら、ホスロはよっこらしょと歩き出す。


ザクザク、と砂を踏む音がだだっ広い肌色の隆起した地面に響く。

二人分の体重のセイで、歩く度に足がズボッと砂中に埋まり、歩きにくい。


(……案外)


歩きながら、ホスロは思わず思ってしまった。


「案外……重…」


「ホス君……?」


「あぁ、いや、案外重くないなぁ…って」


「…そう」


少し、間をおいて


「その、なぁ占い師さん……」


「…なに」


レマナは未だぶっきらぼう。だが、ほんのりと何故か赤面している。


「……俺はアンタを大切な…その、大切な人じゃと思ってる」


「どうしたんだい、急に気味の悪い」


レマナは赤面のまま、不思議そうに聞き返した。


「アンタが死ぬのは見とう無いし、死にに行くのも許しとう無い……えぇと、じゃけん…その……」


「じゃけん…その、兎に角『オアシス村』じゃ、村に行くで!!」


今度は言いながらホスロが顔をこれでもかと真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いた。

結局言いたいことを言えなかった。が、レマナには昨日の内容の言い訳で有ることが十分伝わった様で。


クスクスと笑って


(不器用な…)


と少し気を許した。


「ふむ…まぁ歩くのは君だから頑張り給え」


「ゲッ…マジで全部歩かせる気なんか……」


「当然だよ、何せ負傷中なモンでね」


手をプラプラと振ってみせた。



村まではまだ距離がある。

その間の十分な時間を、二人はいがみあいながらも、何処か楽しげに費やすのであった。









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